気づかされた無彩色

17話 本物

 やめて、やめてやめてやめて。

「蓮君は、ずっとあなたのことを忘れたがっていました。あなたのことを、恐れていたのですね。自分が、消されてしまうと、無意識の内に知っていたのかもしれません」

「んー、消すつもりはないんだけどなぁ。だって、彼は仕事上の私の延長で、ぽてとみたいなものだし。ちょっと、最近私がダウンしてたから代わってもらっていただけで」

 ……ははは。お笑いだ。僕は、僕は。

「ちょっと、予想外でしたけど。私も。でも彼……ううん、僕も、私も、同じ人間なんですからね。先生」

 なんてことだ。僕の居場所を奪ったのは、僕自身の基盤ともなるものは同じ、僕。

「大分、私も回復したから、もう僕でいる必要はないみたいです。先生、いつもすみませんでした。蓮君なんて、男の子みたいに呼ばせてしまって」

「いえ、本来、医師としてはあまりよくはなかったかもしれませんが……」

「知ってますよー。私だって、大学で心理学を学んでいたんですから。精神科の治療について、多少は知っていました。だから、本当にすみませんでした」

 僕は、用済みってことか……。彼女は、それからも先生と楽しそうに話していた。僕は確信する。僕がもう不必要だということを。だけど、僕は、そんな彼女を許したくはない。きっと、ぽてとだって、僕のことをわかってくれるはずだ。

 僕はあの女、つまりもう一人の僕の別人格だったというだけの話。

 悔しい。僕は、僕じゃなかった。あの女こそが、本当の僕で、僕は偽者なんだ。

 今まで必死になって頑張ってきたのはなんだったんだろう。

 僕が必死になってきたのは、あの女のためだった。

 それは知らないことだったけれど、実際、あの女のために僕は存在していたんだ。

 ということは、僕はもう用済みってことか。

 きっとそうだ。


 彼女が先生の前に出てから、僕はただ彼女の後ろから全てを見るようになった。僕は、僕で塞ぎ込むようになって。

 僕は知っていた、僕が、本当は彼女のイマジナリーフレンドだったことを。でも、途中から、それを忘れて別人格として形成され、本当の人間であるかのように生きていた。彼女が、辛いことを忘れようとしている時に、辛い想いをして。だから、僕は彼女のことが許せない。

 僕は僕のものじゃない彼女の重荷を背負っていた。そうだと言うのに、ある日突然現れて、実はあなたの居場所は私のものなので出て行ってくださいと、そう言われたようなものだ。彼女はもう僕を必要としない。

 彼女のデザインの不要な部分が、僕なんだ。


 彼女はそれから髪を伸ばすようになって、僕の中性的な姿ではなく、女性らしい姿を好むようになった。周りはその変わり様に最初驚いていたが、彼女の本来の明るい性格が幸いしたのか、皆受け入れるようになった。僕を除いて。まるで、僕だけ取り残された異物のような、そんな気さえしてきた。いや、実際そうなのだろう。僕は、僕のことなのに、自分を知らないで生きてきた。それが何よりも腹立たしく、悲しく、そして希望だった。なのに! それは絶望へと姿を変えた。彼女の表面化によって。


 ……思い出してきた。彼女は元々、一人称は「私」だった。しかし、彼氏が出来てから私生活では「僕」と使うようになった。まるで逃げるように、自由を謳歌するために。彼氏である源輝という人物は、その名の通り、彼女の力の源で、希望の輝きだった。彼女はそんな彼に、女である自分を出し、そして女であることを嫌悪し、徐々に新しい自分を創り上げてデザインしていく。そのデザインは、最終的に僕になった。そのデザインの対象は、他の誰でもない、自分自身のため。弱さを見せる、本来の自分。だから、一番嫌っていた自分。だけど一番好きな自分。そのため、自分という存在から隔離した。イマジナリーフレンド、別人格として扱うことで。


 二重人格というのは聞いたことがある。解離性同一性障害という、ちゃんとした病気なのだそうだ。ただ、今も医師達の中で度々それが病なのか、実在するものなのかとそれぞれの主張があり、また存在を確かなものとする証拠がほとんどない。肯定派、否定派と、専門家の医師達からしても、未だに謎多き病だ。そんな夢や幻のような病、まさか、自分がその病そのものなんてことが……。あって、堪るか。あってなるものか。もし、そうだとしたら、彼女の方だ。あいつの方が、僕の別人格だ。だって、あいつより、僕の方が主人格らしいじゃないか。弱くて、いろいろな重圧から押さえつけられて、それで、ぽてとというイマジナリーフレンドを作って。だから、僕は……僕だ。僕こそが本物なんだ。

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