1-5

 次の日、ミツネたちは中央管理局の前にやってきた。

「おう、待たせたな」

 少し遅れて来た店主と合流し、中央管理局の中へと入る。今日は彼とともに外界調査隊の人たちに会いに行き、イブ鉱石を取りに行く算段を話し合うことになっていた。

 建物の中は白を基調とした清潔感のある内装で、外から見るよりもだいぶ広々とした空間が広がっていた。リノリウム張りの床やところどころに置かれた観葉植物なども相まって、役所というよりも病院のような印象を受ける。

「一応、昨日のうちに話は通しておいた。地図の件も問題ないそうだ」

 中央管理局の中にある、外界調査隊のミーティングルームへと向かう道すがら、店主は今更ながら自分のことを簡単に話し始めた。

 彼の名前は篠原大吾と言い、元々は料理人ではなく、外界調査隊の一員として働いていた。しかし、ヒトデナシとの戦闘で左足を負傷し、その後は父親が創ったあの店を引き継いで一人で切り盛りしている。

 そうした事情もあって、ずっとこのマチの行く末を気にして、何か自分にできることはないかと考えていたのだった。そして、偶然自分たちのところに来た客が旅人だと気付き、助けを請うことを決めた。

「そういうことだったんですね」

「まあカタギじゃなさそうとは思ってたけどな」

 その話を聞いて、ミツネたちは彼の強い意志がこもった瞳の理由に納得した。

「ここだ」

 着いたのは二階の一番端にある会議室だった。廊下は真っ白い電灯で明るく照らされているのに、部屋の中はほとんど明かりがなく薄暗い。辛うじて光を放っているのは、中心を取り囲むように壁沿いに設置された液晶の青い光だけで、秘密基地のような雰囲気を醸し出していた。

「大吾さん! お久しぶりです!」

 扉が開いてすぐに、中にいた職員たちが大吾を見つけて駆け寄ってきた。ここでは彼はかなり慕われているらしく、久々の再開を喜ぶ声が多く上がった。

「こちらが昨日話した二人です」

 彼は寄ってくる人たちを適度にあしらいながら部屋の奥に進んでいき、一番端で背中を丸めて座っていた男に声をかける。

「この人は中井さん。俺の隊員時代の直属の先輩で、今はここの責任者をしてる」

 真ん中でくっきり分かれたロマンスグレーの髪に、少し低い位置でかけた銀縁の丸眼鏡。白い白衣をまとい、いかにも研究者といった風貌だった。年齢は五十~六十歳の間といったところで、明らかに重鎮であることがわかる風格を放っている。

「ありがとう。君たちには感謝してもしきれんよ」

 中井はミツネたちの顔を見るなり、曲がっている腰をさらに折って礼を言う。

「いや、今回はお互いに利があっての依頼だからな。俺たちも地図をもらえるならかなり助かる。外のことは情報が少ないから、他にご存知のことがあれば教えてほしい」

「ああ。私たちも答えられることは多くないかもしれんが、何でも聞いてくれ」

 お互いに軽く挨拶を済ませると、早速すぐに本題へと入る。

 部屋の壁面にある大きなモニターを前に、ミツネたちを含めた全員が集まった。中井がキーボードを叩きながら画面を準備する間、職員たちは唐突に緊迫した面持ちに変わり、不気味なほどの沈黙が流れる。彼らにとってこれから始まることがいかに重要であるかを、その張り詰めた空気が表していた。

「今回の目的はイブ鉱石の回収だ」

 中井が話し始めると同時に、モニターにはこの周辺の地形を再現した立体画像が表示される。

「場所はここから約三十キロ先にある『ツクバ第一街区』。目的地までのルートは確立済で、鱗粉病の汚染度合い、ヒトデナシの生息状況ともに、比較的危険度のない道で進むことができる。第一街区自体はマチとしての機能は停止し、人は住んでいない。ただ、代わりに虫型のヒトデナシの巣窟となっていて、到底中に入ることができない状態となっている。正確な数はわからないが、小さいものも含めて数百体はいるだろう」

