放課後エイリアンハンター

@kakeohayadori

星が落ちた日

 荒い息が金切り声の様に喉を鳴らす。呼気が白く凍り、雪に紛れて散った。


 スキーグローブ越しに握る木製バットはじっとりと濡れていて、滑り落ちる様に浅く積もる雪に落ちた。


「燈子ちゃん」


 少年、三嶋鉄雄の喉から震える様な声が漏れた。燈子ちゃんと呼ぶ幼馴染の少女、白鷺燈子は氷点下の陽気にも拘わらず下着姿だった。


 顔に痣がある。怯えた様子で鉄雄の足元を見ている。男が倒れていた。ガラの悪い革ジャンに下半身は裸で、頭の後ろ半分を大きく凹ませて俯せに倒れていた。


 ゆっくりと滴り落ちる血が雪に沁み込んで池をつくっていく。斑点の様に落ちた血は鉄雄が落としたバットに繋がっていた。


「燈子ちゃん」


 少女の肩が震える。怯えた瞳で少年を見返した。


「僕が、守るから」




 二〇〇三年六月。和歌山県南端串本町の沖合に浮かぶ紀伊大島から、更にフェリーで2時間南下したところに『王陵島』がある。面積10㎢に住む人口はおよそ10万人。漁業と観光で成り立つ離島だ。


 小学校四年生の時に両親が離婚した鉄雄は父に連れられて、それまで住んでいたさいたま市大成を離れて父の実家がある王陵島に引っ越して来た。


 賑やかな観光地に引っ越す。密やかな期待は早々に裏切られた。歪な瓢箪型をしている王陵島の北側は小規模と言えど空港すら備えた観光地のそれだった。毎年、余暇のシーズンになれば宿泊施設はひけもきらず地元経済に多大な潤いを齎すし、王陵等に住む大半の人口は北端の王陵町を中心に分布している。


 一方で鉄雄が住む南側は幾つかの漁港を中心に数百人規模の集落を成す紛れもない田舎だった。


 全校生徒30名に満たない小中併置校は通う子供の大半は地元で生まれ育ち、水産関係の企業が養殖場と小さな加工工場を持っている事から赴任で訪れた会社員の子供が数名と、教員、市役所支所職員の子供が数名通うと言う小さなものだった。


 海老と鰹の街『瀬戸内町』が鉄雄が住む町だった。


「行ってきます」


 小さな声で鉄雄は玄関の引戸を閉めた。今の方で父と祖母が話す声が聞こえる。埼玉に住んでいた頃は標準語だった父も地元に戻り3年、すっかり紀州弁に戻っていた。


 照り付ける日差しと蝉の鳴き声に顰めながら自転車を転がした。さいたま市に住んでいた頃は手癖の様に閉めていた鍵も掛けない事が当たり前になった。盗む奴なんて居ないからだ。


 慣れた事と言えばその程度だった。


 緩やかな下り坂を自転車で降る。ガードレールの向こうに小さな漁港と穏やかな海が覗く。鉄雄はこの瞬間が好きだった。風を感じながら綺麗な海と、島で唯一栄えている町並みを見降ろすこの時間が。帰りが少し辛いが、もし逆だったらきっと不登校になっていた事だろう。やはり良かったのだ。


 坂は終わり、10分程で学校に着く。校庭ではサッカー部が朝練に励んでいた。教室も碌に学年毎に分かれていない様な学校だが、部活動はあった。島で唯一の学校の唯一の運動部だ。一応、鉄雄にも所属している部がある。王陵島文化研究部と言う、親族しかこない文化祭で模造紙に申し訳程度に文書を纏めて張り出すだけの文化部だ。


