伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ

プロローグ 《伝説の魔術師と平凡な弟子》

第1話 伝説の魔術師と呼ばれた老人

「ねえ、お爺さんが魔術師なの?」

「ぬあっ!?だ、誰だお前は?」



山奥に存在する小屋に一人の老人が住んでいた。彼の名前は「 」他の人間と会う時は「クロウ」と名乗っている。


クロウは人里から離れた山で何十年も暮らしており、彼が暮らしている山小屋にが訪ねてきたのは初めての出来事だった。何故ならばクロウが暮らしている山にはが生息しており、まともな人間ならば山に足を踏み入れる事もしない。


そんな危険な山に暮らしているクロウの元に現れたのは年齢は12才ぐらいの少年だった。この場所に辿り着くまでに相当な苦労をしたらしく、衣服は汚れて身体のあちこちに怪我をしていた。



「坊主……まさか、お前一人でここまで来たのか?」

「うん」

「……途中でに襲われなかったのか?」

「何度か襲われそうになったけど、何とか逃げ切ってここまで辿り着いた」



ボロボロの格好で自分の元に訪れてきた少年にクロウは戸惑いながらも問いかけると、少年は疲れた表情を浮かべた。そんな彼の言葉にクロウは呆気に取られた。




――クロウが暮らす山には「魔物」と呼ばれる動物とは異なる独自の進化を遂げた生物が多数生息していた。少年はそんな魔物達に何度も殺されそうになりながらも、山奥に隠れ住んでいるクロウの元に辿り着く。




12才の子供が命の危険を冒してまで自分の元に訪ねてきた事にクロウは動揺を隠せず、とりあえずは彼の怪我の治療をしようと山小屋へ入れようとした。しかし、山小屋に入る前に少年の口から告げた言葉を聞いて態度を一変させる。



「お爺さんは噂の魔術師なら俺に魔法を教えてくれる?」

「……何じゃと?」

「うちの村の間で噂になっていたよ。魔物が巣食う山に魔術師が暮らしているって……」



少年の話を聞くとクロウは表情を険しくさせ、少年が自分に会いに来た理由を知って深々と溜息を吐き出す。



「はあっ……お前も魔法を目当てに儂の所にやってきたのか?」

「お前も?」

「この山に来る連中はどいつもこいつも儂から魔法を教えてもらおうとやってくる。だが、生憎と儂は弟子など募集しておらん」

「え〜……せっかくここまできたのに」



クロウの元に「子供」が訪れたのは初めてだが、これまでに魔法を教えてもらうためにやって来る輩は何人もいた。殆どは彼の元に辿り着く前に魔物に食い殺されてしまうが、運良く魔物から逃れてクロウの元に辿り着いた人間もいる。しかし、そんな彼等に対してクロウが言える事は一つだけである。



「小僧、儂から魔法を教わりたいのか?」

「うん、まあ一応……」

「なんじゃ、その気のない返事は……まあいい。それならば条件が一つだけある」

「条件?」



少年の前でクロウは杖を取り出すと、先端部を少年の足元の地面に構えた。何をするつもりかと少年は不思議に思うと、唐突に少年の足元に「魔法陣」が浮き上がる。



「うわっ!?」

「魔法を教えて欲しければ……もう一度命を投げ出して儂の元にやってこい!!」

「わあああっ!?」



魔法陣の光が少年の身体を包み込んだ瞬間、光の塊と化して上空へ浮き上がり、のように遠く離れた地上へと落ちていく。その様子をクロウは見届けると、深々と溜息を吐き出す。



「悪いな小僧……儂はもう誰にも魔法を教えるつもりはない」



空を見上げながらクロウは数十年前の出来事を思い出す――






――数十年前、クロウは日本に暮らす普通の高校生だった。彼はオカルト研究部に所属しており、他の部員と共に部長の怪しげな儀式に参加させられる。その儀式の内容というのが「黒魔術」を用いて異世界に転移するという突拍子もない内容だった。


