第2話 蜘蛛
今日も、検索を開いて、検索欄に「大阪 子供 行方不明」と入力した。単純な方法だが、警察の知り合いがいない彼に可能な、もっとも広域な情報収集だ。
そして結果を見て、溜息をついた。初っ端から、昨日と同じホームページが立ち並んでいる。二ページ目も三ページ目も、見るまでもなく四ページ目も。彼は、このやり方に行き詰まりを感じていた。
その時、閃く。「大阪」を思い切って、別の単語に変えてしまったらどうだろう。黒井はそこだけは不可分だと判断していたが、その思考には穴があった。
確かに、二人の死は大阪であるが、犯人からすれば府外に拠点を置いた方が管轄をまたぐから好都合だろうし、それに同じ場所で同じ犯罪を起こすべきでもない。また、セミナーの開催地は堺だったが、それは開催者や参加者が大阪出身であることを示すのではない。
府外という条件に合致する候補地はおびただしいこと恐ろしいが、セミナーを大阪に決めたくらいだから、そこまで離れた土地ではないはず。彼は少なくとも近畿地方だと当てを付けた。まず、どこを調べるか。
黒井は、妹の事件現場と、ママ友の自殺現場、セミナー開催場所、の中央から仮想の円を拡大していき、最初に接した地域を調べることにした。最初に、はみ出た三つの円が重なる府外は奈良県だった。詳細には、二上山周辺である。
「奈良 二上山 子供 行方不明」。単語を打ち込みながら、奈良を調べるだけで、どれだけ時間がかかるだろうと思った。その上、奈良とは限らない。いきなり正解を引く確率は低いのだ。だが必ず引かないのも、現実に即しているとは言えないだろう。
検索の結果が出る。スクロールするが、二上山の魅力を伝えるサイトばかりだった。「行方不明」にバツ印がついていることから、検索に引っかからなかったらしい。
一応、画像検索もしておく。適当に斜め見している途中、ある画面に目が留まり、スクロールする人差し指の動きがとまった。それは看板だった。
『この先 聖域につき 立ち入り禁止』
この『聖域』とは、以前に、妹が話していた『聖域』のことではないか。
「『聖域』なら、私たちは救われるのかな」。その時は、その二文字を暗喩だと思い聞き流していた。例えば、差別や偏見、因習のない世界を『聖域』と呼び、そんな世界へ飛び立ちたいと。しかし、実際に存在するとなると話は変わってくる。
写真を観察する。銀の金網に、白い鉄製の看板が針金で固定されている。青地のフォントは、その文言の公式性を主張しているようだが、非実在が肯定されているようで、むしろ不気味だ。さらに、『聖域』だけ赤く、地獄染みている。網の向こうには藪が鬱蒼としていた。
なら方法は一つ、画像の下にあるリンクをクリックした。するとブログに飛ぶ。ブログ名は『さとりの探検記』。黒の背景に白の文字、協調したい箇所だけ毒々しく蛍光色を使用しており、まるでネガになった女学生のノートを眺めているようだ。典型的なインターネット黎明期の個人ブログ。右上にある、虚の来訪者数は二人目だった。
*
ブログ主はサヌカイト採集のため片田村を訪れたらしい。なんでも、サヌカイトはとても貴重な鉱物であり、さらに貴重である、サヌカイトの石器が片田村付近で採集されたという噂を耳にしたのだそうだ。
片田村へは、相当な酷道らしく、軽自動車が様々な問題を起こしながら、目的地へ至る様子が写真とともに克明に記録されている。
主は片田村に到着すると最初に片田村歴史資料館へと向かった。まるで標識の進入禁止みたいに伸びる村の道路、直線部分の中央、つまり円の中心に、廃校となった片田村があり、その後者を再利用する形で資料館は存在している。
中では、石器が展示されており、どうやら噂は真実だったらしい。ブログの主はこの発見を、トロイの木馬を発見したようなもの、と例えている。
それから、どうも彼ないし彼女は北上して、山へ登れないか探していたようだ。さとりの手製の地図が公開されており、これによると北部に奇妙な平地があるとのこと。山の傾斜にある平らな箇所、ここは古代の採集所ではないか。
黒井は、その地図を取り込んで、
そして、ここで例の写真が登場する。『聖域』の看板が現れたのは、村をぐるっと囲う、環状道路の北側に沿って、平地まで登れそうな場所を探していた、その時だった。まず柵に囲われた地域があり、その柵の途中のあの看板があったらしい。
さとりは推理する。『この先 聖域につき 立ち入り禁止』。この『聖域』とは道路の内側にある畑のことで、『立ち入り禁止』は畑の作物を食い荒らす害獣へ向けた言葉なのではないかと。
しかし、黒井の推理は違っていた。まず看板は森ではなく道路に向いている。だから村側への忠告であると判る。そして金網の高さである。壁が、およそ二メートルと害獣用にしては高すぎるのだ。一番体高が高い日本の野生動物はおそらくヒグマであり、それにしたって 1.5 メートルもない。その上、本州には一回り小さいツキノワグマしか生息していない。この二メートルの柵はやはり、国内最体高の生物、すなわち人間を意識したものではなかろうか。それは、ぞっとする推理だった。
さて、主は帰り際、もう日が落ちそうな黄昏時、道路の奥に蜘蛛を見たという。それは遠くで、遠視もあいまって正体不明だが、ただ言えることは決してビニール袋などの見間違いではない、あれは生き物の動きだった、ということ。さとりはそれを見なかったことにして、直ちに村を後にした。
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