第2話 痺れる指導と心優しい少女


 神殿を出てから俺は、フラフラと町の中心部にある市場にやって来ていた。

 人波でごった返す通りを避け、脇道沿いに立地している公園のベンチに座る。


「……嘘だろ……どうすんだ俺の財布、ほぼ全財産……ハァー……」


 両手で頭を抱え溜め息をつきながら、本音を吐く。

 

 流石に今から行って『あれは間違いなんですぅ~、お財布返して? テヘペロ♪』なんて言える訳がねぇ。そもそもこの信仰篤いこの国でそんな不敬な事をやらかしたら、一族郎党追放されかねない。


 それに問題はこの頭の変な奴等だ。恐らくだが、これが俺の【審議】とかいうスキルなんじゃないかと思ってる。いや、きっとそうだ! 良し、コイツ等を追い出そう!!!


【教育的指導】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

         ⊃[電撃ビリビリ]⊂


「あばばばばばばばばばばばぁっ!!!」


 突然俺は雷にでも打たれたかのように全身に電撃が駆け巡る。いつまで続くのかと思われた痺れからようやく解放された時には、無惨にも口から煙を吐き頭はアフロになっていた。

 

 俺は四つん這いになりながら、息も絶え絶えに脳内の奴等に抗議する。


「……く、くそっ! ふ、ふざけんな! 何なんだ、教育的指導って!?」


【天罰】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

       ⊃[ざまぁw]⊂


「うおぉぉぉぉぉぉぉっっ! こいつ等っ! この野郎共っ!」


 ざまぁと書かれた後ろに付いたwの意味は分からなかったが、何となく馬鹿にされているのは理解できた。


 俺は無駄だとは分かってはいたが、アフロになった頭をボコスカと両手でブン殴る……うん単純に俺自身が痛い。あと先程から俺の事を残念そうに見ている、衆人環視しゅうじんかんしの目が痛い。


「あの……大丈夫ですか?」


 そんな姿を憐れに思ったのか、買い物袋を持ったエプロン姿の、俺と同い年位であろうか? 少女が声を掛けてきてくれた。

 

 くすんだ金髪を後ろで無造作に束ねていて、服装はツギハギだらけだ。生活が苦しいのだろうか? 

 

 顔を見れば垂れた大きい二重の青い目は綺麗だが、落ち窪んでいる。土気色の唇は生気を感じない。日に焼けた小麦色の肌は普通は活動的な印象を与えるが、痩せこけた頬のせいで幽鬼のように見え、どこかチグハグしていた。

 

 性格は、こんな俺に声を掛けてくれた位だ。きっと優しくお人好しなのだと思う。


 正直、大丈夫かと聞かれたが、俺の方が『逆に大丈夫ですか?』と言ってしまいそうになる程の様相を呈していた。もちろん、そんな事は言わないが。


「あ、ああ、心配かけてすみません。だ、大丈夫です、ちょっと世の中の不条理を嘆いていたもので……ははっ」


 俺はその少女に何とか取り繕った苦しい言い訳をした『いや~俺の脳内の奴等がウザイんで、あっはっはっはっは』なんて言った日には、通報されて衛兵に突き出されるだろう。


「そ、そうですか。お怪我がないようで、良かったです」


「ええ、有り難うございます」


 少女は俺が口にした苦しい言い訳に対して戸惑いを感じながらも、身を案じてくれた。何処まで優しいんだ、この人……。

 

 世の中自分の快楽の為なら、悪党に染まる奴も多いのに。

 

 現にこの町から辻馬車で半日の場所にある、俺の住んでいる村へ行くだけでも命掛けだ。道中は盗賊や山賊も出る。なので冒険者達の護衛は欠かせない。でも実は、その冒険者達こそが裏切り者だったなんて話はザラにある。


 そういえば俺の村で思い出したが、俺今日どうすればいいの……? 野宿か? 

 

 野宿にしても帰る為の運賃がないじゃねぇか! 徒歩なんて絶対無理だ。襲って下さいって言っているようなもんだろう……まあ盗られる物なんてないが、命をくれてやる訳にはいかねぇぞ!

 

 ハァー……どうすりゃ、いいんだ……。


【審議中】(′・ω)(′・ω・)(・ω・`)(ω・`)


 そんな絶望状態の俺の脳内に、またしても奴等が現れやがった。絶対に良からぬ事を企んでるに違いない。


【結果】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

   ⊃[一宿一飯を土下座で頼む]⊂


「おいぃぃぃぃっ!!!!!」


「キャッ!?」


 何を言ってんだコイツ等は! 今さっき出会った見知らぬ少女の家に泊まるとかできる訳ねぇだろ! しかも何で土下座!?

 

 ……だがそんな心の雄叫びも空しく自由の効かなくなった俺の身体は、目の前にいる少女に対して土下座をし、思考すらしていない言葉が口からついて出てくるのだった。


「お願いします! どうか俺を今日だけでいいので、あなたの家に泊めて下さい!」


「……えっ!?」


 少女が驚いてる。当たり前だ。こんな見ず知らずの不審人物を家に招き入れる訳がない。


「……えっと、あの……何もお構いできませんが、それでも宜しければ……?」


 招き入れちゃったよ!?


「本当に良いんですか!?」


「はい……ただ、さっきも言った通り満足なおもてなしはできません」


「はい、大丈夫です!」


「それと……私の家には最近、しつこい地上げ業者が来るんです」


「地上げ?」


「はい。実は、今住んでいる家の土地と建物を売れとしつこくて……今の所、直接的な身体への被害はないのですが、色々な嫌がらせが頻発していて……」


 何か不穏な言葉を聞いた感じだが、身体の自由が効かない俺にはどうする事もできなかった。


「大丈夫です! 泊まらせて下さい!」


 だよね、知ってたよ。そう言うと思ってた!

 

 むしろこの状態の俺は物語の主人公よろしく、率先して自ら火事場の火に突っ込んでいく感じだしな! もうなんかこの先、嫌な予感しかしないんですがっ!?

 

「……分かりました、そこまでおっしゃるなら……どうぞ、家に来て下さい」


「本当ですか! 有り難うございます! あっ、俺の名前はリベロって言います」


「フフ、私の名前はシンシアです。あと、年も近いみたいですし、敬語でなくても大丈夫ですよ?」


「分かった! 宜しく、シンシア」


「こちらこそ、リベロ」


 一体どうすりゃいいんだこの状況……いや、正直に言えば助かったというのが本音だ。

 でも身なりをみる限り、少女の方はとてもじゃないが、日々の暮らしに余裕がある感じには見えない。人の良さにつけこんで迷惑掛けるとか、俺が一番嫌いな事じゃねぇか……。

 

 しかも何か問題を抱えている感じだし……いや、そこは困っているなら助けたいとは思うが、金も権力もないしなぁ……。


「それじゃ行きましょうか、リベロ」


「そうだな、行こう!」


 彼女に促され、俺は立ち上がり二人連れ立って歩き出す。相変わらず身体の自由は効かない。恐らくシンシアと名乗った彼女の家に着くまで、この状態なのだろう。

 

 俺はもはや抵抗するのも疲れ果て、今では奴等の思い通りに手足を動かすのだった。


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