第5話 週刊誌に刺される

 僕の名前は時方悠。

 現代の生きづらさに憂慮を抱く者である。


 この日、僕はサークルの部室で川神聖良先輩と話をしていた。


「先輩、サッカー代表の某選手がまた代表に呼ばれなかったらしいですね」

「……時方君、私はサッカーには全く興味がないのよ」


 そうだった。

 先輩は、野球しか見ない。しかも、あるチームを狂気じみた形で応援している。


「それは知っていますけれど、週刊誌に書きたてられだけで有罪と確定したわけでもないのに、呼ばれないのも可哀相だと思いません?」

「そうかしら? 昔、キャバクラで寿司を投げていたのがしばらくバレて代表出禁になったのがいなかったっけ? それと比べれば今回の方が余程まずいんじゃない?」


 知っているじゃないか。


「今は、昔より金を稼げる世界だからねぇ。代表はロールモデル的なところもあるから不倫でもダメでしょ。数億というお金はイメージとかロールモデルということからも来ているわけでサッカーだけで来るわけじゃない、ということを理解しておいた方がいいんじゃないかしら」


 めっちゃ知っているじゃないか。


「私なんかはそういう公的な仕事は頼まれても一切やらないわよ。だって、敵チームのユニフォーム着ている奴を殺せなくなるし」


 念のため触れておくと、川神先輩は殺し屋ではない。聖女だ。

 先輩は聖女として奇跡を起こすことができる。

 極論を言えば、死んでいる人間を生き返らせることだってできる。


 しかし、そこには厳然たる基準がある。先輩の愛する横浜ボイスターズを応援しているか否か、という基準だ。

 メジャーのユニフォームでも着ていようものなら「この人の死は天寿です」と門前払いにしてしまう。さすがに殺すことはないと思うけど……


 確かに、こんなえこひいき当然な人を公的な仕事につけてはいけない。


「昔、『こんなものをもらったら立ちションもできん』と国民栄誉賞を断ったとされている人もいるけれど、もらったものには義務が伴うことは理解しないとね~」

「確かにそうですね……」


 先輩は、僕の大学の一年先輩のはずなのだが、随分昔のことを知っている。

 何なら、前回ボイスターズが優勝した26年前のことだって見てきたかのように語っている。

 もちろん、そのことに触れる者は僕を含めて、1人もいない。



「でも、こういうのもそうだけど、ネットって怖いわよね」

「広まるからですか?」

「それもあるけど、例えばあの大物お笑い芸人が性パーティーを記事なんかはそれを目当てに買う人が大勢いるだろうけれど、あのサッカーの選手が何かしたということで売上部数がドーンと増えることはないと思うのよね。それがあんな感じでネットに出ると、たちまち外野が騒ぎ出して大事になってしまうわけだから」

「確かに、外野が騒ぐと二弾・三弾が出てより大事になりますよね」

「で、部数売上には全く貢献しない記事がどうして大事を招くのかというと、どちらかというと週刊誌より、ポータルサイトのリコメンド機能などが問題だと思うのよ」

「……確かに、わざわざ探して読むよりは、たまたま出て来て目についたから見たという方が多いかもしれませんね」

「ひょっとしたら、週刊誌よりポータルサイトなりSNSの方に損害賠償請求した方がいいんじゃないかしらね」

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