第12話会戦序章

水星革命軍の出撃の見送りは、ごく質素なものであった。ウラジミールとニキタ、そして数名の軍官僚がごく短い言葉を送り、そして宇宙艦に乗り込む兵士たちを目送した。ボリスとアンドレイは自分だけ安全な場所にいるわけにはいかないと主張し出征についてこようとするウラジミールを説得するのに多少手間取った。ボリスは困ったものだと苦笑しつつもあいかわらずの親友に安堵する。そして輸送船を入れて一四七隻の艦艇は規定の航路をとり、水星第十三宙域に布陣した。ボリスの旗艦ヘルメースで電測員のひとりが声を上げる。

「総司令、二時の方向、仰俯角プラス三三度の方向に敵影です」

「艦数は?」

「一二〇隻以上です」

「間違いない、地球の連中だな」

 ボリスはひとまず予定の宙域に敵を誘い込めたことに安心する。自軍の戦力は分散しておらず、なおかつ到着したのは敵の三分の一である。しかしすぐに無線によって連絡され他の艦隊がやってくるだろう。その前にこの艦隊をたたいてしまえれば、幸先がよい。

「よし、全艦前進、最大戦速、〇・六光秒の間合いまで詰めろ」

 地球側もこちらに向けて迫ってくる。拡大された艦艇画像から第一艦隊であると判別できる。彼らは獲物を見つけ猛然と前進する。おそらく味方に先んじて功を挙げようとしているのだとボリスは看破した。電測員がカウントダウンを始める。

「敵艦隊までの距離、〇・八、〇・七、〇・六」

「ファイア!」

 ボリスの咆哮がコマンドマイクを通して、全艦隊に伝達される。それはわずかに敵に先んじた。光学主砲が火を噴く。紺碧の虚空を目もくらむような光柱が切り裂いた。それは無音で駆け抜けたのち、敵艦隊に到達して爆炎と轟音に変化する。宇宙艦の一部が削り取られる。そしてわずかに遅れて敵の放った攻撃がこちらにも襲い掛かる。あるものは艦列の先頭を破壊し、またあるものは艦艇の間をすりぬけて無限の広がりの中へ消えていく。

 衝撃波が右舷をかすめ、大きく傾くヘルメースの中でボリスは指揮をとりつづけた。間断なく弾幕をしき、積極的に攻勢に出ようとする敵を防ぐ。敵味方ともに遭遇したときは三列横隊であったが、まもなく敵艦隊は両翼大きく伸ばして半包囲の体勢をとろうと動き出す。

「エイヘンバウム大佐の艦につないでくれ」

 ボリスは通信士に命令する。まもなく精悍な白髪の老人の立像が浮かび上がった。

「どうされた、総司令殿」

「御覧のとおり、わが軍は包囲されつつあります。この機を逆用して相手の左腕を食いちぎろうと思うのですが」

老大佐の目が熱を帯びて、にやりと口元をつりあげる。

「ほう、おもしろそうだな。ぜひ詳細をお聞かせ願いたいものだ」

「我が軍の右翼集団すなわち大佐の艦群が戦列を乱して後退するようにみせかけるのです。そして……」

 ボリスは自らの詐術を披歴する。ドミトリーは静かに耳を傾ける。一通り聞き終わるとぽつりと言った。

「策を立てるのにまして実行するのが難しそうですな」

「はい、しかしエイヘンバウム大佐ならできると信じています」

「ほう、どうしてそう思うのですかな」

 ドミトリーは顎を触りながら、三十以上若い提督を試すように尋ねた。

「私にできることは、大佐にもお出来になるでしょう」

 ボリスは不敵な笑みを鮮明に投影された老大佐に向ける。彼もまたはじけるように哄笑した。

「生意気な答えだが、嫌いではないですな。ではふつつかながら微力をつくしましょう、総司令殿」

 そういうと立像は投影機に吸い込まれるように消えた。ボリスはその時点で自らの策謀の結果を確信していた。たしかに複雑な艦隊運動が要求される。しかし老練の艦群司令には彼の経た年月に相当する技量がある。それは疑いようもない。

 まもなくドミトリー率いる右翼集団はにわかに後退を始めた。各艦の速度すらまちまちで指揮系統が崩壊している可能性をちらつかせる。そのぶざまさは先ほどの会話を聞いていたアンドレイが本当にまけているのではないかといぶかしがるほどだった。苛烈な攻撃から解放された敵左翼集団は、さらなる勝利の拡大すなわち水星艦隊の中央集団の脇腹にくらいつこうと急速に前進する。ボリスは名前も知らない敵司令官の喜び勇む様が眼前に浮かぶようであった。どんどん旋回しつつ距離を詰めてくる。ひけらかされた急所を鋭利な凶器でえぐることを企図して、血に飢えた獣のように迫った。しかしふりあげられたそれが目的を果たすことはなかった。彼らが敗残者として意識の外に追いだしたドミトリーの右翼集団が散り散りになることなく矢じりのごとき密集体形をとって、意図せずさらした左側方に痛烈な横撃を加えた。ばらばらに退却したようにみせかけて、陣形を組みなおしていたのだ。

形勢は一気に逆転した。敵左翼集団は混迷の渦に叩き込まれる。そのすきをついてボリスも中央集団の第二陣に回頭を命じた。逃げ遅れた元敵左翼集団はドミトリーとボリスがつくりだす苛烈でまばゆい光の乱流にのみこまれる。一隻また一隻と残骸と化し、三十分とかからず全滅した。ボリスはわかりきっていたことだが、ドミトリーの手腕に感服する。艦列を意図的に乱しつつ再編するのは、一つ一つの艦艇にばらばらの指示を出す必要があり、成功させた彼の手腕は入神の域というべきだろう。

部分的な勝利を戦闘全体に波及させるのはボリスの責務だった。生じた彼我の戦力さを生かして、今度は逆に敵を半包囲下に置こうと試みる。両翼を大きくのばすため、陣形の重厚さは失われる。敵はその欠点をつこうと後退しつつ矢じり状に艦列を再編する。火線を集中して中央を突破し、背面をつくことを企図したものだろう。しかし水星艦隊の砲火にさらされながらの再編は至難の業である。地球側の陣形が完成したころには戦力さがさらに開き、完全な半包囲下にあった。。じりじりとボリスは包囲を狭め、敵の戦闘力をそいでいく。

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