第6話 復讐の形

 始祖、吸血鬼女王が、なぜ人間側に付いたのか。

 それを知るのは王族の一部と、現実主義の魔王と、ものぐさの冥府の王、神経質で働き過ぎる死神と、やる気のない人見知りの邪神だけ。


 元々、吸血鬼女王は神々の列に名を連ねた一柱であり、月を統治していた。この世界の生と死の境界を決めるべく、地上に降り立ったのが始まり。

 神々の血によって様々な種族が存在した。人族、魔族、天使族、人魚族、亜人族、私の子ら、吸血鬼族もそうだ。


 人族──人間はあっという間に数を増やし、魔族を《悪》と決めつけて開戦。愚かにも数の利だけしかなかった人族が劣勢になる。滅びかけたその時に、吸血鬼女王を含めた神々の末裔となる王たちで取り決めを行い、人族と魔族の拮抗状況を作り出す形を取った。

 それは奇跡的にバランスが拮抗した天秤を維持するためのシステムだったのかもしれない。


 ああ……ゲームの知識とはまた別の──始祖の記憶が私の中で溶けていく。

 ゲームシナリオでは魔王が私の体に乗り移ろうとしたことで、眠っていた吸血鬼女王が覚醒。それによって器の主導権を争って、双方がぶつかり合い消滅しあった。もちろん元々のアメリアの意識は、魔王が乗っ取った段階で消滅している。

 そして今回、器の主導権は私のまま、始祖の知識や僅かな感情が流れ込んでくる程度で済んだ。それは最期の最期で家族愛によって私の魂が押し勝ったということのだろう。

 それゆえに完全な闇堕ちにはならなかった。


 殺意と憎悪以外の感情。

 人間の爆発的な強さ──線香花火のように、眩しく心を燃やすことを始祖は知らない。

 そしてその燃え盛る閃光を「美しい」と思ったからこそ、始祖は人間側についたのだろう。今回は私の美しすぎる魂の輝きを目にして、始祖は身を引いてくれのだと思う。たぶん。


「さて、ここであまり長居しないほうがいいでしょうね。まずは眷族たちと合流して」

「女王陛下」

「!?」


 私の影から姿を見せたのは、貴族風の四十代後半のイケおじだった。

 突然現れて心臓がドキリとしたが、内心ビックリしただけで実際は無愛想というか、平静を取り繕う。きっとバレていないはず! たぶん。いやそうであってほしい。


 よく見るとこのイケおじ、金髪の長い髪をゆるふわ三つ編みにしている。なんとお洒落さんなのだろう。私の倍以上は生きている方から、女王陛下とは何だか照れる。──って、そうだ。この方は!


「我らが女王陛下の覚醒により、眷族は皆無事でございます」


 突然のイケおじ紳士に登場に度肝を抜かれたが、さらに驚いたのは私に片膝をついて跪いたことだ。周囲は焼け焦げているため跪けば、当然黒い灰が服を汚す。しかし彼はそんなこと一切気にしていない。


 きゃあーーー! 臣下として最大級の一礼。グッときたわ。やるわね、このイケおじ──って、じゃない!


 彼はベルフォート・ナイトウォーカー侯爵。そう侯爵家当主様なのだ。

 それが公爵令嬢に対して跪くのは可笑しい。それに侯爵家とは、表向き敵対している風に装っていた。まあ、その辺りの事情は人間社会に溶け込むためのパフォーマンスなので、今さらどうでもいいか。吸血鬼族は結束が固いので派閥や敵対することはないのだが、そうなると人間たちは危険視しかねないため、適度に反発しているよう表向き茶番を演じていたのだ。なんて涙ぐましい努力。


 この際、普通に話をするのはいい。

 でも何で私を女王陛下って呼んでいるの? 私は覚醒したとはいえ、そんな大層な者じゃない。ルイスとローザが現れるまで、始祖に身を委ねて滅ぼすとか物騒なことを言っていたけれど、今は転生者の記憶も戻って私が主導権を握る形で収まっている。

 うん、私に吸血鬼女王としての貫禄とか威厳はない。ここはアメリアとして、出方を見ましょう。


「ナイトウォーカー侯爵様、お久しぶりです。吸血鬼女王として覚醒しましたが、主人格はアメリアのままですから、そのように畏まる必要はありません。大貴族の当主が私のような小娘に頭を下げて、最大級の礼を尽くす必要などないのです」

「私に『様』など、恐れ多い。どうぞ侯爵、あるいはベルフォート、下僕! ……何なりとお呼びください!」


 とても良い笑顔で侯爵は言い切った。なんでサラッと下僕が選択肢に入っているの、可笑しいでしょう!

 ドン引きしたのはいうまでもないのだが、私の答えを待っている侯爵は子犬のように目を輝かせている。やめてー。

 侯爵がこちらを見ている。


 →無難に侯爵と呼ぶ。

 →ちょっと親しみを込めてベルフォートと呼んでみる。きっと士気が上がるはず。

 →下僕。あれ、この場合眷族だから、従僕じゃ?


