ACT4

 早速俺は動き出した。

 手間取るかと思ったが、さしたることはなかった。

 彼女が勤めていたというスナックとバァは、一軒目は既に閉店していたものの、二軒目のバァは、まだ続いていた。

”ああ、るみちゃんね。彼女、外国に行ったって聞いてるわ。何でも東南アジアの方で、ある大富豪の跡取り息子のところへ行ったんだって”店の女の子が詰まらなそうに煙草をふかしながら教えてくれた。

 その島と言うのは、フィリピンにある、

”グアダルーペ島”という小さな島で、相手の男はそこで随分名の知れた地主の息子だそうだ。

(思った以上に簡単だな)

 後はその島に出かけて、るみ子に会って来る。それでしまいだ。

 俺はまた口笛が出た。

 と、その時携帯が鳴った。

 切れ者マリーこと五十嵐真理からだった。

”どう?食事でもしない?”と来た。

 いつもの俺ならば、

(忙しい。断る)と跳ね付けるところだが、ここのところロクなものを口にしちゃいない。

 思わず、

『いいよ』と返してしまった。

”じゃ、決まりね。場所は銀座のレンガ亭、予約は貴方がいれておいて。”それだけ言って電話を切った。

 銀座のレンガ亭。

 超がつくほどではないが、一流と言っても良いステーキハウスだ。

 思わず受話器に手が伸びそうになった。

 しかし、ただのアナログ人間だと思われるのもしゃくだ。仕方がない。ポケットに手を突っ込むと、スマホを取り出し、レンガ亭のアプリとやらを探し出し、四苦八苦しながら、予約を入れた。

(個室じゃなきゃダメよ。本当に内緒の話なんだから)

 彼女の声が頭に響く。


『ねぇ、外国旅行をしてみない?』

 個室ダイニングに通された俺達の前に、早速料理が運ばれてきた。

 500グラムのTボーンステーキにシーザーサラダ。それにごってりしたコーンスープに大きめの皿に盛られたライス。

 彼女一人ではない。

 もう一人は身長も体重も俺の倍ぐらいはありそうなごつい身体をしたスーツ姿の男だ。

 彼女の紹介によると、男は防衛省に所属している現役の幹部自衛官だそうだ。

 名前は・・・・二階堂何とかいう二等陸佐だという。

 昔なら立ち上がって敬礼の一つもしなければならないところだが、

 俺は何も言わずにステーキにナイフをいれ、スープを啜った。

『勿論旅費は全部こっち持ち、それだけじゃなくてよ。前金で50万は出すし、無事に成功した暁には、更に100万は出すわ。如何?』喋るのは専ら真理の役目らしい。

『外国ってどこだね?』

 俺は瞬く間にステーキの半分を片付け、大盛りライスも平らげると、お代わりを頼み、平然とした口調で訊ねた。

『そんなに遠くないわ。フィリピンよ。あんまり大きな島じゃないけど、グアダルーペ島っていうの。但し簡単な依頼じゃないわ。貴方にしか出来ない仕事。どう、やってくれない?』

『いいよ』俺は即決で答えた。

 グアダルーペ島といや、るみ子がいる島じゃないか。

 これなら二つ一度に片付けられる。

 しかも一件目はもう殆ど片付いたも同然だ。


 彼女は意味ありげな笑いを浮かべ、

『貴方なら引き受けてくれると思っていたわ』、真理はそう言って意味ありげに二階堂陸佐の顔を確認してから、シガリロの煙を吐く。

・・・・グアダルーペ島は、一応フィリピン領ではあるが、今や治外法権のような島で、外部から侵入するのは極めて難しい。

その島に日本からが逃げ込んだ。

『”ある人物”ってのは何者だね?』

 俺はナイフで肉を細かく切り分け、噛みしめるように一切れづつ口に入れてゆきながら訊ねた。

『今は言えないの・・・・って誤魔化したところで、貴方は納得しないでしょうね。』

 マリーはシガリロを目の前のガラスの灰皿にねじ込むと、二本目に火をつけ、話し出そうとしたしたが、ここで初めて二階堂氏が『ここから先は私が』と言って口を切った。

『驚かないでね。そのある人物っていうのは、防衛省の技官なの』

 

 二佐曰く、文部科学省と共同で、防衛省が開発した新型ミサイルの推進装置の設計図をある男が持ち出して逃亡したのだという。

『それがこの男・・・・佐川清・・・・38歳です』

 彼女はそう言って写真を一枚取り出すと、テーブルの上に置いた。

 パリッとした陸自の制服を着ている。階級章を確認すると、一尉である。

 顔は如何にもエリートにありがちな蒼白い顔に銀縁眼鏡と、凡そ自衛官には相応しくない。

『驚かないの?』如何にも意外と言った調子で彼女は俺の顔を見た。

『別に、自衛官の中にだっておかしなことをしでかす輩はいるだろうさ。』

 俺は皿の上の肉を平らげると、サラダとスープに取り掛かった。

 佐川一尉が設計図を持って逃亡したのが分かったのは2ヵ月前の事だった。

 しかも逃げ込んだ先がグアダルーペ島と来ている。

 フィリピン政府さえ手が出せないというのに、幾ら友好関係にあるとはいえ、外部である日本の政府や警察が動く訳には行かない。

 お偉いさん達が困り果てているところに、俺事乾の名前を出したのが、他ならぬ切れ者マリーと言う訳だ。

 私立探偵ならば民間人であるから、政府が直接関与しない。

 その上、何かあっても”当局は一切関知しない”で押し通せばそれで良しとなる。

『そんな事だろうと思ったよ。狡い手を使いやがる』

 俺は早々にステーキ・セットを平らげ、香り高いデミタスを味わいながら皮肉交じりに言った。

 真理は傍らに置いてあったハンドバッグを開け、中からごつい封筒を取り出す。

『100万入ってるわ。前金は50万って言ったけど、それじゃ貴方が納得しないだろうと思って、お偉方を口説いたの』

『頼む、何とか引き受けてくれんだろうか?』二等陸佐氏が頭を下げる。

 滑稽な図式だ。たかだか陸曹にしかなれなかった男に、幹部自衛官が頭を下げているのだからな。

『いつもとは違うぜ。危険手当、出張費、それに成功報酬も、だ。全部で8桁は貰わないと割に合わん』

『足元を見たわね・・・・どうします?二階堂陸佐?』

『分かってます。この際だ。』

 二人は目を合わせて頷きあい、これで取引が成立したってわけだ。

 俺は残りのコーヒーを飲み干す。だが、この時の俺は、まだこの先何が起こるか、全く予想さえ付かなかった。





 



 

 

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