第28話 始動する罠

 遠くから徐々に響いて来るドラゴンの咆哮とペンダントの光が、こちらへの誘導に成功している証拠でもあった。

 少なくとも棚見は無事に走ってきている。その事実には安堵出来るが、問題はこちらに来たあとだ。


 確実に、この場で仕留めなければ。


 地響きのように足音が洞窟内を揺らす。

 背中の羽は使わずに走って追って来ているあたり、やはりそれ程の知能が無いのか。

 ここまではルシオロの予想通りと言えるのだろう。


 ドシン……ドシン――。


「そろそろ来てもいい頃よ。分かっているわね?」


「ああ、覚悟はもう出来るつもりだ」


「それを実戦でも証明する事ね。……カツキ」


 初めて名前で呼ばれて、ハッとした。いきなりだったもんでこんな時だっていうのに一瞬気が抜けたようだ。


「な、何?」


「もし危なくなったら私の後ろに隠れなさい。障壁にはそれなりの自信があるわ」


「……あ、ああ」


「こうなっては一蓮托生だもの。元は敵同士でも、そういうジメジメした関係を持っていたくないわ」


「それも、俺達と手を組んだ理由……なのか?」


「感謝する事ね。他のエルフならもうあなた達はこの世に居なかった、その事実に。……感謝の言葉は終わってから言いなさいな」


 何というか、この女の柔らかい部分に触れた気がする。

 クールが過ぎて、合理的にしか生きていないのだと思っていたが。


「わかった。終わったら、あなたを恩人として接する」


「…………来たわね」


 それ以上のお喋りはもう意味を為さないのだろう。少なくとも、これが終わるまでは。


 肌が痛い程のプレッシャーを感じる。それと、棚見の軽快な足音だ。


(あいつは大丈夫だ。俺に大丈夫と言って聞かせた男だ。――なら俺も大丈夫だって信じたい!)


 巨体が大地を踏みしめ、この岩山の穴へと進入してくる。

 まだ陣は発動しない。ここで引き返させる訳にはいかないからだ。


 ――ォォォ……!


 奴の獲物を狙う咆哮は強風のように最奥まで吹きすさぶ。

 声で衝撃を発生させているのも奴が規格外の化け物だからか。


 ――ォォォオオ……!


 もうすぐそこだ。

 俺の額から汗が垂れる。喉が渇く。



 グォォオオオアアア!!!



(来た!)


 入り組んだ道を抜けて来たのは――やはり棚見だ。

 その姿は必死に走って来たのか乱れていて、途中の木々で切ったのか服が一部裂かれていた。


 それでも無事だ。こんな状況だっていうのに、奴の口元からは余裕の口角が上がっているのが見て取れる。


「は、ははは! オレってばやったよ二人共! マジ伝説的な大立ち回りじゃん!!」


「喜んでるところ悪いけどそのまま駆け抜けて来なさい――陣を張るわ!」


 相対する巨体の疾走へと向けて両手を向けるルシオロ。

 その瞬間、この空間の四隅に置かれた蛇の像が光り出した。


 蛇の像はその光と共に巨大化すると、まるで本物の蛇のように動き出して四方からドラゴンへ向けて襲い掛かった。

 これが陣、なのか?


「ガアアアアアッ!!?」


 四頭の蛇の牙が同時にドラゴンへ噛みつき、その硬いはずの皮膚に食い込む。

 先ほどまでの勢いを完全に殺されたドラゴンは悶え苦しみ、けたたましい悲鳴を上げながらのたうち回っている。


(気休めだって言ってたのに、これって結構効いてるんじゃないか!)


 希望が見えた。少なくとも全く傷つけられない存在じゃない。


 これなら……!


 そう思ったのも束の間だった。


「うえ!? うっそ……」


 俺の近くまで走り抜けて肩で息をする棚見が、信じられないものを見るような声を出す。


 ドラゴンは何とか持ち直すと、怒りに身を任せ、その爪と尻尾を用いて蛇を砕いたのだ。

 砕け散って、かつて蛇だった石の塊が辺りに飛び散る。


(失敗したのか? 怒らせるだけ怒らせて……!)


 激情した様が見て取れる。何故なら、今までにない程の殺気を俺達へ向けているからだ。


「……何とか第二作戦の取っ掛かりには成功したわね」


「え?」


 どういう意味だ?

 意味が分からず困惑した俺は、周りの状況を把握する為に辺りを見る。

 すると……。


「光って、る……?」


 そう、砕け散った蛇の像の破片が仄かに光を放っているのだ。

 これは、まさか。


「言ったでしょ? 陣を張るって」


「飛び散った破片が陣を形成してるって事か」


 魔法の陣と聞いていたが、俺の想像していたのはドラゴンを取り囲むような光の壁的な物だ。

 確かに、どんな風に展開されるのかまでは聞いて無かった俺の落ち度でもあるのか。


「すげぇ……! ルシ姉さんってばチョーカッコイイじゃん!!」


 息が上がっていたはずの棚見はもう持ち直したばかりか、目の前の光景に興奮すらしていた。


「これくらいで感心していては、後でガッカリしてしまいかねないから控えなさい。あくまでも力を抑えるだけって言ったわよね。……ただ、少しのおまけはつけさせて貰ったけれど」


 おまけ?


 思えば、ドラゴンの怒りは変わらないが、妙に息が荒い気がする。

 若干震えているように見える、一体何をした?


「アレは覚えているでしょうね。祖先が使ったものと同じ毒を流し込まれた屈辱は……!」


 さっき蛇が嚙みついた時か!

 蛇の像の牙には毒が仕込まれていたんだ。


「ガ……ァ、ア……」


 ドラゴンの様子が更におかしくなり、痙攣しているかのように体が小刻みに震えている。


「効いているわね」


「倒せちゃえないの?」


「これで倒せるなら祖先も苦労はしなかったわ。でも、付け込むチャンスは充分に出来た」


 つまりこっからだ。こっから、俺達の本当の戦いが始まる……!

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