エピローグ それぞれの進むべき道(前編)


 夢うつつの混濁していた俺の意識が、判然としたものへと切り替わっていく。


 曖昧になりがちな起きがけの感覚は、驚く程に鮮明だ。


 先程まで神界でリア様と会話していた記憶は夢などではなくはっきりとした現実であると、俺の魂にしっかりと刻まれていたのだった。


「う、う……ん」


「っ!? リベロ兄ちゃん!」


 目を開くと側で、聞き覚えのある声がした。恐らくこれはミールだろう。


「み、ミールか?」


「そうだよ、兄ちゃん! ちょっと待っててね、俺シア姉ちゃん呼んで来るから!

――シア姉ちゃーーーーーん!!!! リベロ兄ちゃんが目を覚ましたよーーーー!!!」


 そう言って、大声を張り上げて勢い良く駆けて行くミール。


 俺は上体を起こし、その姿を目で追いながら、自分の現状を考察する。


 俺が今いる場所は、どうやらベッドの上のようだ。気絶した俺を多分セバスさん辺りが運んでくれて、寝かされたのだろうと予想した。


 部屋の中を見渡すと、狭いがここは個室のようだ。小さな机にボロボロのクローゼット、俺の横にはミールが座っていただろう粗末な椅子が一脚。


 机の上にはよく見ると一枚の写し絵が額縁に入れられ飾られており、柔和な顔で微笑んでいた。シワは深いが優しそうな老齢の女性。

 

 多分この人が、シンシアの言っていた先代の院長であるポーラ先生なのだろう。写し絵からでも読み取れる、深い愛情の眼差し。


 この人のお陰でシンシアのような優しい子が育ったんだよな、うん。という事はここは、先代院長のポーラ先生の私室なのかもしれない。


(部屋を貸して下さってありがとうございます、どうか天国で幸せになって下さい)


 俺は心の中でそっとそう呟く。すると不思議な事に、ポーラさんの写し絵が『気にしなくても良いのよ』とでも言ったような錯覚に陥った。






【代弁者】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

    ⊃[気にしなくても良いのよ]⊂


 お前等かよ! 俺の感動を返しやがれ!

 ちょっと感傷に浸ってたわ!


「リベロっ!?」


 そこへ慌ただしく駆け込んで来たシンシアが、息を切らせながら俺の名を呼ぶ。


「あ、シンシア……えっと、その……迷惑掛けたみたいでごめん」


「ちっとも迷惑なんかじゃないよ! 無事で良かった! もうこのまま目を覚まさないんじゃないかと思ったんだからね!……私……ううっ……グスッ」


 バツが悪そうに俺が呟くと、そう切り返し言って俺の膝元に伏し泣き崩れるシンシア。

 

 ああ、俺は本当に最悪な奴だ。彼女を守るどころか泣かすなんて。この様子だと、かなり心配を掛けてしまったみたいだ。

 

 俺はそっと泣いているシンシアの頭に手を置いて、幼子をあやすように優しく撫でる。

 

 ――その時だ。開け放しになっている扉をノックする音が響き、俺がそちらへ視線を向けると既知の人物と再会したのだった。


「お邪魔だったかしら?」


 そこに居たのは、俺の命を大枚もするハイポーションで救ってくれた未だ名も知らぬお嬢様。


 本当の女神様と相見えてしまい、次元の違う美しさを拝見した今では女神様のようだとは形容できないが、その美貌は人間目線では変わらず段違いだった。


「いえ、大丈夫です……えーと、あの時はお礼も言わず申し訳ありません。改めてお礼と自己紹介を――俺は縁あってこの孤児院でお世話になっている、農夫のリベロと言います。その節は命を救って下さり、ありがとうございました」


「ウフフ、ご丁寧なご挨拶をどうもですわ。わたくしは辺境伯ヴォルフガングの長女で、カレンキルト・ヴォルフガングと申します。長いのでカレンと呼んで下さいまし。以後、お見知り置き下さいませ」


「はぁっ!? へ、辺境伯様!?」


 そう言いながら煌びやかな装飾の扇子を広げ口にあて、上品に笑顔を湛えるカレン様。

 

 うん、その佇まいからお貴族様だろうなとは予想していたけれど、まさかの辺境伯様のご令嬢だったとは……俺、不敬罪で首とか飛ばされないだろうか?


 俺は初対面の時の記憶を掘り起こし、自分の犯した罪の大きさに内心震えていたのだった。


「グスッ……フフ、大丈夫よリベロ。カレンお嬢様はとてもお優しく寛大な御方だから、公式の場以外での些細な無礼は全く気にしない人柄なの。だから首とかは飛ばされたりしないわよ?」


「え、そうなの?」


「ええ、もしそんなお人だったら私は初対面の時に首を刎ねられていて、もうこの世には居なくなっているわ」


 シンシアが涙を拭いながら、俺が心の中で思っていた疑問に答えてくれる。


 そういえば十歳の頃に偶然会った辺境伯のお嬢様って、カレン様だったのか。俺は何となく得心がいったのだった。


 それにしても相変わらずシンシアは的確に、俺が言いたい事の的を射てくれるな。


「前にも言ったけど、リベロって言いたい事が顔に出てるの。今もそうよ、ウフフ」


「そ、そんなに!?」


 そういえば前にも同じ事を言われたんだった。


「ええ、そうよ。あ、それと私の事もシアって呼んでね? 親しい人にはそう呼んで貰っているから」


「あ、そうなんだ? 分かった、これからはシアって呼ばせて貰うよ」


 俺がそう言うとシンシア改めシアが”うん”と満面の笑みで頷く。


 何か以前より笑顔も明るいし、暗い影が無くなった気がする。お嬢様と再会出来た影響からかな?


