5話 混乱

 家に帰った僕はビニール袋から薬を取り出して、一週間分のピルケースに薬を入れていく。

 いろいろな薬があるが、こうしてピルケースに入れることで飲み忘れを防ぐことが出来る。

 これには非常に助かっているのだ。

 何せ、一日に八錠。……一回でも飲み忘れると、大変なことになる。

 双極性障害の症状として、躁状態、うつ状態がある。その落差が激しい。だから、その落差に絶望して亡くなる人もいるのが恐ろしいところだ。

 僕の波はうつ状態で緩やかな変動しかないから、薬のお陰だろう。


 病気があろうとなかろうと、それさえもデザインの一つならばと考える。僕はどうやらデザイン病らしい。どうでもいいけれど。

 すぐにあれやこれやとデザインについて考える。大学に行くまで全く興味も持てなかったデザインについてを。

 まあ、デザインと言っても一般的に知られているファッションデザインなんかと違って、僕の言っているデザインはグラフィックデザインのことだから、理解されにくいのはよくあることだ。代表的なグラフィックデザインと言えばロゴマークとか、フライヤーのデザインなんかが挙げられる。

 僕が関わっているのは、もっと小さな小さな。

 そう。何を作っているのかと聞かれて、答えられないような、そんな作品しか世に出せていない。

 いや、ひょっとしたら出ているとも言えないのかもしれない。いつも、先輩方に直されてから世に出ているから。

 僕の手を一旦離れて、先輩の手に委ねられる。あるいは、上司に。

 そして僕の子とも言える作品達が、僕の手を離れて勝手に成長していく。

 僕はそれをただ後ろから眺める。

 それしかできない。……それしか。


 ふと気づくと、僕は家の中のリビングにあるソファーに寝転がっていた。

 どろりと起き上がり、僕はスマホで時間を確認する。

 23時……。ああ、もうそんな時間か。

「明日の準備、しないとだ……。あれ? そもそも今日、仕事行ったか……?」

 今日は何曜日だった? そんなことさえも忘れてしまう。そんな自分が嫌で堪らない。

 えっと、今日は病院に行ったから、土曜日か。

「仕事用のメールもないから、明日はゆっくりできるな」

 そんなことを呟いた。


 家の中は男の僕の外見からは理解されにくいだろうけれど、結構可愛いものなんかを集めている。乙女趣味かもしれないけれど、笑いたいやつは笑わせておけばいい。あーあ、お姉ちゃんがいてくれれば、きっと一緒に楽しんでくれただろうに。

 お姉ちゃん?

 僕に、お姉ちゃんなんかいたかな。いなかった気がする。なんだ、きっと何かの間違いだ。そうだ。間違いだ。

 僕に姉なんていない。

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