#4


妹。



名前は日和。伊織と響きが似ているからと名づけられた。後から生まれた子の宿命だが、彼女は自分の名前が好きではない。なぜなら彼女は我の強い性格で、生意気かつ我儘であった。彼女は頭の方はさほど良くなかったが、容姿に優れ、将来の夢である女優に向けて、演技の練習をすべく演劇部に所属していた。彼女は姉が嫌いだった。




姉。



名前は伊織。先に生まれた子の宿命に従って、妹の存在を知ったとき、大切にしようと誓った。だから妹が奪っていく全てのものを見過ごし、彼女は一人になるとともに、孤独に強い性格になった。頭の方は冴えるようで、高校には主席で入学すると、そのまま名門大学へと進み、いつしか自分の声を使った仕事に興味を持ち声優を目指すようになった。彼女は妹を嫌ったことはなかった。



妹と姉は完全に対極していた。それでいて、隣の芝は青かった。




20××年8月。母の急な誘い。父も妹は外出していて、家には二人きり。夜、正確には19時ごろ、ショッピングモールでの夕食を提案された。それを承諾する。すると、まだ終わっていない課題もあるし、昼食を普段より多めに摂ったこともあるし、何より今日は外出する気分ではないし、そういえば服も着替えていなくてメイクもしていないしと。たちまち、否定的な感情が湧き出してきて、その全てに必死に蓋をかぶせた。


車で父と妹を迎えにいく。やはり、家に居ずとも妹が参加しないわけがない。だからあれほどやめておけと言ったのに、ともう一人の姉が姉を糾弾する。


車はモールの立体駐車場をぐるぐると回り、姉に吐き気をもたらした。それでもいざ、夏季休暇で人のごった返すフードコートに着くと、訪れた人の興味をひこうとビビットカラーで占められた広告看板にまんまと食欲をそそられる。


そしてその時は突然やってきた。着席位置。妹が1番に座った。彼女は座りたがりだ。電車の席だって、両親を差し置いて1番に座る。一番に座って少しだけふんぞり返るようにして(彼女の楽な姿勢なのだろう)、スマホをいじる。いかにも周りの見えない現代若者の典型である。ソファー席の隅っこ。背中と左肩をソファに押し付けて、スマホをいじる。両親が注文に行った関係で2番は姉になってしまった。



どこに座るのが正解か。



考える時間はなかった。妹の機嫌を損ねない選択、その最低条件。それが自然であることだ。だから、実はこの状況になる前から、すでに考えていた、正解は対極の席であると。椅子を音を立てすぎないように、それでいて素早く引く。


そして、どうだと言わんばかりの表情で、腰をかけようというとき、前髪の隙間から姉の目に届いた妹の冷たい一瞥が、答えだった。どこに座っても同じということだ。葛藤は空しく散った。




そんな姉妹を見てか、母の酷な提案。ワンコインを握らされて、プリントシール機の前まで来れば、後は二人で撮ってこいと言う。妹が眉を吊り上げる。姉は眉を八にする。耳に障る機械音が、ポーズを次々と提案してくる。妹は慣れたように卒なくこなす。隣で姉はあたふたとしていた。時は圧倒言う間に過ぎた。印刷されたシールには、かがみこんでぎこちないピースをする姉と、少し後ろで堂々とウインクをする妹が写っていた。おそらくこれも答えだ。





結局、姉妹はその日、一言も言葉を交わすことはなかった。

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