第2話 裸の天使 2

 ステータス・ゴールド序列十位、塩堂雪科えんどうゆきか

 炎を自在に操る異能ギフト単純な炎ザ・フレア』を持つ16歳の少女。今年の春からゴールドに名を連ねた有名人であり、島ではファンクラブまで出来ているという話もある。

 しかし猫真の知っている彼女は治安維持局セーブに属していなかったはずだ。


「お前、どうして治安維持局セーブに…!」


「最近入ったのよ。後輩にしつこく誘われてね……で、話の続きだけど」


 雪科は猫真に抱えられている少女を見る。

 流石にこの寒空の下、裸のままは無理があったのか猫真のブレザーを羽織る形の少女。しかし庇いきれない太ももから下や、靴はおろかソックスもない素足…ブレザーの下もまた素肌だとは容易に察することが出来る。


「どうしてこんな人気のなさそうな場所にそんな危なっかしい恰好の女の子を連れてきたのかしら?もしかして…アンタはの仲間?」


「コレ?」


 雪科は自分の後ろを指差しながらそこにライトを照らす。

 ナイフや拳銃なんて物騒なものを握りながら地に伏している十数の物体。ここにいた不良集団だろうが、もしかしなくとも彼らをこうしたのは雪科なのだろう。

 あの中に何人の異能力者ギフト・オーナーがいたのかは知らないが、それらは全て彼女の格下、特にここに集うような本物の戦闘に慣れていない輩なら数を集めても絶対に勝てない。ステータス・ゴールドとはそういうものなのだ。


「コイツらが何やら怪しげなことをしてるっていう通報を受けて来てみれば違法武器のオンパレード。全部片づけてさぁ退散ってときにアンタが来たの」


「いや、俺はただ巻き込まれただけのレッドでして……この子もそれ絡みで拾ったっていうか引っ付いてきたってい」


 猫真が言い終わる前に、彼の周囲に炎が広がる。

 炎はあり得ない軌道を描きながら動き、その向かう先は猫真の背面。少女を傷つけずに彼を攻撃するにはこれが手っ取り早い。

 直撃すれば無事では済まない攻撃。これでも雪科は実力の二割も出していない。

 そして猫真もまた、この程度では負傷しない。

 ジュッ!と、炎が掻き消える音がして雪科は忌々し気にその音の発生源を睨む。


「コレを簡単に防いでくれる時点で、アンタがレッドなのはおかしいって何回も言ってるでしょ」


 「そこらのゴロツキならコレで終わりなのに」とため息をつく雪科を前に、猫真は背中の触手を動かす。


図書館ライブラリでは確かにレッド。でも体感した私にはそう思えない」


 交差した猫真と雪科の瞳には好戦的な色が浮かんでおり、雪科に至っては自身の周囲に炎を遊ばせている。


「ねぇ、今のアンタはロリコン犯罪者なわけだけど。ここで一つ、チャンスを与えてやる」


「いやだから、コレには深い訳が」


「えぇいうるさい!こんな時間にこんな場所で裸の女の子連れてきて何も薄汚い心がありませんってのが通じると思ってんの⁉」


 ごもっともである。

 当然ながら猫真にそんな思惑は微塵もなかったのだが、他者から見ると猫真は紛うことなき犯罪者である。それも刑務所で一番虐められるタイプの。


「私と戦いなさい。勝てばここは見逃して、おまけに一つだけ言うことを聞いてあげる」


治安維持局セーブがそんなに好戦的でいいのか?」


「いいのよ。それにアンタと戦うことで、私はもっと上にいけるかもしれない」


 この島の異能力者ギフト・オーナーはどうもステータスが上になるほど好戦的になっていくらしい。

 そもそもが異能力者同士の競争を掲げている赤無島がそれを後押ししているのだろうが、猫真は彼らのこういうところが好きになれない。

 だがこの申し出自体は猫真にとって悪い話じゃない。勝って要求を呑んでもらえるのなら断る理由もないのだ。


「ちょっと離れてろ」


 抱えていた少女を降ろして少し距離のある建物の陰を指さす。少女は数秒、猫真を見上げると彼が指した方へと駆けていく。


「じゃあ始めようぜ」


「そうこなくちゃね」


 雪科が周囲に遊ばせていた炎を一斉に拡散させる。

 炎の列は猫真の退路を断つように取り囲み、徐々にその距離を縮めていく。

 そして炎が接触するその瞬間、猫真は背中の触手を操作して炎を弾きながら走り出す。あっという間に炎を抜けた猫真は拳を握るが、その眼前に上空からの炎の柱が直撃、その隙に雪科は後退してさらに距離を取る。


「…フ、ハハッ!」


 何処か狂気的な笑みを浮かべる雪科の後方に巨大な炎の円が作り出される。

 その炎の円からは無数に小さな火炎弾が分裂していき、猫真へと発射された。


「ッ…!」


 触手の数を増やして火炎弾一つ一つを対処していく。しかしその触手も火炎弾と相殺する形で消滅してしまい、猫真の攻撃への起点にはならない。

 

(……その触手、伸縮には限度があるみたいね。問題は数にも限りがあるのかだけど)


