第47話 手
「このような、私……?」
僕は、バイオレットさんが突然黒のフードを被って顔を見えなくしたことや、さっきまでとはまるで別人のように低く落ち着いた声音で話し始めたこと、そしてその言葉の意味が理解できずに困惑していると、バイオレットさんはそのまま低く落ち着いた声音で続けた。
「私は、この黒のフードを被り、今までこの国のため様々なこと……その中でも、暗殺を主にして来ました」
「あ、暗殺……?」
「はい、私の手は……もう、取り返しが付かないほどに汚れています……いえ、手だけではなく、心もでしょうか……私は生まれた時から、国のためにはそのようなことも必要だと教育を施され、そのためであれば無感情に人の命を奪うこともできます……いえ、人の命だけでなく、もはや全てのことを無感情に行っています」
そう語るバイオレットさんの言葉には、とても重みがあった……だけど、少なくとも────今こうしてそのことを話しているバイオレットさんは、無感情だとは感じられない。
バイオレットさんは、続けて言う。
「そしてつい先ほどまでは、ロッドエル様に姿も性格も偽り過ごしていました……そのような私が、綺麗なはずがありません」
バイオレットさんは、少しだけ声を震わせている。
そして、次に声を小さくして言った。
「もう一度お聞きします、ロッドエル様……このような私でも、ロッドエル様は綺麗だと仰れるのですか?」
「……」
僕はソファから立ち上がると、バイオレットさんの正面へ移動して迷い無く言う。
「バイオレットさんは綺麗ですよ……だって────」
僕はそう言いながら、バイオレットさんの被っている黒のフードを下ろして、バイオレットさんの目を見ながら言った。
「無感情な人が、そんな風に涙を流してるはずありませんから」
「っ……!」
バイオレットさんは、戸惑ったように自分の目元を拭い、その自分の手を見ながら言った。
「私の……涙?どうして私に、そのようなものが……」
「バイオレットさんが優しい人だからに決まってるじゃないですか」
「で、ですから、私はそのような存在ではありません、優しい人間が無感情に人の命を奪えるはず────」
「バイオレットさんは国のため……もしかしたら、誰か大切な人のために、そういったことをしてるんじゃないですか?」
「っ……!」
バイオレットさんは、目を見開いて驚いた様子だった。
僕は、続けて伝える。
「正直、僕は暗殺とか、契約とか以外での取引とか、そういったことは時々耳に挟むぐらいで全然わからないんですけど……少なくともバイオレットさんは、心は絶対に汚れていません……僕が保証します……それに、バイオレットさんの手が汚れているんだとしたら、僕はバイオレットさんに感謝しないといけません」
「……感謝、ですか?」
僕は、バイオレットさんに頭を下げて言う。
「きっと、今までのバイオレットさんのおかげで、たくさんこの国……そして、結果的に僕の領土も守られて来たことがあると思います……だから、ありがとうございます」
僕がそう伝えると、バイオレットさんは膝から崩れ落ちた。
「バ、バイオレットさん!?」
僕がそんなバイオレットさんのことを心配してバイオレットさんに身を近づけようとすると、その瞬間にバイオレットさんが言った。
「私のような存在に、感謝してくださるなど……ロッドエル様は、どうしてそこまでお優しいのですか?」
優しい……?
「よくわからないですけど、僕たちのために頑張ってくれている人に対して感謝を伝えるのは、普通のことじゃないんですか?」
「ロッドエル、様……」
バイオレットさんは、綺麗な目で僕のことを見てきた。
「……そうでした」
僕は、バイオレットさんが右手にしていた黒の手袋を取ると、その手を握った。
「ロ、ロッドエル様!?何を────」
「やっぱり、大切な人のために今まで色々としてきたバイオレットさんは、心だけじゃなくて、手も汚れてなんていません……とっても綺麗な手です」
「っ……!?」
「この手で、今までこの国や人のために様々なことをしてきてくれたんですね……本当に、ありがとうございます」
僕がそう伝えると、バイオレットさんはしばらくの間涙を流していた。
────バイオレットさんの手は、色白で柔らかくて、細長い指で……とても綺麗だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます