明日、君の好きなものを 知るために②

「食べるのが苦手?」


 初めて聞く表現だな、と思った。

 俺の確認に、そうだ、とギザっ歯が印象的な彼は頷いた。


「少食ってことか」

「それもあるが。食べる行為自体が得意ではないようだ」

「ほーーーん……???」


 あまりに経験が無いので、なかなかその表現に感覚を寄り添わせることができない。食べるのが苦手、とは?


「よく分からないけど、だからいつも携帯食糧持ってるのか、彼」

「トータルで必要量を摂ってると言ってた」

「難儀だなあ」


 うん…… と腕を組んだ傍らで、彼は軽く笑いながらローリエを鍋に放り込んだ。

 隊長ちゃんが、よく中庭で猫を膝に乗せながらおやつ(だと思ってたけど、携帯食糧だったんだな)を食べてるのを見かけていた。

 食事が足りなかったのかと思って、その後の食事で少し多めに盛ってみようとしたのだが困らせたらしく、「ありがとう、もうこれくらいで、大丈夫」と言われてしまったし、食べきるのにだいぶ時間が掛かっていた。

 という経緯があり、一緒にキッチンに立つことが多い(ここの住人としてはほぼ同郷と言っていいだろう)ロレンソに尋ねてみたのだった。


「内蔵が弱い?」


 ハナガタミのお兄ちゃんがそのクチだ。

 あの人は、逆に食べるのも呑むのも好きなのだが、とにかく身体がついていかない。あれはあれで難儀だ。

 ロレンソは「No」と首を振る。


「身体的にはまったく問題ない。問題があるとすれば、食べても還元率が低い」

「還元率……

 過去に無理やり食べさせられたとかだろか」

「過去というか、それは現在もなおアルパカがチャレンジしているな」

「余計に嫌いにさせてないかそれ」


 問題があると分かってる上で、なんてリスキーなことしてんだろう。

 そのアルパカくんは、リビングの大きなソファに寝転がっている。この人はほんとに、どこか動物的な雰囲気がある。口数も多くないからだろうか。

 なんとなく白い彼を眺めながら、話を続けようとした。


「好きなものだったら少しは楽なのかな」

「あんまり気にするなよ」


 しかし、ロレンソはやや投げるように返してきた。

 怒ってるわけではなさそうなのだが、彼は言葉にも話し方にも気を遣わない方らしい。


「あの隊長は、人の手を煩わせることを極端に避ける気がある。相手がそれを煩わしいと思うかどうかは関係なくだ。

 気を遣わせているとあいつが感じた瞬間に、ここで食事をしなくなる可能性もあるし、そうなったらますます面倒だ。

 そこまで気にせずとも、奴だってああ見えて分別のある大人だ、上手いようにやるさ。

 気にしてやらない方が助かることもある」


 ほおお。「詳しいな」

 簡潔に感想を述べてみると、彼は笑ったのか威嚇したのか判別つきかねる表情をする。


「長くはないが、浅くもない付き合いなのでな」


 返ってきた言葉は、婉曲な表現だったが、彼から出てくるには多少なりとも意外なもののように思えた。

 先ほどの顔を威嚇と捉えるなら、その言葉の意味はますます深まる。


「とはいえ、食事ってのはさ」


 少なからず言葉を選びながら話した方が良さそうだろうか。

 何か、彼らの大事な個所に触れかけたらしい。


「生きることに一番直結した行為だろ。

 それが苦手、というのは、医療心得があってもなくても、心配なものだよ。

 食事を作る側であればなおのこと、食べてくれるならおいしく食べさせたいじゃないか」

「厚意や親切は、たやすくエゴに翻る」

「うおおおい手厳しいなあんた……」

「よく言われるが、それこそ親切のつもりなんだがな」


 はて、とわざとらしく彼はすっとぼける。

 (後で思い返して初めて気づくのだが、たしかに、彼の言葉は彼の言う通りに確固として親切なのだ)

 そして、まあ分からないわけじゃない、とニヤリと笑って言った。


「ここまでの話を前提として、一番カンタンに奴の精神的負担を軽くする方法がある」

「おお、なになに」

「金を取る」


 ドヤ、と彼は言い切る。

 すげー納得した。




 と、アドバイスを頂いたものの、さすがに彼だけにそれを課すわけにもいかないし、急にここの食事を支払制にすることもできない(やれないこともないが、ならばしっかり検討しなければならない)。

 こちらの真意を推し量るように、じっと見つめる隊長ちゃんだ。


「気持ちは嬉しいけども、あまり量を食べられないんだ。

 アルパカならよく食べるから、あいつの好きなものを作ってくれた方が嬉しいな」


 ありがとう、と彼は静かに笑って言うのだ。

 うーーん…… 大人だなあ。


「俺はね、隊長ちゃん」


 彼が気にすることがないように、ゆっくりと話そう。


「キッチンに立つのは、最初は単に仕事の合間の気分転換だったんだ。

 それこそ、こんな真夜中に簡単なものをサッと作る程度でね。それが、あるときに、いつもの食事も作って欲しい、て言われてさ」


 やはり唐突に語り始めた俺を、隊長ちゃんは黙って見つめた。


「こう見えて、そこそこ大きなファミリーの幹部なわけで、ここにいるおおかたのメンツよりはビジネス感覚を持っているはずなんだけど、なんとなくそのとき、ギブアンドテイクなしで作ってもいいかな、て思ったんだわ。

 そしたら思いのほか楽しくてね」


 とは言えど、基本的に俺は無償を信じないし、肯定もしない。だから、対価のないこの行為は、負担だと思ったら作らないこともある。

 それは物理的な稼働過多もあれば、ただの気分のときもあった。

 そして、はそれを承知してくれている。


「量を作りたいわけでも、俺に作りたいものがあるわけでもない。

 何を楽しくて、て言われても、正確に明確に答えを持ってるわけでもない。

 やっぱり、なんとなく作りたいから、てだけなのかな、とも思う」


 あまりオチを考えずに話し始めてしまった、というよりは、話したとおり、この答えを持っていないのだ。

 ただ、彼に伝えたいことはある。


「だから、あんまり気負わないでリクエストしてくれていい。

 そうだな、…… 俺に料理を作る理由を与えてくれたら嬉しいな、て感じ」


 どうだろうか、と、隣の隊長ちゃんにお伺いする。

 彼は。


「……、」





 すまない、と言うのだ。

 じつは、好きなものが、ない。







 いやあ、さすがにそれは予想だにしてなかったわ。

 彼がさんぽに出ていった後で、俺はアジア系レシピを検索するのだった。

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