「おはよう三嶋」


 校門でジャージ姿の男が手を挙げた。鉄雄の担任の大岩だった。理科と数学と体育の担当で学年主任。冗談の様だが、この学校の教員は誰もそんなものだ。


「ぎりぎりだぞ。急げよ」


 軽く会釈して下駄箱に靴を仕舞って廊下を歩く。途中の薄暗い手洗い場で軽く水を飲んだ。少し曇った鏡が鉄雄の顔を写す。


 小柄な瘦せっぽちの少年の姿があった。童顔で丸い眼鏡の下、伸びきった髪に隠れて自信なさげな瞳が揺れる。


 カルキ臭い水で喉を潤して教室に入る。


「おはよう」


 小声で挨拶を告げると既に登校したクラスメイト達が談笑しながらちらりと向けて、直ぐに元の話題に戻っていく。

 瀬戸内小中学校の中等部20名、一年生から三年生が同じ教室でホームルームが始まるのを待つ。鉄雄の席は窓際の一番前だった。


 席に座り英単語帳を開く。受験は来年だが、高校に行くのであれば北側に3つある高校の何れかを受験しなければならない。一番学力が高い王陵高校ですら偏差値は50を僅かに割る程度だが、併願が出来ない公立で落ちれば二次募集を受け付けている一番下の大島工業しか選択肢が無くなる。


 離島に残る化石の様なヤンキー高校だ。絶対に第一志望の王陵高校に受かりたかった。


 それに鉄雄は大学にも行きたかった。奨学金を借りて東京の大学に進学して、就職する。牢獄の様なこの町を、島を出るのだ。


 教室を見渡せば同じ様に勉強している生徒が何人か居る。鉄雄はその内の一人の女子生徒、白鷺燈子にこっそり目を向けた。


 一つ上の燈子は今年が受験だ。鉄雄よりも一層熱心に参考書を捲る燈子は健康的に焼けた小麦色の肌が印象的な美少女だった。肩まで伸びた髪をカチューシャで纏めて、少し太い眉の下には彫りの深い目鼻立ちが並ぶ。