 猫真が出している触手の数は六本。

 雪科は自分の疑問を解決するためにを変える。


「ウソォ⁉」


 雪科は背後にある巨大な炎の塊を操り、大雑把に4つに分割するとまとめて猫真へと振り下ろす。

 そんな攻撃を前に猫真は回避行動を始める。

 直撃こそしなかったものの、炎が地面に着弾した際の衝撃で吹き飛ばされた猫真は遠ざかる意識を無理やりに引き留めて立ち上がり、静かに雪科を見つめる。


(避けた?あの攻撃は触手で受けられないってことか)


「そろそろ終わりにしましょう」


 雪科は自身の体ほどの大きさの火炎弾を4つ生成すると上空へと投げ出す。

 膨大なエネルギーを濃縮した4つの火炎弾は螺旋のような軌道を描きながら猫真に向かう。

 これこそ雪科が対人戦闘において出せる最大火力(周囲に隠れている少女に被害が行かないように調整済み)な技。

 この一撃で勝負を決める。

 雪科のその意思は猫真にも伝わった。さっきの攻撃の比にならない威力であることは肌で分かるが、それでも回避ではなく防御を選んだ。

 豪速で向かってくる火炎弾を前に右腕を天に掲げると、その右腕に触手が絡みついてくる。

 そして何重にも巻かれた触手を纏った右腕で、火炎弾を叩き落した。


「ッ⁉」


 すかさず触手をバネのようにして雪科との距離を詰める。

 雪科は渾身の技を呆気なく叩き落されたショックで対処に遅れが生じる。そして、その遅れは致命的でもあった。


「キャアァ⁉」


 このままの勢いで拳を叩き込むわけにもいかず、雪科を押し倒す形で倒れ込んだ猫真。

 数秒の静寂の元、パァン!と音が響く。

 

「痛って…ともかく勝負は俺の勝ちでいいよな?」


「……なんなのアンタの触手。情報改ざんでもしてんじゃないの」


 ヒリヒリする頬を撫でながら、猫真は隠れている少女のほうへと向かうとちゃんとそこにいた少女の手を引いて雪科の前まで連れていく。


「てことで約束通り、俺の要求を聞いてもらうわけなんだけど」


「まさか共犯になれって?」


「だからそれは誤解なんだって!…この子を治安維持局セーブで保護してくれ」


「やだ!」


 雪科への要求。それを拒否したのは雪科ではなく少女本人だった。

 不良たちから逃げ出した直後を除き、雪科との問答の最中も言葉を発さなかった少女が初めて意思を示した。

 羽織っていたブレザーを放り出して猫真のシャツを掴んで首を振る少女に、猫真と雪科は困った顔をする。


「きっとこの中じゃアンタを一番信頼してるんでしょうね。まぁロクな目に合ってないでしょうから無理もないけど」


「なるほど…あぁえっと?名前聞いてなかったな」


「エル!私タクミと一緒にいたい!離れたくないよぉ⁉」


「え?え、え?どうして俺の名前を…」


 という疑問は当然出てくるが、そんなことが気にならないほどにエルと名乗った少女の様子がおかしい。

 つい十数分前に合ったばかりの男に対して信頼が強すぎる。というか最早依存の域に達しつつあるようにも思える。例えるなら幼児が母親と離れるのを嫌がっているような、そんな感じだ。

 猫真はそんなエルを見て口元を緩めると、彼女の視線に合わせるよう膝を曲げる。


「何があったかは知らないけど、今はこのお姉さんについて行った方が安全だ。何てったこの島で十番目に強いんだからな」


「でも…」


「大丈夫。明日には俺も行くから」


「ていうかアンタも来なさいよ。色々聞くことあるんだから」


「そこはほら、塩堂が見つけたってことにして。帰り道とかで!」


「あぁそういうことね。自分が見つけたって言うと事情聴取とかで時間を取られるってこと…この聖夜でそんなことに時間を取られたくないもんねぇ?」


「あの、何か怒ってません?気のせい?」


「別にぃ?私はクリスマスイヴに治安維持局セーブの仕事に追われてるのにアンタは楽しくてズルいなぁ!とかそんなことは思ってないからね!」


 ワナワナと両手を震わせる雪科は恨めしそうに猫真を睨むと「ワァ!」と捲し立てる。


「とにかく、この子は預かるわ。……でもちゃんと明日来なさいよ?この子、泣くわ絶対」


「分かってるって……じゃあエル。今日はコレでお別れな?明日また会おうぜ!」


「……うん。約束だよ?」


「あぁ。昼前には行くよ」


 手を振って遊園地開発予定地を後にする。

 時間を確認すると二十時五十九分。二十一時にバイトが終わると話していた袮射が猫真の自宅マンションへ到達するのは早くとも二十一時二十分。対してここからマンションまでは十五分程度…ギリギリである。


「しっかし裸の女の子に不良と追いかけっこ、おまけに塩堂と戦うことになるとか……コレが人生最悪の日ってやつなのかな?」


 ともなるとエルとの出会いも最悪のうちに入ってしまうのが気になるところだが、イベントだけで見るとそう言ってしまっても大袈裟ではない。

 それはそうとモノレールの時間が迫っているのに気づいた猫真は、走って駅まで急ぐ。


 そして猫真巧はまだ知らない。

 人生最悪の日はまだ終わっていないという事実を。

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