第1話「死にたい私」

「あー、死ななきゃ」


 口の中でその言葉を飲み込んで、教科書の次のページを開いた。既に脳内に一日の行動はプログラムしている。多少の誤差は無視。余計なことは要らない。いつ死んでもいいよう、何にも感傷を持たないように。ずっとそう思っていると、いつしか私の心には何も波打たなくなっていた。水流のない水たまりはよどみ、濁る。呼吸をしているのに酸素が身体に入ってこないような気色悪さだったが、そこから逃げようとも思えなかった。先生が言い、棒で黒板を示しながら解説をした。必要な板書やメモはしているから別にいいだろう。


「……死ななきゃ、死ななきゃ、死ななきゃ」


 頭の中で何度も反駁はんばくする。口には出さない。人に迷惑がかかるから。そうすることで、少しでも死ぬ確率を上げている。今際の際に「やっぱり生きていたい!」とならないようにするためだ。私の死は意味がある。死ぬことによって世のためになる。強くそう思い続け、思い詰めれば、きっと自殺する勇気も生まれよう。死は希望だ。私は死にたいんだ。


 自分を洗脳するのは難しいもので、思い込んでも簡単にはスイッチすることはできない。元より(親のせいで)感情が顔に出にくい性質たちなので、誰にも心の中はバレていないのが幸いだった。共感されないことなど当然、馬鹿にされること請け合いだ。私を終わらせるために、私は自分を追い詰める。追い詰め、追い込み、心が音をあげても無視する。無理と無茶は、小学生の頃から日常みたいなものだ。両親の教育が良かったせいだろう。なんてね。以前、『もしこの親でなければ私は幸せになれたのだろうか』などという想像をしたことがある。いや、実際想像が出来なかった。幸せな自分というものが。幸せって何。無理だろもう。いいよ、いい。人から幸せを奪っていくのが私だ。だから、死ね。死にたいって思え。いなくなりたいって強く願え。私は人に、迷惑をかけるんだ。死んじゃえよ、ほら。


「――――」


 授業終わりのチャイムが鳴った。6時間目なので、これが終わればホームルームで、その後部活動か下校、あるいは学校に残って勉強である。尋常でないくらいに勉強が出来て、その上運動や楽器、芸術面も全国区という人がゴロゴロいる。羨ましい妬ましいという気持ちを心の中に押し込めて、代わりに机の中から復習で使う教科書を取り出した。その人たちは努力してきたその人たちは努力してきたその人たちは努力してきた。よし、オッケー。そのままホームルームを終えて、そのまま帰る。部活なんてするものか。私に話しかける人はいない。そして家に帰っても、私は誰とも話さない。学校近くのアパートに下宿しているのだ。全国区の進学校だからか、意外とそういう人は多い。そういう友達は、いない。辛い時に一人でいる方が、死にたい気持ちが加速するからだ。一人で黙っていれば、早く死ねる。今日は死ねなかったというだけで。帰路につく。一応学校の敷地の近くに寮があるけれど、そこに通うのは許されなかった。費用は出してやるからセキュリティの高いところに住め、との方針である。学校まで徒歩で十分。近くもないが遠くもない。駅とは逆方向なので、必然的に一人になる。歩道はちゃんとあるけれど、人通りの少ない道だ。ああ。誰か殺してくれないかな。誘拐。拉致。監禁。通り魔。あるいは、車で一思いにいてはくれないだろうか。意識ってどれくらい保つのだろうか。痛みに躊躇ちゅうちょすることなく死ぬことができるよう、もっと自分のこと追い詰めなきゃ――。

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