 目が合いそうになって、自身の単語帳に慌てて視線を落とす。暫くしてクラスメイト達と燈子の話声が聞こえて来た。


 サッカーの話だ。燈子はサッカー部に所属していた。混ざりたかったが、文化部と言う名の帰宅部の鉄雄には出来なかった。


 不自然だし、そもそもサッカーの事もよく知らなかった。机に顔を埋めてそっと溜息をつく。


 昔はこんなでは無かった。お互いの家に遊びに行く程仲が良かったし、きっと鉄雄の勘違いでなければ両思いですらあったのだ。




「ただいま」


 帰宅した鉄雄は母屋の祖母に「塾に行ってくる」と告げると離れに戻って着替えて荷物を纏めると家を出た。


 瀬戸内町内に学習塾なんてものは無い。バスで30分程かけて王陵町まで行くと島内で唯一の学習塾がある。他は大学受験向けの映像講義の予備校があるくらいだ。


 疎らな学習塾の教室で小テストと答え合わせを繰り返す。答え合わせの時間が好きだった。勉強の成果が試され、証明される時間だからだ。


 確かな充実感と共に塾を出た。


 既に9時過ぎだが、次のバスまで暫く時間があった。バス停の傍の自販機でジュースを買う。ナタデココの入ったホワイトソーダ、鉄雄の一番のお気に入りだった。


 何で僕は燈子ちゃんと話せなくなったのだろう。鉄雄はずっと答えの出ていない疑問を転がしながらバスを待った。


 仲直りをしなければいけない筈なのに。自分の居場所は燈子の隣の筈で、答えを見つけなければ戻る事は出来ないのだ。


 鉄雄は道の反対側にあるコンビニエンスストはを眺めながら考えた。


 自動ドアが開いて出て来た客は良く見知った人物だった。燈子だ。そう言えばサッカー部は週に何度か北側の高校生と共に練習をしていた筈だ。今日がその日だったか。


「あっ」


 その隣には制服姿の少年が立っていた。コンビニの袋からアイスを取り出すと、片手で齧りながら腕を絡ませる様に手を握る。


 傍から見てもそれは男女の距離感だった。


 ああ、と心の中でどこか納得の様なものも生まれた。ずっと出来ていなかった答え合わせ。自分の居場所なんてとっくの昔にありはしなかったのだ。


 あと数秒しない内に燈子達は此方を此方を向いて鉄雄が居るバス停を目指すだろう。住んでいる方向は同じなのだ。


 気がつかなかったふりをして何時も通り参考書を引っ張り出すか。


 だが、気が付けば鉄雄は立ち上がって走り始めていた。履き潰したニューバランスで罅割れた白線を蹴りながら街灯の明かりから逃げる様に走っていた。


「なっんっだっよぉっ!」


 気が付けば涙が溢れ出していた。息が切れて一度止まる。肩で息をしながら再び歩き始める。


「俺は、もう後戻り出来ないのに。何だよあいつっ。自分だけ!」


 小学六年生の冬に鉄雄は人を殺した。


 相手は本島から訪れた観光客の男だった。


 当時は燈子も鉄雄も共に友達が少なくて、放課後は二人でばかり遊んでいた。その日は燈子の家で当時発売されたばかりのゲームをやる予定だった。


 しかしインターホンを鳴らしても、燈子が家から出てくる様子は無かった。まだ帰っていないのだろうか。燈子の両親は共働きで、鍵っ子の燈子が帰らないと家に入る事が出来ない。


 きっと近所の商店にお菓子を買いに行ったのだ。良く白鷺家の玄関の前で待っていると、袋に菓子を詰めた燈子が笑って手を振って帰って来る事が度々あった。迎えに行ってやろうと思って記憶を頼りに道を辿る。


 暫く歩いて、道端に落ちたビニール袋と一杯に詰められた菓子を見つけた。少し離れた場所に片足だけ脱ぎ捨てられた靴が落ちていた。


 その瞬間、鉄雄の脳裏に過ったのは自分が産まれるよりも前に起こったと言う小児誘拐殺人事件だ。下校中に姿を消した女児が、すぐそばの雑木林で遺体で発見されたと言う。


 鉄雄は近所の家の庭先に転がっていた木製バッドを手に取ると、雑木林に駆けた。


 結論から言えば、鉄雄は間に合った。間に合ってしまった。


 燈子に服を着させ家に戻し、後日男の遺体を確認しに行った。自主するにせよ、隠蔽するにせよ早く決めなければならない。焦る気持ちが男の元へ向かわせたが、そこには既に遺体の姿はなく、血の染みすら綺麗に消えていた。


 夢だったのだろうか。だがそれはあり得ない。盗んだまま部屋に置いてある木製バッドは人を殴った形で凹んでいるし、燈子が鉄雄を見る目は人殺しのそれだった。


 もはや夜遅くて誰も通らない海岸沿いの車道を歩く。


「どうすれば良かったんだよ。レイプされて殺されて、墓前に手を合わせて『可哀そうだったね』ってやれば満足なのかよ」


 空を見上げれば忌々しい程に星が綺麗で、遠くに二対の流れ星が零れる。地球の大気圏に飛び込んだ直径数ミリの岩石の欠片は大気との圧縮熱に耐えて海面近くまで落ちると直角に曲がった。


「えっ」


 明らかに流星の軌道ではない。片方の光をもう片方が追う様に光の軌道を描いている。


 海面近くでぶつかり合いながら鉄雄が立ち尽くす海岸付近に徐々に近づき、やがて二つの光は鉄雄の目の前でぶつかった。衝撃波が海面を叩いて飛沫を上げ、叩きつける様な突風に堪らず腕で顔を覆った。


 一対の青白い光の柱が交差して火花を散らす。鉄雄はそれが剣の形をしている事を直ぐに分からなかった。


 光に照らされて、夜闇の帳に隠されたそれらが露わになる。


 それは巨人だった。片方はほっそりとした騎士甲冑の様で、白い装甲を火花が弾く。背後から金属質な翼が生えていて、翼の先から放射状に奔る光が蝶の様に広がる。


 もう片方は暗い装甲が光を吸収していて良く見えない。背部のバックパックから覗く二対の巨大なスラスターから気流を撒き散らしている。


 一対の巨人は鍔迫り合いをしながら、それぞれの翼とスラスターを動かして忙しなく体勢を入れ替えていく。お互い有利な位置を奪い合っている様だが、どうやら白い巨人の方が優勢の様だ。


