第23話 利点

 馬車は数十分ほどかけて僕の家に到着して、僕とシアナは一緒に屋敷の中に入った。


「……」


 馬車に乗っている間はシアナの様子を見ていたけど、家に帰って廊下を歩いている今もシアナはずっと何かを考え込んでいる様子だった。

 ……シアナの主人として、そしてシアナのことを大事に思っている人間として、そんなシアナのことを放っておくことはできない。


「シアナ、何か悩み事があるの?」


 僕がそう聞くと、ずっと何かを考え込んでいる様子だったシアナは、一瞬目を見開いて大きな声で言った。


「いえ!悩み事などありません!」

「ほ、本当に?馬車の時からずっと何か考えてるみたいだったけど」

「そ、それは……明日の食事を何にするか考えていただけです!ご心配をおかけして申し訳ありません!」

「そ、そう……?それなら良いんだけど」


 廊下を歩いていると、やがて僕の部屋の前に着いた。


「では、ご主人様……失礼致します」

「うん、あまり考えすぎないようにね」

「はい!」


 そう元気に返事をしてから一度僕に頭を下げたシアナは、廊下の先を歩いて行った。

 シアナが食事であそこまで考え込むのかな……という不安を少し抱いた僕だったけど、変に疑って詮索するようなことはしたく無いから、一度そのことは忘れて自室で勉強を始めることにした。



◇シアナside◇

 自室に戻ったシアナは、さっきルクスと話していた時の元気さを消すかのように途端に表情を暗くした。

 すると、シアナの横に黒のフードを被った長身の少女が現れる。


「随分と機嫌が悪いようですね」

「ルクスくんが私以外の女と仲を深めたのよ?良い気分になれと言う方が無理な話だわ」

「……そうですね」


 黒のフードを被った長身の少女は、シアナに命によって今日のお茶会の一部始終を見聞きしていたため、シアナの心情はよく理解している。

 シアナは椅子に座ると、怒りを感じさせる表情で言った。


「あの女、一度のお茶会であそこまでルクスくんと距離を縮めるなんて……」

「お嬢様の正体までは気付いていないようですが、お嬢様がただのメイドでは無いということには気付いている様子でしたね」

「えぇ、何度か私に視線を送ってきたわ……」


 それを思い出すだけでシアナはまたも怒りを増長させそうになったが、それよりも怒りを覚えることがあったのでそのことを口にする。


「それにあの女、例え話だとしてもルクスくんに婚約の申し出の話をするなんてね」

「先に言っておきますが、今回の相手は公爵家であり、何か悪事を働いたわけでもありませんからザーデン侯爵の時のようなことを安易に行うことはできませんよ」

「わかってるわよ、だから面倒なのよね」


 シアナは考える。

 確かに黒のフードを被った少女の言う通り、フローリアのことをザルドの時と同じように始末することは難しい。

 だが、シアナにとって邪魔な存在であることに変わりはない。


「今回は、面倒な相手ね」

「そうですね……ですが、お嬢様のやることは変わりません……お嬢様とフローレンス様の差は、ロッドエル様と会う回数です」

「メイドとしてなら私の方が会っているけれど、フェリシアーナとしてルクスくんと会ったことがあるのはまだ幼少の頃のパーティーと貴族学校の入学式の日だけだから、もっと回数を増やさなければいけないということね」

「それもその通りですが、フローレンス様に回数という利点があるのであれば、こちらもこちらにしかない利点を活かしてお嬢様とロッドエル様の距離を縮めることに致しましょう」

「……私たちにしかない利点って?」

「────私です」


 黒のフードを被った少女がハッキリとした口調でそう言うと、シアナは少し口角を上げた。


「……そうね、私にあなたという協力者が居るということが、私にとってはとても有利な点ね」

「お嬢様の目的のため、この身の全てを捧げさせていただきます」


 その後、シアナと黒のフードを被った少女は、二人で一緒に黒のフードを被った少女が居ることも踏まえてシアナがフェリシアーナとしてルクスと距離を縮める計画を練り直した。

 ────そして、後日ルクスにフェリシアーナとして手紙を送って、次の休日になるとフェリシアーナとしてルクスの家に行くこととなった。



◇ルクスside◇

 今日は────あのフェリシアーナ様が、僕の家にやってくる日。

 どうしてこんなことになっているのかと言えば、入学式の日に僕と話したことでもっと僕と話したいと思ってくれているという手紙をくれて、ある日に僕の家で話したいと言われたからもし都合が合いそうなら手紙でその旨の返事をして欲しいと言われて、あのフェリシアーナ様と僕が個人的に話すなんて恐れ多かったから断ろうか悩んだけど、せっかく誘ってくれたのに断る方が失礼だと判断して今に至る。

 僕が心臓の鼓動を早めながら門の前でフェリシアーナ様のことを待っていると、ある一つの馬車が僕の居る屋敷の門前までやって来て、その馬車から綺麗なドレスを着たフェリシアーナ様が姿を見せた。


「ルクスくん、今日は私からの誘いを受けてくれてありがとう」

「こ、こちらこそ!フェリシアーナ様にお誘いいただいて光栄です!」


 相変わらずフェリシアーナ様の風格に緊張しながらもそう返事をした僕は、馬車から降りてきたもう一人の人に視線が行った。

 紫色とピンク色、どちらかと言えば紫色に近いディープ・ピンクとホット・ピンクが混ざったような髪色をしていて、珍しい黒のメイド服を着ている雰囲気がとても大人びた長身の女性。


「自己紹介しなさい」


 フェリシアーナ様にそう促された紫髪の女性は、僕に一度頭を下げてから僕と目を合わせて言った。


「ロッドエル様、初めまして!フェリシアーナ様の侍女を勤めさせていただいているバイオレットと言います!」

「よ、よろしくお願いします!」


 見た目や顔の雰囲気から、静かにしていたらとても大人びた落ち着いた人に見えたけど、話してみると結構明るい雰囲気の人だ。

 出会ったことのない人の登場に少し驚いたけど、僕は特に気にせずにフェリシアーナ様とバイオレットさんのことを屋敷へ招き入れた。

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