第20話 名案

 貴族学校から帰って自室で勉強している僕の元に、ティーポットとカップを持ったシアナがやって来て、僕の隣で紅茶を淹れる準備をしながら話しかけてきた。


「ご主人様、二日目の貴族学校はいかがでしたか?」

「授業の難易度とか、学校生活自体は特に問題無かったんだけど、驚いたことが二つあったんだ」

「驚いたこと?」


 シアナは、疑問を口にしながらも、紅茶を淹れる準備をする手は全く止めずにそう聞いてきた。

 別に隠すことでもないので、僕は二つとも伝えることにした。


「一つ目は、昨日僕と言い合いになった人が……今日になったら、亡くなられてたらしいんだ」

「……そうなんですね」

「突然亡くなるっていうのは貴族の人だと珍しくないことだし、あの人に関しては本当に重罪になるようなこともしてたみたいだから仕方ないのかもしれないけど、昨日話してた人が亡くなるっていうのは初めてだったから、少し驚いたよ……もしかしたら色々と落ち着いて話し合えるかなって思って色々と考えてたんだけどね」

「……そうですね」

「ごめんね、暗い話をして」

「いえ!私が聞いたことですから、ご主人様は何も謝ることはありません!」


 シアナはそう返事をすると、紅茶を淹れる準備ができたみたいで、ティーポットを手に持って僕に聞いてきた。


「驚いたことの二つ目というのは、どのようなことなのですか?」


 そう聞きながらティーポットに入っている紅茶をカップに淹れ始めたシアナに、僕は答える。


「二つ目は、公爵家の人から次の休日お茶に誘われたことなんだ」

「っ……!?」


 僕がそう答えると、シアナは珍しく────じゃない。

 初めて、紅茶を淹れる手をブレさせて、危うく溢れそうになったけどシアナのギリギリのティーポットコントロールによってそれは溢れることは回避することができた。


「シアナ?どうかしたの?」

「い、いえ……!な、なんでもありません!」


 シアナは、再度ティーポットに紅茶を淹れ始めた。

 ……さっきほどでは無いけど、いつもと比べたら少し手元が震えているような気がする。

 僕がそんなことを思っていると、シアナが言った。


「ご主人様は……その誘いに対して、どうお返事をなされたんですか?」

「断る理由も無かったから、一緒にお茶させてもらうことにしたよ」

「そ、そうですか……公爵家の方とのお茶会……どこか景色の良いところなんでしょうか?」

「ううん、家に招いてくれるって言ってたよ」

「家……!?」


 シアナの手元はまたも震えたけど、どうにかそれを抑えながら紅茶をカップに淹れ終えた。

 すると、シアナは僕の机に紅茶を綺麗な動きで置いて言った。


「……その公爵家の方というのは、女性の方ですか?」

「うん、フローレンスさんっていう人なんだけどね、優しくて穏やかで綺麗な人で、まだ深い話をしたことがあるわけじゃないけど、公爵家の人っていうこともあって発言の節々からやっぱり僕よりも色々と考えてるんだなっていうのが伝わってくる人なんだ」