最初は誰もが儀式が上手くいくはずがないと思い、実際に部長と他の部員と一緒に行った時は何も起きなかった。だが、部長が怒って先に帰ると言い出し、部員の中で唯一の一年生だったクロウが後片付けを申し付けられる。


たった一人で部室に残って儀式の後片付けを任されたクロウは嫌気が差したが、怒った部長が放り出した黒魔術の本を見つける。中身を確認すると部長が書いた魔法陣は微妙に紋様が異なっており、どうやら部長は魔法陣を描くのを誤っていた事が判明する。


いつものクロウならば後片付けをさっさと済ませて帰るところだが、何故か魔法陣の紋様が間違っていることが無性に気になり、自分の手で魔法陣を正しく描き直す。そして正しい手順で魔法陣を描いた瞬間、紋様から光が発生してクロウの身体を包み込み、彼の意識は途切れた。




クロウは目を覚ますとローブで身を包んだ大勢の人間に囲まれている事に気が付く。彼等を見てクロウは酷く混乱し、そんな彼に話しかけたのは老人だった。



『異界人よ。我々の言葉はお分かりですか?』

『だ、誰だよあんたら!?ここは何処だ!?どうして俺がこんな所に……』

『うむ、言葉が通じるという事は召喚の儀式は成功したようだな。伝承通りならばこの御方こそ我々を救ってくださる勇者となる御方……丁重にもてなすのじゃ』

『はっ!!』



言葉が通じる事が分かると老人は周りにいた人間に話しかけ、そんな彼等にクロウは増々混乱した――






――結論から言えばクロウは冗談半分で行った「黒魔術の儀式」に成功してしまい、彼が暮らしていた世界とは別の世界に転移してしまった。この世界ではクロウが暮らしていた世界は「異界」と呼ばれ、何百年も前から定期的に異界の人間を召喚する儀式が行われているらしい。


クロウに最初に話しかけた老人はこちらの世界の国の王であり、彼の国では国家が窮地に陥る度に異界から人間を召喚し、彼等の力を借りて国家存亡の危機を乗り越えてきたという。クロウの前にも何人もの人間が召喚され、その度に彼等の力で国が救われた。


まさか自分が本当に異世界に来るとは思わず、しかも国を救ってほしいと言われてクロウは戸惑う。最初の頃は元の世界に返してほしいと訴えたが、国王によれば彼等は異界人を呼び出す術は知っているが、元の世界に戻す方法は知らないと語る。


勝手に呼び出しておいて元の世界には返せないと言われたクロウは激怒したが、この世界に召喚された時にクロウは特別な能力を身に着けていた。それはこの世界の人間の言語を完璧に理解できた。



『クロウ殿が我々の言語を理解できるのはの力のお陰です。そもそも異界から召喚される人間は魔法の才能を持つ人間だけに限ります。何の才能も持たない人間が儀式を行ってもこの世界に訪れる事はあり得ません』

『お、俺に魔法の才能が!?』



この世界では「魔法」なる非現実な力が実在する事にクロウは驚愕した。しかも自分は魔法の才能があると言われ、それを聞いたクロウは魔法の勉強を行う。



『ファイアボール!!』

『おおっ!!素晴らしい!!』

『まさかこんな短期間で魔法を身に着けるとは……流石は異界人だ!!』



召喚されてから一年も経過した頃、クロウは魔法の力を完全に扱いこなす。この世界における魔法とは才能を持つ人間しか扱うことはできず、しかもクロウの場合はありとあらゆる魔法を瞬く間に習得した。


新しい魔法を覚える度にクロウは感動を覚え、そして魔法の力で人々を救う度に感謝され、クロウを召喚した国は彼の魔法の力で国家存亡の危機を乗り越えた。最初の頃は勝手に召喚された事に怒っていたクロウだが、魔法という現実世界ではあり得ぬ能力を身に着けられた事に嬉しく思う。


しかし、召喚の儀式から10年ほど経過した頃、クロウはこの世界のを習得してしまった。歴史上でも全ての魔法を覚えた人間は一人としておらず、彼は「大魔導士」と称された。



