第21話 牛肉を食べに行こう! ②
四つん這いになっての突進。
人間の格闘技にも似た技はある。 例えばタックル。
プロレスやレスリングで使われるタックル。 それとは似て非なるもの。
強いて言うならば相撲の立ち合い。頭部からぶつかって来るアレに似ている。
だが、ソレを行うのはミノタウロスだ。
たぶん、レスラーより、相撲取りより、突進の威力が高いだろう。
それを、その技を向けられている俺、ユウキ・ライトは――――
「さて、どうしたものかな? 困った困った。何も思いつかないぞ」
言うならば『死中に活』に頼る。その場のアドリブ力に頼るしかない。
――――ドンっ! そんな音がした。
突進。
俺の前にはミノタウロス。 背後には観客を守るための柵が建てられている。
「逃げ場はなし。 それじゃ前に行くか!」
っ、
っ、
っ、
つ、と宣言通りに前に出る。 ゆったりと見えるだろうが、その動きは決して遅くはない。
むしろ疾いはず。
まるで踊りとか、舞いとか、極端にまで無駄を排除した動きだ。
その姿に観客たちは――――
(どうやって止めるつもりか? それとも直前で避けるのか?)
初めて見る動きに疑問符を浮かべている。
だが、止める。 避ける。 その両方とも違っていた。
接触する直前に俺は大きく飛び、後ろに下がった。
ミノタウロスだって、接触するタイミングを狙っている。 だから、そのタイミングを外されて、速度が落ちる。
それでも前に、俺を掴むために腕を伸ばしてくる。
「――――っ! ここだ!」
向かって来る腕を、攻撃をいなす。 いなす時の力を使って、空中で回転する。
半回転。
遅れて、ミノタウロスの突進。 ギリギリで俺の横を通過していく。
「このタイミング、勝機だ。 ―――――
今度は俺が攻撃する番だ。
突進して行っているミノタウロスの首に向けて腕を伸ばす。
腕が弾かれそうになる力。 それを抑え込んで、その首に腕を巻き付かせる。
触れた瞬間、筋肉の塊だと分かる分厚い首だった。 まるで鉄のようだ。
しかし、俺は逃げるわけにはいかない
魔性のスリーパー どれだけ実力差があっても、この技が極まれば、どんな敵でも倒せる。
つまりは必殺技だ。 勝機は我あり……ってやつだ。
「このっ! 早く落ちろ!」と絞め技に力を込める。
ミノタウロスは、すぐに猛然と抵抗を始めた。
首の筋肉が膨れ上がり、俺の腕に強烈な圧力がかかっていく。
呼吸を整え、「もう一度!」と全身の力を込めてさらに締め上げる。しかし、
「これが…ミノタウロスの力か…」
歯を食いしばりながら、何とか技を維持しようとする。 歯が軋む音。口から漏れた血が顎まで落ちていく。
腕から伝わって来る首の筋肉。それは岩のように固く、血流を遮るどころか、反対に腕の力が吸い取られていくようだ。
ここでミノタウロスが一層暴れ出す。
彼の巨体が揺れるたびに、振り回されそうになる。
だが、逆だ。ここまで暴れるという事は決着が近いという証拠。
この一瞬を逃すわけにはいかない。全力で彼の首を絞め続ける。
その息遣いが荒くなり、わずかに動きが鈍るのを感じる。
反撃の力が徐々に弱まっていくのを感じながら、俺はさらに力を込めた。
「あと少し…… あと少しで……落ちる!」
自分にそう言い聞かせながら、必死に耐え続ける。そして、ついに彼の巨体が崩れ落ちるのを感じた。
そのまま、1秒。
2秒。
3秒……。
ミノタウロスは完全に動きを止めた。 まるで巨大な人形が転がっているように見えた。
一瞬、静まり返った観客たちが遅れて声援を爆発させる。
俺はミノタウロスの首に巻き付けた腕を解く。 決して短くない時間、絞め技を続けていたのが原因だろうか? 俺の意思通りに動かない。
暫く、俺の腕は麻痺したかのように動かないだろう。
それから、ようやく勝利の安堵感が俺の全身を包み込む。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「最上級の牛肉を手に入れたぞ!」
俺は商品の牛肉を貰って帰ってきた。
「もしかして、例のミノタウロスの肉じゃないですよね?」とアリッサは疑いの目を向けてきた。
「何言ってるんだ? この世界のモンスターは死んだら体が消滅するの、知っているだろ?」
「それは、そう……なんですけど」
「?」
そんな、やり取りをしながらやって来たのは冒険者ギルドに隣接している飲食店。
部屋を借りてる宿屋では、キッチンまで借りる事はできなかった。
この店には、商品の一部を分けることで借りれた。 もちろん、客が少ない時間帯って条件で……だ。
「まぁ、アリッサを自宅に連れ込むわけにはいかないからな」
「え? そんな事を気にする必要あります?」
「あぁ、冒険者としてコンビを組んで、ダンジョンや野営をするから今さらか?」
「はい、私とユウキさんの仲じゃありませんか?」
「ん?」
今の言い方、少し変だった気がする。 まず、顔を赤く染めてる理由がわからない。
修正しないと後々マズいことになる気がする。
「あれ? 私、変な事を言いましたか?」
「――――いや、そんな事はない……はず」
だが、この時の俺は具体的に修正する方法がわからなかった。
気を取り直して、調理を行おう。
切った肉を焼く前、焦らずにじっくりとフライパンを空焼きして温めておく。
そして、塩。 塩は肉を焼く直前に振りかけるのだ。 早すぎると肉から水分が逃げ出して堅い肉になってしまう。
そして――――中火で10秒だけ肉を焼く! 10秒経過すると裏返して、反対側も10秒焼く。
そして、フライパンから肉を取り出して、2分間休ませる。
2分待ってから――――再び、フライパンで10秒だけ焼く。
これの繰り返しだ!
料理初心者にありがちな強火で焼いて、肉の色が変われば良い……そんな考えは捨てろ。
肉を火傷させてるようなもんだぞ! うまい肉になるわけがないだろうが!
いいか? 絶対だぞ、絶対に、絶対だからな!
そんな事を考えている間に完成した。 牛肉のステーキだ。
「さぁ、食べて見ろよ」とアリッサに皿を渡した。
「それでは、いただきます」と彼女は上品にナイフとフォークを操った。
貴族階級である彼女を唸らせるほどの味ならば、間違いはない……はず。
さて、結果は――――
「凄い! 美味しいです」と彼女は絶賛してくれた。
「よし、それじゃ俺も――――」とナイフとフォークを手にしたタイミングだった。
「あら、料理をしているなんて珍しいですね、ユウキさん」と受付嬢さん。彼女に続いて――――
「へぇ、良い匂いじゃないか。私も食べさせてもらうよ」とリリティもいた。
「……仕方がないなぁ。ちょっと、待ってろよ!」
正直、早く食べたい気持ちがあった。それ以上だったのは、美味しく食べて貰いたいとう気持ちだったのだ。
俺が、肉のステーキを食べる事になるのも、もう少しだけ後になるのだった。
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