「女王陛下、どうぞ下僕と!」

「(無理!!! 無理、無理! サラッと下僕呼びを押し付けてきたし!)……こ、侯爵。貴方ほどの人物を下僕などと呼んだら、他の者たちに示しが付かないでしょう」

「ああ、申し訳ございません。あまりの喜びに少々はしゃいでしまいました」

「(空気を読んでくれた! よかったわ)そう、なら──」

「女王陛下の覚醒こそが我らの主人である証拠。で・す・の・で、眷族として女王陛下に忠義を尽くすのは当然。日が東から昇る摂理と同じ。しかし度重なる配慮に、感謝の言葉もありません。このベルフォート、眷族、いえ従僕として、これまで以上に女王陛下に忠誠を誓います!」


 きゃあーー。この忠義ポジ本当に最高! 

 こういう主人に対して忠義を尽くすキャラ好きだったわ。しかもイケおじ、声も渋い。あー、懐かしい。


 忘れていたがこの侯爵は、ゲーム設定でも吸血鬼女王の熱狂的な信奉者だった。ゲーム終盤で吸血鬼女王の覚醒に歓喜し、「暴走する姿もまた人の過ちを正すため」と、自己解釈してヒロインたちに立ちはだかった中ボスである。くっ、こんなに格好いいのに! なぜ、戦わなければならないんだと、画面越しに何度思ったか。


 ベルフォード侯爵は、イケおじで格好いいのだ。なによりゲーム中は魔物や魔族との戦いで何かとヒロインや攻略キャラに、アイテムの場所や情報を与えるアドバイザー的な存在だったからこそ、ラスボス前の戦いはやるせなかった。というか泣いた。

 私が暴走せずに覚醒したことで、侯爵の運命も変わるのならいい傾向……なはず。


「うん、きっと、大丈夫」

「女王陛下?」

「侯爵、眷族はナイトロード領地の拠点に避難しておくようにできるかしら?」

「勿論でございます」

「それと他の人外貴族もできるだけ助けてあげて。ああ、でも自分たちを犠牲にしてまでじゃなくて良いわ。あくまで私たちの種族が傷つかずにできる範囲で」

「他の人外貴族を? それは些かお人好しすぎるのではないでしょうか?」

「ふふっ、他種族に貸しを作っておきたいだけよ。それに奴隷契約されて、戦力が人間側に流れるのも迷惑でしょう」

「それはおっしゃる通りですな」

「これも全て報復をする下準備と思ってくれて良いわ」


 私の「報復」という言葉に、ベルフォート侯爵は緋色の瞳をきらりと輝かせた。頑張って女王っぽい口調にしているのは、そっちのほうが侯爵の機嫌が良いからだ。なんちゃってだから、貫禄とか気品とか無理なんだけれど。


 ルイスとローザは空気が読める子なので、私の肩にちょこんと座っている。なんてお利口さんなのだろう。うん、私の弟妹は世界一だわ。間違いない。あとでモフモフさせて貰おう。


「では! 此度は人間との盟約を破棄して、敵に回るおつもりなのですな」

「ええ。私たちを駆逐しようとした者たちを、誰一人として許しはしないわ」


 復讐は決定事項だ。だが、大事なのはそのやり方である。


「では今すぐにでも王都を血の海に」


 はい、ストップ。絶対に言うと思ったわ。

 まったく血の気が多いのだから。まあ、私も滅ぼすとか、かなり危ない発言をしていたけれど、あれは、うん、しょうがない。とにかく中ボスという死亡フラグがある人に、特攻なんてさせられません!


 中ボスの君は弱点とか、リリスにバレているだろうし! 復活はできるけど、記憶を保持したままかは不明なのだから、慎重になって欲しいわ。はぁー、とできるだけ深々と溜息を吐いてから侯爵に答える。


「侯爵。ただの殺戮だけじゃ、どんなに長引かせようとしても、三日で終わってしまうでしょう? そんな刹那の苦しみしか与えられないなんてつまらないわ」

「そうでした! 私としたことが……感情的になって鏖殺などと、蛮行を考えておりました。申し訳ございません。我らの女王陛下の恩恵を忘れた愚かな人間への報復方法について、無能な私めに教えていただけますでしょうか?」


 目をキラキラさせてくるイケおじ。なに、私に新しい性癖でも開けと!? ……これだから顔の良いイケメンは! 私への好感度がエグい。ひぇ……。下手なこといって失望されたくない。イケおじ、怖い!


「……まずは交渉から始めないといけないわ」

「交渉……でございますか」


 ベルフォート侯爵は片眉を吊り上げる。恐らく彼の中では「人間との交渉」だと思っているのだろう。私は慌てずに言葉を続ける。

 口元を緩めて悪女らしく微笑んだ。


「交渉するのはもちろん人間ではないわ。相手は魔王と、死神と、冥王の使者と邪神よ」


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