『どうしてなんだ!!どうして元の世界に戻れない!!』

『お、落ち着いて下さい!!クロウ様!!』

『クロウ様がご乱心だ!!早く取り抑えろ!!』



だが、召喚されてから10年も経過したのにクロウは未だに元の世界に戻る手掛かりすら掴めなかった。彼はありとあらゆる魔法を覚えたが、その中に元の世界に戻るのに役立ちそうな魔法は一つもなかった。


異界から人間を呼び出す召喚魔法は存在するのだから、その逆にこの世界から地球に戻れる魔法があると信じてクロウは生きてきた。だが、世界中の魔法を覚えたのに彼は元の世界に戻る方法は見いだせず、絶望したクロウは消息を絶つ。


クロウを召喚した国は彼のお陰で国が発展し、世界一の大国へと変貌した。だが、クロウはこれ以上に誰かに自分の魔法の力を利用される事が我慢できず、彼は国を離れてひっそりと暮らす事にした。しかし、そんな彼の元に大勢の人間が訪れる。



『あんたが噂の大魔導士か!?頼む、俺にも魔法を教えてくれよ!!』

『我が国にいらっしゃれば最高位の魔導士の称号を与えましょう』

『どうか我々の国もお救い下さい!!金ならいくらでも払います!!』

『……頼むからもう儂に構わんでくれ』



彼の元に訪れるのは「大魔導士」の恩恵を欲する人間ばかりであり、散々に自分の力を利用された事に嫌気が差していたクロウは彼等の頼みを全て断る。中には逆上してクロウに襲い掛かる人間もいたため、クロウは仕方なく人里から遠く離れた山奥に暮らす事にした――






――時は現代へと戻り、自分の元に訪れた少年を「転移魔法」で山の外に送り届けたクロウはため息を吐き出す。彼は80才の誕生日を迎えたが、自分の誕生日を祝う人間は一人もいない事に寂しく思う。



「あの小僧、諦めて帰ればいいが……まあ、どうでもいいか」



危険を冒して怪我を負ってまで自分の元に訪れた少年の事を思い出し、碌に話も聞かずに山の外に送り届けた事にクロウは少しだけ可哀想な事をしてしまったかと思う。しかし、あの少年がまた山小屋に戻る事はないとも思っていた。



(もう一度命の危険を冒してまで会いに来る事はあるまい……さっさと忘れよう)



クロウが暮らす山小屋に辿り着くまで少年は何度も魔物に狙われ、幾度も殺されかけた。もう一度クロウの元に辿り着く事は奇跡に等しく、そんな幸運が二度も続くはずがない。だからクロウは少年が戻ってくることはないと考えた。




だが、翌日の早朝にクロウは山小屋の扉を開くと、昨日よりも衣服が汚れて裸足のまま立っている少年の姿があった。彼を見てクロウは呆気に取られ、一方で少年は疲労困憊の様子で話しかける。



「ねえ……お願いだから、魔法教えてよ」

「お、お前……どうやってここに戻ってきた!?」

「……道は覚えてたから」



少年は再び山の中に足を踏み入れ、夜通し歩き続けて山小屋に辿り着いた。道中で相当辛い目に遭い、履いていた靴も無くなり、全身に怪我を負いながらもまたクロウの元に戻ってきた。そんな彼を見てクロウは衝撃を受ける。



(いったい何なんだこいつは……そこまで魔法を求める理由は何だ!?)



二度も命懸けで戻ってきた少年にクロウは戸惑い、そこまでして自分に魔法を教わりたい理由を問い質す。



「何故だ!?どうしてそんな目に遭ってまで儂から魔法を学びたい!?」

「それは……」



クロウの問いかけに少年はしばらく考え込み、一言だけ告げた。



「何となく」

「……ん?すまん、聞き間違えか?もう一度言ってくれんか?」

「だから……何となく覚えたいと思ったからここに来た」

「……あ、阿保かお前は!?」



少年の言葉にクロウは激高した。これまで彼に魔法を教わりたいという人間は山ほど存在したが、何となく魔法を教わりたいなどという理由で教えを乞いに来た人間は彼が初めてだった――

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