初配信

 下層の中で最も巨大なクジラの魔物。


「んっ……うぅん。ふわぁぁぁぁ」

 

 それを討伐して中をくり抜いて自分の寝床としていた僕はゆっくりと体を起こす。


「……くちゃい」


 寝る前はクジラの中もそこまで臭くなかったのだが、一晩経った後だと匂いのほどもなかなかに悪化してしまっていた。


「……こんなところにもう入れないよ」


 僕はクジラの中から這い出てそのまま移動。

 あらかじめ見つけていた川へと出向き、自分の体を洗っていく。


「……服一着しかないのかぁ」


 服は諦めだ。

 流石に全裸でダンジョンを歩くのは問題だよね。

 

「髪は乾かなかったけど良いか」


 さて、と。

 これで体はもう完璧。次は食事だけどぉ。


「ふ、ふへへ。配信しちゃおうかなぁ?」


 僕はカメラを取り出して笑みを浮かべる。

 すでに自分のチャンネルの登録者数は十万人もいる。配信したらみんなから見てもらえ……見てもらえ、ふへへ、そんなのもう配信するしかないよね!

 僕はカメラを操作して配信開始をスタート。


「……」


 視聴者が増えていくのを待つ。

 

「ふ、ふへっ」


 笑みが漏れる。

 何の告知もしていないのに視聴者がどんどん増えていく……前世では一切増えていなかったのにぃ。

 

『コメント』

 ・おっ?初配信来た。

 ・髪が濡れているな……これまた色っぽい。

 ・昨日の天使みたいな子は君の?

 ・名無しチャンネルって新しいな……。

 ・まだ名前決まっていないのか。

 

 コメントもどんどんと増えて……増えて、増えて。

 そういえば僕はまだ自分の名前を決めてもなかったな。この女の子としての名前も、配信する際の名前も。

 まぁ、そこら辺は今度でいいかな。

 そんなことよりも自分のことを見てくれている視聴者のことである。


「み、みんな見えているぅ?」

 

 僕は視聴者の数が百を声、多くのコメントが行き交うようになったタイミングで手を振る。


「え、えっとねぇ……えっと、今日も配信見に来てくれてありがとぉー、名前はまだ決まっていないから、ナナシちゃんって呼んでほしいなぁ?そ、それでコメント欄を見た感じ天使ちゃんについて気になっている人がいるみたいだね。それで答えていくと、ライナさんの護衛の為に天使ちゃんを派遣したのは僕だね。あの子も無事に地上へと帰れたみたいで良かったね」


 あの後、天使ちゃん越しに僕はライナちゃんが無事に地上の方へと帰れた様子を確認した。


『コメント』

 ・あっ!やっぱそうなのか!ありがとぉー!

 ・本当に助かった!

 ・やっぱりあの天使はナナシちゃんのだったのね。

 ・にしても、あれを別枠で出せるのヤバいな。普通に下層の魔物を掃討していたぞ。

 ・ナナシちゃんってば強いのねー。

 

 コメント欄にコメントが流れていく……全然途切れることがない。

 

「えへへへ」

 

 コメント欄が僕を褒めている。

 か、下層の魔物くらいならちょちょいのちょいだよねぇ。

 僕はこれでも基本的に冥層での活動を主としていた冒険者で、前世で相打ちになったドラゴンは200階層のボスだった。

 それと比べば下層の魔物なんてゴミも同然!

 ふへへへ、これは、良い。

 下層で無双するだけでぇ……褒められるぅ。承認欲求が満たされていく音がするぅ。

 ほわわわぁ……ハッ!?こんなことしている場合ではない。早く配信を始めなければ、視聴者から飽きられてブラウザバックされてしまう。


「今日の配信はねぇー、お金のないび、美少女の生活模様だよぉ?」

 

 今の僕は見た目の良い美少女である。

 前世のときとは違って、こういう日常系?みたいなのも需要は、あるはずだよね?

 みんな美少女の生活模様とか見たい、はず。

 

「これから朝ご飯を食べていくよぉ。え、えっと……あー、いた。ここ下層、60階層で大量に見かけることの出来るあの牛頭人身のミノタウロスはそのお肉が食べられてなおかつ美味しいんだよぉ。今日の朝ご飯はあれ。ちょっと狩りに行ってくるね?」


 魔物には食べられるやつと食べられないやつがいる。

 ミノタウロスは食べられる側の魔物だ。

 今日の僕の朝ご飯はあの子にしよう……ミノタウロスは美味しい部類の魔物なのだよね。

 

「魔物って、金ないときの食料として最高なんだよねぇ。幼少期の僕は魔物を食べて育ったんだよぉ?」


 魔物は金のない貧乏人の味方である。

 両親がご飯をくれずにお腹が常に空いていた幼少期の頃の僕は毎日魔物を食べて育っていたのだ。

 前世の僕の血肉は魔物ものであると言っても過言ではない。


「それじゃあ、みんなに美味しいミノタウロスの食べ方をレクチャーしてあげるからぁ。ぜひ参考にしてみてねぇー?」


 僕はカメラに向けて言葉を話した後、意気揚々とミノタウロスの元へと向かっていくのだった。


『コメント』

 ・んんっ?どういうこと?

 ・あいも変わらず笑顔は引きつっているなぁ。

 ・魔物って、食べられないんじゃなかったけ?魔物の肉が持っている力に人間の身体が耐えきれなくて。

 ・下層の、しかも60階層にいける冒険者がどれだけいるのかって話だよ、後二十階層降りたら冥層だぞ。

 ・想像以上にヤバい子なのかもしれない。

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