 黒い巨人のスラスター噴射が勢いを増し、その光も青白いそれから赤みを帯びたものに変わっていく。勢いのまま白い巨人を跳ねのけ、上空へ距離を取ると、頭部の下半分が顎が外れる様に大きく開いた。


 赤く帯電した光は瞬く間に強くなり、発射。まるで雷の様に白い巨人を狙う。白い巨人は避けたが、右側の羽が三分の一程光にやられて蒸発する。赤い雷が直撃した海面が爆発、鉄雄の居た道路を飛沫の様な波で覆った。


「うぉわっ」


 黒い巨人が赤い光を放つ様になって攻守が逆転した様だった。翼の一部を消失し、機動力を落とした白い巨人を黒い巨人が追う。白い巨人も対抗する様に銃の様なものを取り出して応戦するが、黒い巨人はそれを悠々と避けて赤い雷を放つ。


 赤い雷が白い巨人を捉えるのは時間の問題の様に思えた。しかし・・・


「ッ・・・・」


 偶然だったのだろう。白い巨人が応戦の為に銃を構えたその場所は鉄雄の直ぐ近くで、黒い巨人が帯電した砲身を向ける先は鉄雄への直撃コースだった。


 頭部のツインアイと目が合った様な気がした。黒い巨人の動きが動揺した様に僅かに淀む。


 その隙を白い巨人は見逃さなかった。牽制に一撃を放つと上空に高度を上げる。黒い巨人は見失った様に頭部を左右に振った。


「上だ!!」


 鉄雄は気が付けば叫んでいた。上空から白い巨人は銃口を黒い巨人に向けていた。銃身は赤熱していて、牽制に放った一撃とは比べ物にならない威力を孕む事が見て取れた。


 黒い巨人は鉄雄の言葉に反応した様にスラスターを噴かして前方に避け様とする。


 光が放たれた。ボビュッという静かな、間抜けと言うには帯電した空気が弾ける音が強圧過ぎる音と共に放たれた光は黒い巨人の右肩から腰の辺りまで貫通した。


 衝撃に耐えながら、黒い巨人は少しゆっくりとした動きで上空に頭部の砲身を向ける。しかし、白い巨人は牽制の様に光線をばら撒くと、背を向けて海の向こうに飛び去ってしまった。


 砲口の向け先を失った黒い巨人は徐々に高度を落としていく。やがて近くの小さな浜辺に降り立つと、力を失う様に膝と手を着く。


 鉄雄は巨人に向けて駆けだした。その頭に危険なものだと言う意識は抜け落ちていた。

 砂浜に足を取られ、靴を脱いで巨人の下へ駆ける。間近で見上げる巨人は星明りで薄らと輪郭が分かる程度だったが、体長は20メートルはありそうだった。


「だ、大丈夫ですか」


 鈍く金属質な光を反す手の甲に触れると、火傷しそうな程熱くて手を引っ込める。


 巨人は応える様に空気の抜ける様な音と共に胸部ハッチを開放する。平たい鳥の嘴の様になったそれを開き、中からハーネスの様な物で吊るされた人影が降りてくる。


 若い女性、の様だった。

「だ、大丈夫ですか」


 女はぐったりとして答えなかったが、闇の中で目が合ったのが分かった。ハーネスが自動で外れると、その場に頽れる。


「び、病院にっ救急車を」


 携帯を取り出す鉄雄を女はさっと掌で抑えた。


『ダメだ。病院は奴らに繋がっている』


 電子音声の様な声だった。首にチョーカーの様なものが巻かれていて、そこから鳴って居る。


『ケガはないか?』


「はい」女の問いに先程目が合った感覚は正しかった事を悟る。「僕の事より貴方こそっ」

 女の息は浅い。余りの事態にオーバーヒートしそうな脳髄に鞭を打って答えを探す。病院は不味いのであれば警察もだろう。見捨てると言う選択肢は?ない。何となく嫌だ。


「僕の家で良いですか?大した治療も出来ないけど家族は居ない」


 女は小さく頷いた。何事かを小さく呟くと上空のハッチから四角い箱の様なものが落ちて来た。肩を貸しながら砂浜を出た。慎重さがあるせいで大して支えになれていなかったが、それでも男は『ありがとう』と返した。