 そこまでの説明を聞いて、ニシナが手を挙げた。

「そもそも使用可能なイブ鉱石が残っている可能性はどのくらいあるんだ? 機能が停止したマチなのであれば、盗掘に遭っているかもしれない」

「そこに関しては調査済だ。マチの外からの観測ではあるが、鉱石の放つ微弱な電波を捉えている。中に鉱石が存在し、まだ生きていることは間違いない。機能が停止していても、ハコニワの中に入るには非常に複雑な物理ロックを解除する必要があり、盗掘家たちもイブ鉱石までは辿り着けんのだ」

 それはつまりこの作戦の成否が直接的にこのマチの生死に繋がっているということだった。改めてそのことを突きつけられ、ミツネは肩にぐっと重みがかかるのを感じる。周囲を見回すと、その場にいる全員が希望と不安の混じったまなざしを画面に向けていた。

「だが、一番の問題はそこだ」

 中井は眉間を押さえて言葉を続ける。

「向こうでハコニワへの物理ロックを外すためには、我々の中の誰かが第一街区まで共に行く必要がある」

 先ほどまで静まり返っていた職員たちが、一斉に生唾を飲み込む音が聞こえる。いかにマチを救うためとはいえ、化け物の巣窟に飛び込みたいと思う者はいない。誰かが手を挙げないかと期待しながら、まるで生贄を探すような目でお互いの顔を見合わせていた。

 誰も口を開こうとせず、それぞれが様子を窺うばかりの気まずい時間が流れる。

「すみません、遅くなりました……!」

 そんな停滞した空気の中、突然入口の扉が開いて、廊下の強い光が差し込むとともに誰かが部屋に入ってきた。

「遅いぞ、祥吾。何をしてたんだ」

「ごめん。何だか目覚ましが上手く鳴らなくて……」

 入ってきたのは小柄で線の細い青年だった。伸び放題になったぼさぼさの前髪が顔を半分くらい隠していて、変な方向に跳ねているのが寝起きであることを物語っていた。彼は大吾にどやされてへこへこと頭を下げながら、みなが集まる方へと歩いてくる。

「ひいッ!?」

 しかし、途中で突然足を止めたかと思うと、悲鳴のような声を上げ、尻もちをついて後ろに倒れ込んだ。

「あれ、あんたは確か外で見かけた……」

「なんで君たちがここにいるんだ!?」

 祥吾と呼ばれたその彼は、ミツネたちがここに来る途中で助けた青年だった。

「なんだ、お前たち知り合いだったのか」

「いや、兄さん、違うんだ。この人たちは……」

「実は外でヒトデナシに襲われていたところを、俺たちが助けたんだよ。まあ、礼も言わずに逃げてったけどな」

 余計なことを言われてしまう前に、ニシナはその言葉を遮るようにして言う。

「なんだって!? どうしてそんな大事なことを言わなかったんだ!」

「だから、その……」

「まあまあ。かなり危ない状況でかなり動転しているようでしたから。どう説明したらいいかわからなかったんだと思いますよ」

 慌ててミツネも誤魔化すように言葉を重ねる。話をややこしくしないためにも、この状況で祥吾に余計なことを言われてしまうのは避けなければならなかった。幸い、祥吾は高圧的な兄に気圧されて口ごもってしまっていた。

「こいつは俺の弟なんだ。まさか無茶な頼みを聞いてもらうだけじゃなく、弟まで助けてもらってたとはな……。何から何まで本当にすまない」

「いえいえ、そんな謝らないでください。僕らは当たり前のことをしただけですから」

 とりあえず話はそれで収まり、話題を元に戻そうと、祥吾の方を向いていた全員が前のモニターの方に向き直る。

「みんな待って! そいつらは化け物なんだ!」

 ところが、そんな空気を一気にひっくり返すように、祥吾が張り裂けるような声でそう叫んだ。

 再び全員の視線が祥吾の方に集まる。

「僕は見たんだ! そいつらがヒトデナシと戦って……」

 祥吾は自身が助けられたときの状況を話し始め、ミツネとニシナは面倒なことになったと溜め息を漏らす。このまま行けばここから追い出されるか、最悪の場合、研究対象として切り刻まれるようなことになってもおかしくない。

