声の影

春泥

プロローグ

 その空間は、がやがやと様々な音と、まばゆい光に包まれていた。金魚すくいや人気のアニメキャラクターのお面、それにクレープやタコ焼きのいい匂いもする。大きな公園内に、夏祭りの屋台が出ているのだ。盆踊りの音楽も遠くから聞こえる。

 夜になってもそうとう蒸し暑いというのに、子供たちは元気に駆け回り、大人たちも首に巻いたタオルで汗をぬぐいながら、ビールの紙コップを手に、笑顔だ。


 * 

 

 頭の中に微かに残っていた祭りのざわめきが、ふいと消える。

 ソータが立っているのは、だだっ広い公園。遊具などはない。木がたくさんあって、むき出しの地面のところどころに草が生えているだけ。

 夜だ。

 緑色の屋根のてっぺんに金色の魚を載せた城がライトアップされている。

 あれは名古屋城。そしてここは、名城めいじょう公園だとソータは気付く。なんどもお父さんに連れてきてもらったことがあるのだ。

 しかし今、十歳のソータは、たった一人、まばらなポールライトに寂しく照らされた公園内に立ちつくしている。


「君は、誰?」


 突然話しかけられて、驚いて周囲を見回しても、声の主の姿は見えない。「声」はさらに、問いかける。


「ぼくは、だ~れだ」


 それは、ソータが過去に出会った誰かなのだという。声はすれども実体のない質問者には、ぼんやりとした影だけがあった。

 ソータは答えをみつけなければならない。二回までは間違えられる。でも、三回目で正解できなかったら……


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