第4話 それからそれから

異世界召喚。それは幻想であり夢見がちな人々が夢想する一つのジャンルであり、私にとっての現実である。

私がこの世界に召喚されてから7日が経った。

実は私が気になっていた「特殊な魔法」というのは、王都から鑑定士を呼びつけて調べるのだそうで、まだ何もわかっていない。その間、アレックスは領地経営が忙しいとのことで日中姿を見ないが、夕餉には顔を合わせる。例の領主様夫婦との会食は緊張はしたが無事に終えている。ご両親とも朗らかでいい人達だった。

また、着の身着のままこの世界に放り出された私は現在、伯爵家のメイドさんが着るようなお仕着せを着用している。ティーナは小柄でサイズが合わないし、それ以前に一般庶民の私では、着られたドレスがかわいそうだと思う。―—お仕着せを貸してもらうまでにひと悶着あったが、割愛する。

「ユミさま、今日は何をいたしましょうか?」

「えっとじゃぁ、昨日の刺繍の続きをします?」

「もちろんですわ!」

そしてティーナだが、この数日、なぜか私にべったりだった。

時にはお茶とお菓子を楽しんだり、話せはするが文字の読めない私の勉強の為に図書室で絵本を読んでもらったり、貴族女性の嗜みといわれる刺繍をしている。

天使のようにかわいいティーナと一緒に過ごすことで、一人でふさぎ込むような時間もないおかげでまだホームシックにならずに済んでいた。というよりは、自分は生粋のぼっちだったから、シックになるようなホームではなかったのかもしれないが。

父と母とは縁を切ってから数年経つし、住んでいたところや仕事にはこれと言って思い入れもない。暮らせればいい、くらいにしか思っていなかった。友人だってネットにしか居なかったし、恋人なんてものも言わずもがな。だから、私が消息を絶っても気にする人もいないだろう。

趣味だって、無駄に拘束時間の長い仕事のせいでちょっとアニメを見るくらいしかなかった。だらだら見ていただけだから、見れなくなったってそれほど惜しくはない。

そこまで考えたところで、ティーナが心配そうにこちらを覗き込んでいることに気づいた。

「あっ、ごめんね、考え事しちゃってて…。」

「ユミさま、なんだかお寂しそうですわ。大丈夫ですの?」

「大丈夫だよ!私今、ティーナが一緒にいてくれるおかげで全然寂しくなんてないんだ。ありがとうね」

寂しいという感情は、確かに沸いていたのかもしれない。しかしそれは、帰りたいだなんてかわいい理由ではなく、かつての自分の生き方が寂しかったな、という感情だ。

「わたくしは何も特別なことはしておりませんわ。だって、ユミさまと一緒にいると楽しいんですもの!」

「んぐふっ…!」

天使の満面の笑み攻撃!癒観に80のダメージ!

可愛いが過ぎるダメージは日々蓄積していて、私は近い将来骨抜きになってしまうかもしれない危機感を抱いている。

やんごとない身分なのに降ってわいた私なんかに優しく接してくれるし、すごい魔法が使えるし、黙ってても天使みたいで綺麗なのに笑えば可愛すぎるしで…、彼女のことを好きにならない輩は相当ひねくれてるだろうと思う。

「ユミさま、ユミさま」

「えっ あ、はい!」

「兄から連絡が入ったそうで、本日午後、鑑定士の方が来られるようですわ。」

「そうなんですね!」

ぼうっとティーナの事を考えていたら、いつの間にやら執事に耳打ちされていたティーナから今日の午後の予定を聞かされる。

この後ようやく自分の固有魔法を知ることができるのだと楽しみすぎて浮ついていたら、刺繍針で親指を突いてしまった。痛くて涙が出る。落ち着こう。

その後もせっせと刺繍を刺したり、ティーナの話に相槌を打ったりしていると、数時間ほどで昼食の時間だ。

この時間にもまた日課がある。ティーナの愛らしさをおかずにごはんを食べることだ。何を言っているのか分からないかもしれないが、事実である。もちろん主食しか供されないのかといえばそんなことはなく、毎回毎回おいしい食事を出して頂いているわけだが、いかんせん正しいマナーというのが一般庶民の私には身についていない。そんなわけで、ティーナ先生に正しい食事の仕方のレッスンをつけてもらっている。

要するにレッスンにかこつけてティーナをじっと見つめる大義名分を果たせる時間というわけだ。本日も世にも稀有な天使の食事シーンを目に焼き付けている。ああ、ごはんがおいしい。

「マツマイ様、準備が整ましたので応接室にてお待ちくださいませ」

「はいっ わかりました!」

食事を終えるといよいよお楽しみ、鑑定の時間である。いざゆかん、応接室へ!

「ユミさま、わたくしは同席できませんが、どうぞリラックスなさって」

「はいっ!わかりま…え、私一人なの?」

すがるようにティーナを見つめてみたが、にっこりと笑って見送られてしまった。薄情な顔も可愛い。

それはさておきメイドさんに先導されて、応接室までの道のりを往く。最初はとぼとぼとしていたのに、現金な私は自分の固有魔法に胸を弾ませ、うっきうきで歩くのだった。


「初めましてマツマイ様。私共はコルルヤの街の教会よりまいりました、鑑定士団にございます。」

「はじめまして、マツマイユミです。よ、よろしくおねがいしますっ」

鑑定士というからには学者のような人たちが来るのかと思っていたが、教会から派遣されてきたという彼らは白いローブ姿で、まるで魔法使いと神父の間のような不思議な恰好をしていた。今日ここに来てくれたのは3人の男女。正面のソファに腰かける、挨拶をしてくれた代表らしき中年男性、文具を持って代表の右隣に座る書記官らしき男性、水晶のように透明な石でできた四角錐のアイテムを持った女性。おそらくあの透明な石が鑑定に必要なアイテムなんだろうと推測する。

「それではさっそくですが始めさせていただいてもよろしいですか?」

「あ、はい!どうぞ!」

心の準備はばっちりだ。いつでもこいと身構えると、正面の中年男性が目をつむりこちらに片手をかざしてなにやらぶつぶつ唱えはじめた。もしかしなくとも呪文の類だろう。

数秒待って、なんだかもぞもぞするような変な感覚が襲ってくると同時に中年男性がカッと目を見開いた。

「メーサ」

「はい」

メーサと呼ばれたのは女性のほうで、持っていた四角錘のアイテムを中年男性のほうに掲げる。中年男性は握った拳をそっと四角錘の上に持っていき、やがて手を開いた。

すると透明だった四角錘にゆらりと文字が浮かび始める。あれは直接鑑定するのではなく、結果を表示するタイプのアイテムだったのか。

「こちらが、マツマイ様の鑑定結果です」

そう言われ、おずおずと覗き込んでみた。

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