このタイミングで早々に逃げるべきか、と考えていると、思わぬ形で祥吾の言葉が押し止められる。

「恩人に向かってなに馬鹿なことを言ってるんだ」

 大吾を大きな拳が振り下ろされ、祥吾の頭に当たって鈍い音が鳴った。どうやら祥吾の言葉は真に受けられず、むしろ弟の無礼なふるまいとして大吾の怒りを買ったようだった。他の職員たちを見ても、みな一様に呆れた表情を浮かべていた。

 元々、祥吾はこの調査隊の中でも少し浮世離れした異質な人間として扱われていた。そのため、職員たちはまた祥吾が変なことを言い始めたと思い、まともに受け取る者はいなかったのだった。

「本当に困った弟でな……。優秀な奴ではあるんだが……」

 大吾は子どもに手を焼く親のような表情でそう呟く。そんな保護者に制された祥吾は不服そうな目を向けつつも、それ以上話を続けようとはしなかった。

「そうだ。祥吾にロックの解除役を任せよう。お前なら外のこともよく知ってるから、案内役も兼ねられるだろう」

 そんな大吾の提案に対し、もちろん意義を唱える者はいなかった。誰も代わりに行きたいと思う者はいないし、実際、祥吾はその役に適任だった。彼は植物観察を趣味としていて、外界調査隊の特権を利用し、任務もないのに勝手に一人でマチの外を出歩いていた。だから調査隊の中で誰よりも調査の経験も豊富で、外界の状況や道などに詳しかった。

「最悪だ……」

 作戦会議を終え、他の職員たちは各々の仕事に戻るため去っていき、ミツネとニシナ、そして祥吾の三人だけが取り残された。祥吾は結局兄の指名を断り切れず、ミツネたちの案内役を任されることとなった。面倒事に巻き込まれたことと、何も意見できなかった不甲斐なさに頭を抱えてうずくまる。

「どうして僕はいつもこうなんだ……」

「まあ仲良くやろうぜ。ちょっとした小旅行だと思えばいいだろ」

 卑屈に独り言を呟く祥吾に対し、ニシナは肩に手を置いて、吞気なことを口にする。

「大体、君たちは何なんだ? あの化け物とたいした武器もなくやり合って、傷が一瞬で治り、外をマスクなしで歩いても鱗粉病にかからない。少なくともこのマチでは、そんな生物を人間とは呼ばない」

 祥吾は困惑していた。自分を助け、さらにはこのマチをも救おうとしている相手が得体の知れない怪物であるかもしれない可能性を秘めていることに。敵なのか味方なのか、信じるに値するのがどうかを計りかねていた。

「人間だろうと化け物だろうと、あんたやこのマチに危害を加えたししない安心しな」

「……いや、外ではがっつり脅してたけどね」

「あーそうだったっけ。悪かったよ」

 そんな気の抜けるようなやり取りを聞いて、祥吾は真剣に考えていたのが馬鹿らしくなる。たとえどんな意図があろうとも、ミツネたちがマチを救おうとしているのは事実で、彼らはそれにあやかるしかない現状だった。ならば余計なことを考えるのはやめて、自分にできることをするしかないと、彼は半ば投げやりな気持ちで自分を納得させる。

「わかった。もうこれ以上は何も言わない。その代わり、どうかこのマチを救ってくれ」

「任せろよ。俺たちもあんたの兄さんが作るメシが食えなくなるのは残念だからな」

 相変わらずニシナはおちゃらけた口調でそう答える。しかしその目には確かな覚悟が宿っていることに気付き、祥吾は彼らを信じてみることに決めた。

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