「そ、そうですか……失礼ですがご主人様、まだ出会って間もない女性の、それも公爵家の方の家に行くというのは……もう少し考えてからでも良いのでは?」

「心配してくれてありがとう、シアナ……でも、フローレンスさんとトラブルになるようなことは無いと思うから大丈夫だと思うよ……学友の家に行くことぐらい普通だしね」

「そう……ですね」


 僕は、一度シアナが淹れてくれた紅茶に口を付ける。

 ……濃い、とても新鮮な茶葉が使われていることがわかる。

 紅茶は、淹れてくれる人の淹れ方によって味が変わったりもするけど、やっぱりシアナの淹れてくれる紅茶が一番美味しい。


「今日もシアナの淹れてくれた紅茶は美味しいよ、いつもありがとう」

「お、お褒めいただき光栄です」


 そう言ってくれたシアナだったけど、どこかいつもよりも言葉の歯切れが悪いようだった。

 それがどうしてかは僕にはわからなかったけど、次にシアナがとても突拍子のないことを聴いて来た。


「……先ほどご主人様は、フローレンスさんという方が綺麗な方だと仰っていましたが、フェリシアーナ様とどちらが綺麗ですか?」

「どちらが、なんて僕なんかがあの二人のことを比べることなんてできないよ」


 そう言った僕だったけど、シアナはさらに続けて間を空けずに聴いて来た。


「で、でしたら!どちらの方が関わりたいと思いますか?」

「どちらが……関わりたいって思うのはその二人ともだよ」

「では、どちらの方が関わりやすいと思いますか?」

「……フェリシアーナ様は僕が出会って来た人の中で間違いなく一番風格があって優しさもあってすごい人だけど、フローレンスさんは同じ貴族学校の学友で、公爵家の人だけど優しくて穏やかな人だから、僕が気軽に関わりやすいって思うならフローレンスさんかな」

「……」


 僕がそう言うと、シアナは少し間を空けてから言った。


「お勉強中に失礼いたしました、本日は自室に居ますので、また何かあればお声がけください」

「うん、ありがとう」


 シアナは僕に一度頭を下げると、僕の部屋から出て行った……今日はシアナの様子が少しおかしかったみたいだったけど、大丈夫かな。

 ……もし明日にも様子が変わってなかったら、ちゃんとシアナに話を聞いてみることにしよう。

 そう考えながら、今はとりあえず勉強を再開することにした。



◇シアナside◇

「ルクスくんが……ルクスんが!私よりもあの入学祝いパーティーで露出の高い服を着てた女の方が関わりやすいって!!」


 自室に戻ったシアナは、黒のフードを被った長身の少女に対してそう話していたが、それに対して黒のフードを被った少女は冷静に返す。


「現在の段階ではそうでしょう、そのために今後ロッドエル様と距離を縮める計画も立てているんじゃないですか」

「そうだけど……ルクスくん、今度あの女の家でお茶するみたいなのよ」

「それは、随分と距離を縮められたものですね」

「縮められたものですね、じゃないわよ!どうしたら良いのかしら……個人間のお茶会を、王女の権利を使って無理やり辞めさせるなんてことはできるわけもないし、仮にしたとしても公爵家相手にそんなことをしたら処理に手間がかかるわ」

「調べたところによると、フローレンス公爵家は農業、建築、衣類など手広く生業を広げているようですので、あまり強引な手法は避けた方が良いでしょう」

「はぁ、どうしたら良いのかしら」


 悩んでいるシアナのことを見て、黒のフードを被った少女は少し呆れて言った。


「本当に、ロッドエル様のこととなると頭の機転が緩みますね、とても本国の方針に意見を述べているあのお嬢様と同一人物とは思えません」

「何?あなたなら何か名案が出せるっていうの?」

「はい……簡単な話です、お嬢様もそのお茶会に参加すればよろしいのです」


 それを聞いたシアナは、呆れた口調で言った。


「……あなた、さっきの話を聞いていたの?中止にしなかったとしても、個人間のお茶会にどんな方法であれ王族の私が介入したら不自然になるのよ?」

「ですから、ロッドエル様の従者という形で、です……それであれば、そのお茶会の成り行きを見届けることもできますし、何かあればお嬢様の判断で何か行動に移すこともできるでしょう」


 その案を聞いたシアナは、少し考える素振りを取ってから言った。


「……確かに名案ね、そうすることにするわ」

「ご採択いただき光栄です」


 その後、二人はフェリシアーナとしてシアナとルクスが距離を縮める計画だけでなく、そのお茶会の日の計画も立てることにした────そして。

 ルクスがフローレンス公爵家の屋敷でお茶会をする日がやって来た。

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