第25話 役目

 紅茶の入ったカップ三つをトレイに乗せて、フェリシアーナ様とバイオレットさんが待っている客室に戻った僕は、それらをそれぞれテーブルの上に置いた。

 バイオレットさんはフェリシアーナ様の後ろに座っていたからどこに置こうか悩んだ僕だったけど、そのままテーブルの上に置いて良いと言われたため、僕はそのままテーブルの上にカップを置いて、フェリシアーナ様と対面になるように座った。


「ルクスくんの淹れた紅茶、早速飲んでみても良いかしら?」

「は、はい!」


 僕がそう返事をすると、フェリシアーナ様は一度笑顔を見せてからカップを手に取ってその紅茶の香りを楽しむ素振りを見せてからその紅茶を口にした。

 もし不味いと言われたらどうしよう、バイオレットさんの言っていた通りフェリシアーナ様がそんなことを言う人じゃないことはわかっているけど、そんな想像が頭から離れない。

 ────フェリシアーナ様は一口その紅茶を飲むと、そのカップをテーブルの上に置いて笑顔で言った。


「美味しいわ、ルクスくん」

「っ……!ほ、本当ですか!?」

「えぇ、とっても」


 そのフェリシアーナ様の表情を見て、僕は安堵と喜びを同時に抱いた。


「ありがとうございます!」

「お礼を言うのは紅茶を淹れてもらった私の方よ、本当に美味しいものをいただいたわ……ルクスくんも飲んでみたら?」

「はい!」


 紅茶を飲むように促された僕は、その言葉通りに自分で淹れた紅茶を一口飲む……僕が想像していた何倍も美味しい。

 やっぱり、日頃からシアナが紅茶を淹れてくれるのを近くで見ているからだろうか。

 だが……だからこそ思う。


「自分で言うのもなんですけど、確かに美味しいかもしれません……が、シアナ────僕のメイドの淹れてくれた紅茶は、この紅茶の何倍も美味しいです……ここにシアナが居てくれたら、フェリシアーナ様にもっと美味しいものをお飲み頂けたことがだけが悔やまれます」


 そう言った僕に、フェリシアーナ様は首を横に振って言う。


「そんなことないわ、ルクスくんの淹れてくれた紅茶だって本当に美味しいもの」


 ────そう言われた僕は、悔しさのあまり少し身を乗り出してフェリシアーナ様と顔を近づけて言う。


「いえ!本当にシアナの淹れてくれた紅茶は世界で一番美味しいんです!」

「ル、ルクスくん……か、顔が近────」

「僕の淹れてくれた紅茶で美味しいと思ってくださったのなら、シアナの淹れてくれた紅茶なら絶対にもっと美味しいって思ってくださるはずです!」

「そ、そう、かしら……」

「はい!そうです!あと、シアナは紅茶だけじゃなくて他のことも色々できて、優しくて可愛い子なんです!」


 僕の伝えたいことを伝えて、ふとフェリシアーナ様の顔を改めて見てみると、何故か頬を赤く染めて少し照れている様子だった。


「フェリシアーナ様……?どうかなされたんですか?」

「ど、どうもしないわ」


 フェリシアーナ様がそう言った後で、今度は後ろに居るバイオレットさんが口を開く。


「お嬢様は、ロッドエル様のお顔が自分の顔に近づいてきて照れてしまっているようです!」

「え……?」

「バ、バイオレット……!?」


 僕が困惑している間に、二人は僕に聞こえないほど小さな声で何かを話してるみたいだった。


「あなた、何言ってるの……!?」

「弱みを見せた方が縮まるものもあります、お嬢様の目的のために必要なことを行うのが私の役目です」

「だからと言って────」


 僕はその間に、自分が身を乗り出してフェリシアーナ様との顔の距離を近づけていたことに気づき、思わず身を引きながら言う。


「す、すみませんフェリシアーナ様!勢いで身を乗り出して、あと色々と余計なことまで言ってしまって……」


 僕が頭を下げてそう謝罪すると、フェリシアーナ様は僕に対して言った。


「え、えぇ、わかっているわ、私は平気だから頭を上げて、本当に気にしていないわ」


 そう言われた僕は、顔を上げてフェリシアーナ様と顔をむき合わせる。


「そ、そうですよね……フェリシアーナ様が僕なんかで感情を揺らがせるはずありませんよね」

「そ、そういうわけでもないのだけど、とにかく気にしなくても────」

「お嬢様?耳元が赤くなっていますよ?」

「っ……あなた────」


 そう指摘されたフェリシアーナ様は、少し間を空けてバイオレットさんの目を見つめてから言った。


「……私だって、男の子にあんなに距離を縮められたら少しぐらい照れるわ」


 僕は、そのフェリシアーナ様の発言に少し驚いた。

 フェリシアーナ様はどんなことにも動じないイメージがあったけど、一応そういったところは僕たちと似たような感性を持っているみたいだ。

 なんだか、フェリシアーナ様のことがもっと身近に感じられ────じゃない!


「本当にすみません!フェリシアーナ様!」


 僕が再度頭を下げると、フェリシアーナ様は言った。


「あ、謝らなくてもいいわ!私が勝手に照れてしまっただけなんだから」

「は、はい……!」


 そう言われて僕が顔を上げると────今度は、フェリシアーナ様の顔が僕のとても近くにあった。

 それも、僕の時よりもずっと近い……顔を少し前に動かせば、唇と唇が重なってしまいそうな距離だ。


「……ルクスくんはどう?私とこの距離になったらどんな感情になるのかしら」


 宝石のように綺麗な青の目に長いまつ毛、そして色白な肌で整った顔立ちに、艶のある唇────見れば見るだけ綺麗なフェリシアーナ様の顔を見て、僕は顔が熱くなってきたので身を引くことでフェリシアーナ様との距離を離して顔を俯けて言う。


「き、綺麗……だと、思います」

「っ……!……そ、そう」


 その後、少しの沈黙の後、僕たちは互いにどこかぎこちない口調で会話を始めたけど、すぐに普段通りの口調に戻って話しながら一緒に紅茶を楽しんだ。



◇バイオレットside◇

「き、綺麗……だと、思います」

「っ……!……そ、そう」


 そう言って顔を赤くしている二人のことを見て、バイオレットは心の中でただ一言だけ呟いた。

 ────お二人とも、もう婚約なされてもよろしいのでは?

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