王の器

「そもそも俺が魔族戦争の英雄になるはずだったんだ! それをお前が……!」

「勝って何が悪い。魔族戦争終結は、国全体の望みだ」


 マティアスは不愉快そうに顔をゆがませる。

 おかしいとは思っていた。

 第三王子が拒否したとはいえ、選民意識の強い中央の連中が俺を王位につかせるわけがない。やつらは、戦争責任を負わせる生贄として、俺を使ったのだ。

 捨て駒として魔王にぶつけ、両者が疲弊したところでマティアスがトドメをさす。

 完璧な英雄譚だ。

 マティアスにとってだけ。

 クソったれ。

 そんな理由で死んでたまるか。

 与えられた仮初の王権を最大限利用して、何が何でも生き延びてやる。

 これは、人類だけでなく、俺の生存もかけた戦いだった。


「それで?」


 今度は俺からマティアスに問いかけた。


「俺は王権を渡すつもりはない。どうする気だ?」

「それは……」

「スパイはもう使えないぞ。……エドワード!」


 声をかけると同時に、騎士エドワードが俺の後ろに控えていた側近を、地面に引き倒した。


「陛下?! 一体なぜっ!」


 ガストンは悲鳴をあげるが、憐れむ気持ちは一切わいてこなかった。


「お前がマティアスたちとつながっているのは知っていた。戦後の脱走兵騒ぎと、橋の破壊はお前の仕込みだろう」


 褒美が約束されていたはずの兵がわざわざ魔の森に入っていったのは、噂の出どころが俺に一番近い「側近」だったからだ。そして、破壊された橋を見て「王家に恨みを持つ者の犯行」と言い出したのも、ガストンだ。「元第二王子づき」であり、周辺住民が俺を慕っていることを知らなかったから、彼らを犯人に仕立て上げることを思いついたのだろう。


「なぜ……私がそのようなことをする必要が」

「俺が勝ったからだ。このまま王都に帰還すれば、マティアスの立場がなくなる。とにかく騒ぎを起こし、帰還を遅らせ、俺を周りに疎まれる愚王に仕立てあげ、王権を移させようとしたんだろう」


 連中のことだ。そもそも帰還できなくなるよう、暗殺者も送り込んでいたに違いない。今生きていられるのは、アレックスや、近衛騎士隊長予定のエドワードたちが守ってくれたからだ。


「表向きは結構ちゃんと働いてただけに、残念だ」

「お……お前のような……下賤の子に仕えるなど……!」

「それが本音か」


 ごっ、と上からエドワードの拳が降ってきて、ガストンの意識が途切れた。


「これ以上は、必要ないでしょう」

「気遣い、ご苦労」


 エドワードの指示でガストンの身柄が運ばれていく。これはこれで、あとで裁いて罰を与えなくてはならない。

 俺はもう一度マティアスを見る。


「それで? 結局お前はどうやって王権を奪う気だ? 城に閉じこもっていては、俺に触れることすらできないぞ」


 籠城は守りの戦法である。

 外の敵には無意味だ。


「そうやって、余裕ぶっていられるのも、今のうちだ! 俺の祖父を誰だと思っている! グランディア王国最大の領地をほこるゼクセン侯爵だぞ! おじい様が派遣した援軍が到着すれば、お前なんか一瞬でひねりつぶしてくれる!」


 侯爵は王国に大きな影響力を持つ。集められる兵の数も多いだろう。

 城の前にただ集まった千人にも満たない兵では、囲まれてつぶされるのがオチだ。

 だからといって、やすやすと死ぬ気はないが。


「でもそれって、援軍が来れば、の話ですよね?」


 神官ユリアンがおっとりとほほ笑んだ。どういう意味だ。


「お前はなぜ来ないと思う」

「恐れながら、陛下のお命を狙うのであれば、少し手前の丘と川の前に兵を伏せ、王城の前に来たところで城門をあけ三方向から一斉攻撃するのが最適です。しかし、彼らはただ門を閉ざすことしかできなかった。戦うだけの兵がそろっていないのでしょう」

「ゼクセン侯がその程度、集められないとは思えないんだけどなあ」

「しかしその力も周りの領主の協力あってこそです」


 くすくすとユリアンは笑う。


「陛下を襲うと聞いて、地方領主がいっせいに反発したのでしょう。物資も人員も調達できず、街道も封鎖されて、身動きが取れなくなっているのではないでしょうか」

「地方の小領主が侯爵に逆らうって、やばいだろ」


 命が惜しくないのか?


「民が王を守って、何がおかしいのです」


 あっけに取られている俺の横でエドワードがため息をつく。


「陛下はあまりご自覚がないようですが、地方はあなたが思う以上に、あなたの魔王討伐を評価し、期待しています」

「ええー……?」

「陛下を支持しているのは庶民もですねえ」


 魔法使いスカルが付け加える。

 彼はなぜかずっと魔法の杖を耳にあてている。

 なにやってんだ。


「さっきから、魔法で城門の中の声を拾っていたのですが、マティアス殿下が陛下に退陣を要求していると聞いて、市民があちこちで暴動を起こしているようです。王はウィルヘルム陛下でなくては嫌だと」

「え」

「騒ぎに気づいた、近隣の村からも陛下をお助けしようと人が集まっているようです」

「ええー……?」


 そんな支持されるようなこと、やってないぞ?

 俺の仕事なんてどこにも記録されてないし。

 アレックスがむう、と口をとがらせる。


「貴族院の大仰な帳簿に載ってなくても、あなたのしたことは消えません。兄君様がたがむちゃくちゃな戦いをする一方で、王国各地に現れては世話をやいていく第四王子の存在は、みんな知ってましたよ」


 アレックスが俺の前にひざまずいて頭をたれた。

 エドワード、ユリアン、スカルも続いてひざまずく。いや、彼らだけじゃない。その場にいた兵全員が俺にひざまずいた。


「ウィルヘルム陛下、我らの王はあなたです」

「貴様ら、俺を差し置いて、下賤の者を王と呼ぶか!」


 城門の上でマティアスが怒鳴る。

 第三王子に同調する声はあがらなかった。


「陛下、御命令を。あなたのためなら、私はどんなことでも成し遂げてみせます」


 俺は大きく息を吸い込んだ。

 アレックスは優秀な剣だ。

 しかし、その力は主がいてこそ意味をもつ。

 彼女を何に使うか、決めるのは俺だ。


「逆賊マティアスを、討て」

「御意」


 勇者チームの行動は早かった。

 それぞれの飛竜に乗り込むと、マティアスの立っている城門へと向かっていく。

 第三王子直属の兵が矢を射かけてきたが、すべて神官ユリアンの守護の祈りに阻まれた。スカルの放つ魔法が、弓兵たちをなぎ倒す。

 マティアスの真上で、エドワードとアレックスが飛竜から飛び降りた。

 屈強な近衛兵は、さらに屈強なエドワードに弾き飛ばされる。己を守ろうとした兵をおいて、マティアスが駆け出す。ひとり戦場から逃げようとした第三王子は、アレックスにやすやすと追い付かれ、一刀のもとに切り伏せられた。

 わあ、と城壁の内外から歓声があがる。

 俺はその様子をただじっと見つめていた。

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