忌み詞(※微グロ)
悪心を呼び覚ましたのは、あの女のせいだ。見よ、あの物欲しげな目を。いかにもであろう。だから、
「この女の人は、なにを欲しがっていたのでしょうか」
「なにってそりゃあ、男の逸物よ」
「
「なんだ、わからないのか。結坊には、まだ早すぎる内容だったな」
六畳間で春本の文字を読みあげて笑う奉公人たちは、まだ房事に興味をもたない結之丞へ、なんとも云われない微妙に複雑な表情を向けてくる。齢十三の結之丞は、蕎麦処で食べた天麩羅の味に、ときめきを覚えてやまないくらいがちょうど良い刺激だった。銭湯の混浴風呂で見た女の
薬種問屋へ奉公にあがり、ふた月半が経過したころ、
拾う神あれば 捨てる神あり
それはふしぎな夢だった。狩衣(貴族の平常服)のような
「若旦那さま」
結之丞は、千幸に近づこうとして足を前へだそうとしたが、右も左も暗闇すぎて、これは夢だと承知していながら、ゾクッと寒気を感じた。
「若旦那さま」
前方にいる千幸の姿だけは、はっきり見ることができるため、結之丞は相手のほうで自分の存在に気づいてもらいたくて、何度も呼びかけた。
「若旦那さま」
暗闇の背後から、なにか得体の知れないものが出現し、気味の悪い息づかいが聞こえてくる。ふり返ってはいけないような気がして、なんとか千幸に助けを求めようと腕をのばした。
千幸は倒れるようにその場へ膝まづくと、扇子を手放して深々と頭をさげた。いったいなんの儀式だろうと目を凝らす結之丞は、今更のように自身が
「な、なに、これ……」
「ぎゃーっ」
と、無意識に叫び声をあげた少年は、六畳間ではなく坪庭で目が覚めた。夜中にふらふら出歩いたようで、足の裏は
「小僧、そこでなにやってる」
とおりかかった番頭に見つかり、結之丞はあたふたと花壇へ身を隠した。不審に思った慈浪は、踏石の草履を引っかけて近づいてくる。時刻は早朝だというのに、番頭の身だしなみは完璧で、すでにひと仕事終えてきたようすだった。背中を丸める結之丞の尻を見ても驚かず、小さく溜め息を吐いた。
「さっさと着がえてこい」
番頭はそう云うと、なにも追求せずに引き返した。
〘つづく〙
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