第3話 こども保険
僕の名前は時方悠。
この現代社会に不安と憂いを感じる者だ。
この日、僕は『川神総合病院』を訪ねていた。
大学の先輩である
アルバイトで会長なんてそんな馬鹿なことがあるかと思われるかもしれないが、先輩は聖女とも称されるとてつもない奇跡の力をもっている。おまけに川神財閥という強い家系の次期当主だから、それほど不当なことではないのだ。
まあ、その肩書だけを信じるととてつもなく痛い目に遭うけどね。
「良く来たわね、時方君」
普通、医師は白衣なのだが、先輩は青く輝く衣を着ている。これについてもいずれ語る日が来るかもしれない。
「僕に相談したいことというのは何ですか?」
「今度、川神総合病院の産婦人科で新しいサービスを始めてみようと思うのだけど、意見を聞きたいのよ」
「新しいサービス? 産婦人科の?」
産婦人科のサービスについて、男の僕に聞くのは筋違いではないだろうか?
仮に男に聞くのが正しいとしても、既に子供のいる人の方が良くないだろうか?
「まあ、ちょっと見てちょうだい」
先輩は事務室で僕にプロモーション動画を見せる。
まずは先輩が可愛い赤ん坊を抱えているシーンからだ。
『ご出産、おめでとうございます! 新しい命を授かった貴方達は、今、大きな希望と夢を抱いていることでしょう!』
「中々いい入りじゃないですか?」
僕の周りには余計なことさえしなければ美人のお嬢様が多いけど、先輩もその例に漏れない。赤ん坊を抱えて笑っている先輩はまさしく聖女のようにも見える。
しかし、安易に入りだけで評価してしまった僕がいかに愚かな存在であるか、程なく思い知らされることになる。
『しかし、ちょっと待ってください! お子さんを取り巻く環境は過酷なのです』
ビデオは次々と出産したばかりの両親には過酷なものを突き付けてくる。
突然の重病。
乳幼児突然死症候群。
目を離した際にちょっとした好奇心で事故に遭う様。
夜泣きにキレて、思わず窓の外に放り投げる様。
いや、最後のは親としてどうなんだと思うが、日常的な虐待をするどうしようもない連中もいるのだ、一時的にカッとなってしまうこともあるのかもしれない。
『かけがいのないお子さんを失ってしまう、これは他人事ではありません。皆さんの身近にも危険は存在しているのです』
その通りと言えばその通りかもしれない。
映像は子供の事故を映しているようだ。子供が頭から血を流し、両親が嘆いている。
『そこで! 川神総合病院では、そんな親御さんのためのサービスを用意しました』
画面が切り替わり、生まれた直後に赤ん坊から何かを取り出している。
それを保存しておき、一方で赤ん坊には何か埋め込んでいるぞ。
『お子さんの全ての脳の活動、運動、食事パターンを記録し、万一のことがあった時も』
医師がデータを入力すると、たちまち胚が育ちだし、赤ん坊からムクムクと大きくなっていった。そのまま、先程頭から血を流していた子供そっくりになった。
その幼児を川神先輩が両親に渡している。
『大切なお子さんに備えを用意しませんか? 川神総合病院でした!』
「……」
「どうかしら?」
「いや、僕には子供がいないのでよく分からないんですけれど、こういうスペアを渡されて、親は納得するものなのでしょうか?」
我が子が死んだから、
「全ての親が満足するかどうかは分からないけど、子供を失った後悔と信じたくない思いも相当なものよ。もし、次の朝目覚めたら、同じ子供がいたらその親は安心するのよ。『あぁ、昨日、我が子が死んだのは悪い夢だったのだ』と」
「そういう人もいるかもしれないけど……。というか、このサービスはお金がかかるんですか?」
「もちろん。記録やら機器も安くないし。税抜き毎月6980円よ」
微妙な値段だな。
消費税まで入れると年間で10万弱。
この費用を払うなら、その分、子供にそのお金をかけてあげた方が良いんじゃないだろうか。
でも、確かに万一があって死んでしまったりすると、こちらの方が良いのだろうか?
「虐待やネグレクトがあった場合、分かりやすいというメリットもあるわ」
あぁ、なるほど。これまでの記録が残るわけだから、食事を食べていない、痛めつけられたということも分かるわけか。誰にやられたかまでは分からないにしても、子供の状況がフライトレコーダーみたいに分かるとなれば、親もおちおち虐待していられない。
となると、病院より公的機関がやった方がいいのかもしれない。ー
「ボイスレコーダーもつけた方が良いかもしれないわね」
「乳幼児を機械扱いしていないですか?」
倫理的にはどうなんだというのがあるけれど、そこまで記録が残ることになると、子供が犯罪に巻き込まれることが少なくなるという別のメリットがあるのかもしれない。
プライバシー的にどうなんだろうという気もするけれど。
「今の子供はスマホに全部データ入っているし、半ばオープンデータ化されているわ。もう一歩や二歩進んだとしても問題ないと思わない?」
そう言われるとそうかもしれないけど、こんな現代でいいのかなぁ。
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