「……さて、落ち着いた所でこれからの事を話したいのですけれど、二人とも宜しいかしら?」


 俺とシアがとりとめの無い話をしていると、そこへカレン様が間に割って入ってくる。


 これからの事とは一体何だろうか?


「――まず結論から申しますと、この孤児院は解体されます」


「えっ!? ど、どういう事ですか!?」


「リベロ落ち着いて! これは私達が望んだ事だから! 前に言ったでしょ? 私が伝を頼ってこの孤児院の事を相談しているって、それはカレンお嬢様の事だったのよ」


 俺はカレンお嬢様の言葉を聞いた時、不敬にも思わず身を乗り出し、掴みかかりそうになってしまった。


 それを咄嗟に止めてくれたシアには感謝しかない。


 冷静になった俺にその後、カレン様が詳しく話してくれた内容はこうだった。


 まず聞かされたのは俺は二日も眠っていたようだ。


 うん、そりゃあ泣くほど心配されるよな。ただまあ、女神様に会っていたとか言えないし。あと本当、両親に何て言おうか……。


 そして次に聞かされたのが俺達を襲ったあの三人の行く末についてだ。


 俺が気絶した後三人を縛り上げたセバスさんとカレンお嬢様は、この腐った町の衛兵に突き出してもきっと隠蔽されるだけだろうと思案したそうだ。


 ならばと、隣町にある辺境伯の寄子であるフォースター子爵の領地まで、囚人護送馬車に繋いでセバスさんが連れて行ったらしい。


 そこならば衛兵も腐ってはいないし、何より寄親である辺境伯お嬢様のお墨付きだ、しっかりと調べて罰が下される事だろうという話だった。


 ちなみに囚人を乗せる護送馬車は、ここの衛兵を脅して借りたそうだ。


「脅してなどいませんわ。セバスが少し睨んだ位ですわ、殺気を混ぜてですが。オホホホ」


 カレンお嬢様がカラカラと鈴の声を出し、暗黒微笑を扇子で隠しながら振る舞っていた。

 

 こ、怖ぇ~。腐った衛兵には同情はしないが、俺がその立場ならきっとチビってたに違いない。セバスさんの殺気とか絶対に死ねる。


「残念ですが、今はまだ違法奴隷売買に手を染めている商会の本丸には、攻め込む事は出来ませんわ。あの三人の証言と、ギャレットが所持していた奴隷売買を示す書類を今後、精査してからですわね。まあ書類を見る限り、商会のしょの字も無かったですが」


「……都合良く、ですか?」


「ええ、都合良く……ですわ」


 カレン様が溜め息混じりにそう言って口から漏らす。


 これは馬鹿な俺でも分かる。いわゆる蜥蜴の尻尾切りという奴だろう。


 違法な奴隷売買に手を染めていたのはギャレットだけであって、寧ろ商会は名を汚された被害者だ、とでも言うつもりなのだろう。


 ただ良くも悪くも実行していたのはギャレットなので、罪の重さに変わりは無い。


 カレンお嬢様が言うには、ギャレットは恐らく違法な奴隷売買の首謀者という事で死刑。残りの二人は犯罪者として、無期の鉱山送りだろうとの事だった。


 正直、奴等犯罪者などの末路などはどうでも良かった。


 ただ願わくば、ギャレット達に違法奴隷として連れ去られた人達が、少しでも無事であるように祈るばかりだ。


「そちらの方は私の伝を頼って、一人でも多く救って見せますわ」


「どうか、宜しくお願いします」


 カレン様が俺の表情を汲み取って、そう答えてくれた。


 悔しいが俺には何の伝も無い。こういう事は適材適所であるべきだろう、カレン様に任せた方が良い。


 俺が悛巡しているとドアの付近から顔を覗かせ、こちらへ声を掛けてくる子供がいた。


「ねぇ、話は終わった? みんなお腹が空いたって騒ぎ始めたんだけど……」


 ミールだった。少し申し訳なさそうに、そう言って聞いてくる。


「あ、ごめんねミール! 直ぐに食事にするから」


「そうですわね、続きはお食事の後に致しましょう」


 そういえば俺も腹が減った。当たり前だが二日も飯を食っていない。更に云うなら旨かったが、あの砂利混じりのスープを食ったきりなのだ。


 そう考えると腹の虫が騒ぎ出す。


「フフフ、リベロもお腹が空いているようね。それじゃあ食堂に移動しましょう」


「そうだね」


 俺はベッドから起き上がり、食堂に向かう三人の後に続けて歩き出した。



_____________________

すみません、長くなってしまったので前後編に分けます。


 

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