第46話

 翌朝、三人は伊余鶴吉いよのつるきちに見送られて、伊余国いよのくにを出た。

美夜部みやべ、ここから金立山こんりゅうざんまで縮地しゅくちの術で行く」

 と玄理くろまろ美夜部みやべに言うと、

『うむ』

 と頷いて、紅蘭こうらんを抱き上げて優しく包み、

『では、行こう』

 と玄理くろまろに言う。玄理くろまろは頷いて、三人は瞬時に金立山こんりゅうざんの麓へ移動した。前回来た時の妖しげな様子はなく、清らかな気で包まれたその山へと足を踏み入れた。すると、

『来たのだな』

 と声が聞こえた。それは優しく温かみのある響きの徐福じょふくの声だった。

「うむ、またお願いに参った」

 と玄理くろまろが答えると、

『そうか、では、参られよ』

 と徐福じょふくが言って、三人は霊気に包まれてそのまま瞬時に、徐福じょふくの庵の前へと招かれた。


 庵の前では徐福じょふくと、物部雄君もののべのおきみが立って待っていた。

「よく参られた。さあ、中へ」

 と徐福じょふくが笑顔で三人を迎え入れた。

 招かれた三人が板の間に座ると、物部雄君もののべのおきみは下がっていった。

「私にお願いとは何だろうか?」

 と徐福じょふくが尋ねると、

「蘇生術に失敗した」

 と玄理くろまろが答えた。

「そのようだね。その者は既にあやかしと化している」

 徐福じょふくが言うと、

「そうだ。それで、このあやかしとなった竹内美夜部たけうちのみやべの霊魂を人の身体に戻すことが出来ないかと相談に来た」

 と玄理くろまろが答えた。

「うむ。それならば、私が試してみよう。身体は持ってきているのだろう? ここへ寝かせなさい」

 と徐福じょふくが言った。

「うむ」

 玄理くろまろが巾着袋から美夜部みやべの身体を出して板の間に寝かせた。

「では、始める」

 徐福じょふくはそう言って、両袖を振って手印を組み目を瞑った。何の準備も説明もなく始まり、紅蘭こうらんは訳が分からず戸惑い、心配そうに美夜部みやべを見つめた。そんな紅蘭こうらんを落ち着かせるため、玄理くろまろはその肩にそっと触れて、微笑みを向けた。紅蘭こうらん玄理くろまろの穏やかで優しい微笑みを見て安心したように、その霊魂は揺らぎを止めた。そして、紅蘭こうらんは再びその視線を美夜部みやべへ戻し、徐福じょふくの術が成功することを祈った。玄理くろまろ紅蘭こうらんが見守る中、その術は長い時間続けられたが、徐福じょふくには疲れた様子はなく、美夜部みやべの霊魂は静かに座している。何の変化もないまま、夜が更けていく。しかし、誰も微動だにせず、その術が成功することを疑わず、ただひたすらに、その術の成功を待った。夜が明けても、それはまだ続き、待ち続けている紅蘭こうらんは疲労の為に、意識を失い倒れた。それでも、玄理くろまろは動かず、徐福じょふくも術を止めず、美夜部みやべの霊魂は未だ静かに座している。そんな状態が五日続き、ようやく美夜部みやべの霊魂はその身体へと収められた。それを見届けると、玄理くろまろは糸が切れたようにぱたりと床へ倒れて意識を失った。


 徐福じょふくの術が始まった次の日に倒れた紅蘭こうらんを、物部雄君もののべのおきみが別室に運び寝かせた。紅蘭こうらんが目を覚ましたのはその翌日の夜だった。

「ここはどこだ? 子兎こうさぎはどこだ?」

 紅蘭こうらんが起き上がり声を発すると、物部雄君もののべのおきみが来て、

「ここは金立山こうんりゅうざん徐福じょふくの庵だ。お前の仲間は心配ない。まだ徐福じょふくが術を続けている」

 と答えた。

「どれくらい経った?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「今日で三日。お前はここで待て。行けば邪魔になる」

 と物部雄君もののべのおきみが言った。

「ふんっ!」

 紅蘭こうらんは不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、おいしそうな匂いがして、物部雄君もののべのおきみの方へ顔を向けると、料理の乗った膳を持っていた。

「腹が減っただろう? 食べろ」

 言い方はぶっきらぼうだが、物部雄君もののべのおきみの親切に感謝して、

「おう! ありがとう!」

 と紅蘭こうらんが素直に膳を受け取って礼を言うと、物部雄君もののべのおきみは黙って戻っていった。


 そして、五日が経ったとき、徐福じょふく紅蘭こうらんの待つ部屋へ行き、

「終わった」

 と報告した。

「おっ! そうか!」

 紅蘭こうらんは喜んで立ち上がり、彼らの元へ行こうとすると、

「今はまだ安静に」

 と徐福じょふくが声をかけて止めた。

「そうか。分かった」

 紅蘭こうらんは素直に従い、また座った。

武内美夜部たけうちのみやべあやかしのままだが、霊魂は身体へ戻した。生身の身体ではあるが、もう人ではない」

 と徐福じょふくは言って言葉を切り、紅蘭こうらんの反応を見てから、

武内美夜部たけうちのみやべは高位の修行者。強い精神を持ち、霊力も強い。このままあやかしとして生きていく事を受け入れた。それは、お前がいるからだ。傍に居て、力になってやるといい」

 と言葉を続けて、紅蘭こうらんへ微笑みを向けた。

「おう! 分かった。俺が子兎こうさぎの力になる」

 紅蘭こうらん徐福じょふくに笑みを向けて言って、

「ありがとう!」

 と礼を言った。

「うむ」

 徐福じょふくは静かに頷いて、その部屋をあとにした。また一人になった紅蘭こうらんは、その日も一人で眠った。

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