明日、君の好きなものを作る②

 その笑みの意味がなんとなく分かったのは、金曜日の夜だった。


「何やってんだよ、明日みんなと出掛けるんだろ?」

「うるせー」


 額に冷えピタを貼って布団に潜っているとらを見下ろしながら、俺は呆れていた。

 今日の夕方辺りからだんだんと熱が上がっていた。ベッドの横には半端な明日の準備が置いてある。

 ぴぴ、と高い電子音が聞こえたので手を出してみると、とらはもぞもぞと動いて布団の中から体温計を差し出す手が出てきた。

 計測された数値を見て、俺は言った。「明日は無理だ」

 すると、とらは笑ったのだ。


「だと思った」


 ひゃひゃ、と枯れた声が布団の隙間から聞こえた。

 俺はベッドの横の椅子を引き出して彼の傍らに座る。


「なにそれ」

「遠足前の子どもと一緒だよ」

「なにそれ」


 そんな例えを持ち出されてもよく分からなかった。そもそも遠足という行事がよく分からない。

 とらは首を傾げる俺を見上げて、なんだかもどかしげな目をする。そして、体温計を差し出した手を伸ばして、俺の膝をぽんぽんと叩くのだ。


「これからたくさん遊ぼうぜ」


 なんだそれ。

 俺は肩を竦めた。この最年長の病弱な人間が、俺を見て何を思っているのかをなんとはなしに推測した上でなお、だ。

 彼が気にしていることなんて、こんな感じでここまで来てしまった俺に今更必要な事なのかって考えたら、別に必須だなんてことはないんだろう。

 でも、人生に余暇はあればあるだけいいということを否定する理由もまた、自分にはない。

 それが誰かからの厚意であれば、なおのこと。


「まずはその風邪治そうぜ、兄弟」


 膝に置かれた彼の白い手を握手みたいに取って、布団の中へ押し込めた。

 明日は────





 明日は、彼が好きなもので食べやすくて栄養のあるものを作ろう。

 そんなことを考えて、そういえば料理は比較的好きなんだと、気付いた。

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