第23話 それは自分のため

「ふむ。……何やら邪神にご執心のようで、随分とつれないではないか。余は寂しいぞ」

「(この魔王、面倒くさいわね)……ご執心、というよりもアレね。アルムガルドやエーレンは自分の立場を理解しながらも好きなこと、楽しむってことを知っているでしょう」

「ん? 当然だろう」


 最近は『様』を二人に付けると「素っ気ない。余泣くぞ」とか「距離を感じるなぁ」とか言い出したので呼び捨てにしている。最初は抵抗があったが、慣れとは恐ろしいものね。


 アルムガルドは絵画や音楽、執筆と、数百単位で趣味を変えて楽しんでいるし、死神という厄介な資質を持つエーレンですらモフモフや小動物などを遠目で愛でる(今はモフモフに囲まれているが)などで楽しそうだ。

 そう『楽しそうにしている』のが良い。


 ジュノンだって外に出て、もっと色んなものを見る機会があってもいいと思うのだ。もちろん、引きこもっているほうが好きだという見解に至るかもしれないが、世界を知ってから引きこもるのと、何も見ずに引きこもったままとでは全く違う。

 なによりあの曲は素晴らしかった。


 だからちょっとお節介を焼こうと思ってしまったのだ。あくまで自分のため――偽善なのよね。それに勇者である従兄が復活すれば一緒に協力してくれるだろう。念入りに殺されていたから、蘇生にもう少し時間が掛かるけれど。


「でもジュノンは狭い世界しか知らないまま完結している。それを見ていると」

「見ていると?」

「なんか腹が立つのよ。小さな世界で満足しちゃって、世界にはもっと素敵なことがたくさんあるのに、勿体ないって!」

「勿体ない、か。邪神は居るだけで厄災を齎す存在だぞ。そんなものが世界に解き放たれでもしたら、いくつもの国や文明が滅びるだろうが」

「そのための《血の契約》があるのでしょう」

「は?」


 アルムガルドは目と口を大きく開き、固まってしまった。そんなにおかしなことは言っていないはずなのに、沈黙が怖い。


「は? な、お主、ちゃんと意味を分かっているのか!?」

「もちろん。支援者パトロンとして、私がジュノンの邪気や厄災のエネルギーそのものを生命吸収エナジー・ドレインに変換することで、傍にいても無害にしてしまえばいいでしょう。まあ、それが嫌なら邪気を中和する着ぐるみを着ていれば問題ないわ。厄災そのものは恩恵と対になっているから、どう抑えても一定周期で発生するのは、自然災害としてそういうものとして受け入れて貰うわ」

「ち、《血の契約》など、結婚と同義のようなものだぞ! それを!」


 顔を真っ赤にして憤慨するアルムガルドの反応を見る限り、魔族は案外初心なのかもしれない。そういえばジュノンも頬を染めて似たようなことを言っていた気がする。

 

「フッ。それなら、余とも《血の契約》を結ぶことを許そう」

「え、ナゼ?」


 素で答えたら、アルムガルドは捨てられた子犬のような目でこちらを見てきた。とんでもなく面倒くさい予感しかしない。君はすでに親友の座を手にしたのではないのか?


「余、余だってお主と珍しい話をするのが好きなのだ! それに余の親友であろう! で、あれば《血の契約》をするぐらいの仲になっても良いと判断した。余からここまで言わせるのは、名誉なことなのだぞ!」


 えー……。

「きゃ」と恥じらっている姿を見るに、ゲーム時代の魔王像が音を立てて崩れていく。いや私としてはこの魔王も意外性というか親近感が沸くので嫌いではないけれど――いかんせん、かまってちゃんで、面倒くさい。


「え、ええっと、それはそれで何か違う気が?」

「余と昼夜問わず、互いに楽しんだ仲であろう!」

「言い方」

「お主の叡智は素晴らしい。何よりこの余が飽きずにおるだけで凄いことなのだぞ!」


 まあ、私も娯楽エンタメ関係は、アルムガルドと話していると結構楽しくて長話しちゃうのよね。元の世界の絵画なんかは楽しそうに聞いてくるし……。

 そんなことを考えていたせいで、アルムガルドがすぐ傍まで近づいていたことに気付けなかった。

 視界が陰ると思えば、すぐ彼に彼がいた。目が合うと、熱を孕んだような眼差しに射貫かれて動けない。


「なんなら、今すぐにでも余と《血の契約》を――」


 ベキバキン、と背後の扉が粉々に爆散した。


 「爆散って大袈裟な」と思うかもしれないが、事実なのだからしょうがない。派手な音を立てて扉は跡形もなく灰になる。

 こんなことができるのは──死神のエーレンだけだ。いや他にもできそうな人いるかも? というかあとでルディーさんに怒られるんだろうな。請求書はエーレンに行くだろうから、そこは安心だけれど。


「アメリアぁ。僕、聞いちゃったよ~」

「な、何を……?」


 いつものクチバシのマスクはしておらず、白いマフラーをグルグルと巻いた全身真っ白な男が佇んでいる。

 しかも笑顔だ。

 え、怖っ! 目が笑ってない! 瞳孔が開いているんだけれど! 私、ホラーは苦手なのよ!

 ひょっこりと白兎が肩に乗る姿が見えて、ちょっと微笑ましい。何だかんだと気に入っているようだ。いや今はそんな状況じゃない。


「アルムガルドと《血の契約》をするのなら、僕にだって権利はあるはずだと思うんだけどぉ」

「ないわよ! というか権利って何!?」


 ツカツカと歩み寄るエーレンは私の側にやってくる。後ろにはアルムガルドがいるので、逃げ場がない。


「おいおい、エーレン。それは新手のジョークか? それとも余の聞き間違いか?」

「いや、いや。アメリアとはモフモフの素晴らしさを語り合う大切な存在だからねぇ。魔王と違って」


 私を挟んで言い合いを始めないでいただきたい。

 これでは隙を見て逃げることもできないではないか。


「余とて大事に思っているからこそ、魔王城での拠点を許しているし、これはもはや同居いや、同棲と言っても過言ではあるまい」

「(過言だけれど!?)え、ちょ……」

「あははっ。同居って、家主なだけだろうぅ。アメリアは白兎シアの生みの親として、僕と共に育てていくんだよ。これはもう『家族』みたいなものんだよぉ」

「(な、名前を付けてまでしているのはちょっと意外。)……ん? ちょっと待て。家族に?」

「そうだよ。アメリアは僕の影響を受けないし、僕の場合は《血の契約》によって死者に対しての権限が増えるから、冥府から返却された力と合わせてあったほうが便利だと思うんだよねぇ」


 まあ言われてみれば悪くない提案かも? 

 死者に対しては《死者の法》を準備しているけれど、冥王や死神のような死者の権限が増えるのは望ましい。もともと始祖はその力を持っているけれど、どこまで管理、調整ができるかは未知数だし悪くないわ。


「とりあえずこの話は後にして、先にジュノンと、これからの話を詰めるわ」

「……!」

「今から!?」


 その一言でエーレンとアルムガルドが、同行すると言い出したのだ。

 何だか波乱の予感……。大丈夫かしら?

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