第2話 二つの不安

 僕がもうそろそろ行くことになる貴族学校で学ぶのは、一言で言えば貴族として領地を繁栄させるためにはどうすれば良いのかを学ぶ。

 領地を繁栄させるためには何をしなければいけないのか、領民は何を必要としているのか、守らなければいけない国のルール、土地や商売に関してなど、とても独学では学ぶことができないようなことを学びに行く場所だ。

 そのため、僕は少しでも貴族学校で学ぶ内容が頭に入ってくるように事前に勉強をしていて、今日は図書館ではなく自室で勉強をしていた。


「ご主人様、少しよろしいでしょうか」

「シアナ?うん、入って良いよ」


 何か僕に用事なのかな、なんて考えながらシアナに部屋に入っても良いということを伝えると、シアナは部屋に入ってくるなり勉強をしている僕のところまでやって来た。


「シアナ、僕に用事?」

「いえ、何か困りごとでもありましたら、私がご主人様の力になりたいなと」


 なるほど……シアナは僕が何かを頼まなくても、僕が困りそうなことがあれば事前にその問題を片付けてくれる。

 そして、時々こうして僕に何か困っていることがあるかどうかを聞いてくることもある。


「ありがとうシアナ、でも今は特に困ってないから大丈夫だよ……強いていうなら、軍務の領地防衛っていうのが難しいけどね」

「ご主人様のような優しく温厚な方とそのような物騒なものは似合いませんね……」

「僕も、できたら領地を防衛しないといけないようなことにはならないで欲しいけど、何かが起きる可能性に備えて、そういうのはやっぱり学んでおかないといけないからね……そういうのも、そろそろ行く貴族学校で学べると思うけど」


 僕がそう言うと、シアナは一瞬だけ眉をひそめてから、すぐに普段通りの顔になって言う。


「貴族学校……ご主人様は、あと少しで貴族学校に通い始められるということですが、正確な日程はあとどのぐらいなのですか?」

「あと六日後だよ……僕の行く貴族学校は、貴族学校というだけあってとても敷居が高くて、礼儀とかもかなり重要視されてるみたいだから少し緊張するね」

「ご主人様はとても礼儀正しく頭脳も明晰なので、その辺りの心配は必要ないと思います!」

「それは……そうなんだけど、二つの理由で不安もあるんだ」

「……不安?」


 二つともシアナには言う必要が無いと思って言ってなかったけど、一応伝えておいたほうがいいかな。


「僕の行く貴族学校には、公爵家の人たちとかも居るらしいんだけど……公爵家の人は、優しい人も居たけど、僕が会ってきた人たちの七割ぐらいはちょっと高圧的な人が多かったから、上手にやっていけるか不安なんだ」

「ご主人様に……高圧的な態度を?その公爵家の人間の名前を覚えていますか?」

「優しい公爵家の人の名前だったら何人か覚えてるけど、高圧的な態度を取ってきた公爵家の人の名前は覚えてないよ」


 僕がそう言うと、シアナは一度顔を俯けて、もう一度顔をあげて鋭い眼差しで言った。


「ご主人様らしいですね……ですが、もし貴族学校でご主人様に対して高圧的な貴族が居たら、その貴族の名前を教えてください」

「それは良いけど……仮にそんなことがあっても、仕返しをしたらダメだよシアナ、そんなことをしたらこのロッドエル伯爵家自体に迷惑をかけちゃうことになるかもしれないし、何か仕返しをされるかもしれないからね」

「はい、ロッドエル伯爵家に迷惑をかけるつもりはありませんし、仕返しの心配もありませんのでご心配なく」


 そう言って、シアナはニッコリと笑った。

 ……よくわからないけど、シアナが迷惑もかけずに仕返しの心配もないって言うなら大丈夫かな。

 僕がそう判断すると、シアナが続けて聞いてきた。


「ご主人様、もう一つの不安というのは?」

「あぁ、うん……実は、父さんからこの貴族学校の中で、できたら爵位の高い人が良い……って言われてるけど、爵位が高くなくても僕が好きになった女性が居たら、その人のことを婚約者として紹介するように言われてるんだ」

「……はい?こ、婚約?」


 僕が二つ目の理由を話すと、シアナは珍しく動揺した様子だった。


「僕も、もう十五歳だから、父さんとしてはそろそろ僕にもそういう相手が居てくれたほうが安心なんだと思う」

「そ、それは、つまり……ご主人様は、貴族学校の中から婚約者を探す、と?」

「うん、父さんには悪いけど、爵位は全く気にせずに探すよ……無理に探すわけじゃなくて、できたら自然に仲良くなりたいと思ってるけど、やっぱりそんな女性が見つかるかどうか、少しだけ不安なんだ」


 僕がそう言うと、シアナは体や視線を全く動かさなくなった。


「……シアナ?」

「……すみませんご主人様、少し庭の手入れをしてきます、お勉強応援しています」

「うん、ありがとう……?」


 シアナはどこか意気消沈した様子で僕の部屋から出て行った。

 ……少し心配だったけど、シアナの応援を裏切るわけにもいかないため、僕は勉強を再開した。



◇シアナside◇

 シアナは、玄関のドアを開けて外に出ると、空を見ていた。

 シアナの心と同様、今の天気も曇りだった。


「……はぁ」

「────溜息など吐かれて、どうかなされましたかお嬢様」


 シアナがため息を吐いた直後、黒フードを被った長身の少女がシアナにそう話しかけた。


「どうせ聞いてたんでしょ?ルクスくんが、今度通い始める貴族学校で婚約者を探すっていう話」

「はい、伯爵家のご子息であれば当然のことですね」

「当然のことですね、じゃないわよ!早く、早くどうにかしてルクスくんとの関係を進めないと、ルクスくんが私以外の女と……!」

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