 二時間かけて夜の道路を歩いた。途中で休む事を提案しても男は頭を振ったが、鉄雄の家まであともう少しと言うところで女の体力の限界が来る。蹲ったまま動かなくなってしまった女を鉄雄は抱えて坂道を登った。


 硬い装甲服の様なものを纏った女は恐ろしく重かったが、何とか支えられた。歯を食いしばって歩いて家の前までつく。


 三嶋家には二軒の家が建っている。日本式の立派な木造建築が手前に建っており、祖母と父、義母と義妹が住んでいる。


 小さな畑とバラックを挟んで建っているのは、平屋の3LDKだ。元は亡くなった祖父が瀬戸内町に戻る父と鉄雄の為に建てたものだったが、再婚した父は義母妹と共に本宅に住んでいる。


 今は鉄雄が一人で住んでいる。正面の門から入らずに裏の勝手口から家に入った。男を一度降ろして鞄にある鍵を探している時は何時家族に見つからないか気が気でなかった。


 玄関を跨ぐと電気もつけずに自室に直行する。かなり遅い時間だ。もしかしたら心配した祖母が様子を見に来るかも知れない。


 寝室の寝台に寝かせると、漸く部屋の電気をつけた。


 蛍光灯の明かりに女は眩しそうに眼を細めた。

 若い女だった。長い白髪を結う様に後ろに結んでいて、解れた横髪が左右に落ちる。身長は高く、180センチを超えているだろう。


 日に焼けていない白い額に脂汗を浮かべて、薄紫色の瞳を鉄雄に向ける。


『ケースを』


 ケースを渡すと女は手首を近づけた。ピッと音がしてケースが開く。中には何には用途が分からない道具が整然とぎっしりと並べられていて、男は水筒の様な筒を取り出すと捻って中身を取り出した。


 液体化と思えば、中身は薬剤の様なカプセルだった。エメラルドグリーンの液体が満たされたカプセルが宝石の様に掌に転がる。


 女はカプセルを差し出すと言った。


『中身を開いてくれ。零さない様に』


 そう言って女は装甲服の留め具を外して脱ごうと身動ぎする。装甲服はツナギの様になっていた。鉄雄も手伝い脱がせると、細身ながらも鍛え上げられた上半身が露わになる。


 均整の取れた筋肉質な身体を薄っすらと覆う脂肪はぐっしょりと汗をかいていて、形の良い豊かな乳房が目に入る。しかし、鉄雄の注意を奪ったのはその見事な肉体美でも、初めて見る母親以外の女性裸でもなく、左腹部にできた風穴だった。血が零れて寝台を濡らす。


『ここに振りかけてくれ』


 女の声で気を取り直した鉄雄はカプセルの蓋を手で外すと傷口に振りかけた。ジュッと音がして傷口から煙が挙がり、女は痛みに耐える様に顔を歪めた。


『まだ足りない。もっとだ』


 二回、三回と傷口にカプセルの中身を零していくと、傷口の小さな血の池の向こうで薄らと肉が見え始めた。


 計七回目のカプセルを振りかけ様なとしたところで『もう大丈夫だ』と止められた。女は残ったかプぜるを受け取ると口に含んでしまう。


『ありがとう』


 そう言って女は気を失った。心配になって口元に耳を近づけると規則正しい寝息が聞こえてくる。

 しかし・・・


 部屋を見渡す。血の赤色が寝台は勿論、壁、床をまるで殺人事件でもあったかの様に飛び散っている。


「どうしよう」


 考えても答えは出ない。鉄雄は諦めた様に溜息をつくと、血が付いた服をゴミ箱に突っ込んだ。取り敢えずシャワーを浴びてしまおう。布団は予備が床の間にあった筈だ。


 明日も学校がある。巨大な人型兵器の戦いに巻き込まれ、瀕死の搭乗者を助けた後にしては平凡すぎる頭の中に内心で笑いながら部屋を後にした。

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