第39話 自分の命のすべてをかけて救ってくれた

私は、病院の集中治療室前の待合室のベンチにうなだれている様に座りながら、ただ、ひたすらに祈った。


― 神様、お願いです。園田さんを連れて行かないでください。 -


座っていくら時間がたったか分からなかったけど、静寂に包まれていた待合室に突然この場を切り裂くような、叫び声が耳に入ってきた。


「なんで、あなたがここにいるのよ!」


私は、この様な状況になるのは想定済みなので、ゆっくりと顔を上げて、声の主を見定めた。声の主こと、園田さんのお母さんは、初めて会った時よりも、痩せこけ、目にクマができて、ろくに化粧すらしていなかった。そのせいで、私の頭の中で同一人物と認識するにはしばらく時間がかかった。そんな、無気力に自分を見つめている私が猶更気に食わなかったのか


「なんで、なんで、あなたがここにいなければならないのよ!玲は特別な子よ、あなたみたいな、凡人が付き添うべきではないのよ!そうよ、すべてあなたが悪いのよ、あなたが玲をあんな体にして、不幸にしているのよ!出ていって!あなたがいなければ、玲は元気になってすべてうまくいくのよ!なんで、そんなこともわからないの!」


と言って、園田さんのお母さんは、手に持っていたバッグを私に投げつけると、その場にうずくまって、ポロポロと涙を流しながら、泣き出した。私は、バッグを持って慰めようと近づくと


「もう、こっちに来ないで!疫病神!あなたがいなければ、みんな幸せなのよ!あなたにできることは玲の代わりに死ぬことよ!それができないのならこの場から出て行って!」


私も、相当精神的にやられていて、園田さんのあ母さんの言葉が心に刺さった。


― 私が すべて 悪かったのだろうか? -


私が、園田さんに好意を持って近づかなければ、園田さんは元気に学生生活を送って、そして、吹奏楽部のエースとして将来はプロのクラリネット奏者として活躍していたのだろうか?


― 全部 全部 私が 悪いのだろうか? -


私のその後、どこを歩いているのか判らなかった。ただ、外は寒く、知らぬ間に空からは白い粉雪が舞っていた。私は、自分に問った。


― 私の存在そのものが 相手を不幸にする 何かしらがあるのか -


私は、ただひたすらに、頭の中で自分の悪、罪について、考えを巡らせた。そして、いつの間にか、私は、市の中央公園の中に立っていた。その時の私は体中に雪を積もらせ、左手には一枚のパンフレットが握られていた。いつの間に、配られていたのか判らなかったけど、何かの運命や宿命の様に左手にしっかりと握られていた。


私は、雪で汚れたパンフレットを見ると


― ~~~教会 クリスマス 礼拝 案内 -


と書いてあり、とある一つの言葉が目に入った


―  キリストは 我々 のために 鞭打たれ 血を流し 十字架につきました


              すべては 私たちの 罪の贖いのため    -



私は、神様が園田さんを救うためには、キリストの様に、命を捧げろという、啓示だと確信した。私は、公園を見回すと、だれもいないのに、公園の中央にそびえるもみの木だけは、堂々とイルミネーションが点灯していて、かえって寂しい風景にも見えた。そして、その場こそが私のこの世から去るには一番適した場所である様に感じた。私は、どう自分をこの世から楽に去るのがいいのか、とっさには判らなかったけど、わがままだとは思うが、痛いのや辛いのは嫌なので、凍死が一番だろうとコートと上着を脱いでもみの木を背にして座って、ただ黙って、空から降ってくる粉雪を眺めていた。はじめのうちは、恐ろしく寒くて、とても耐えらないと思っても自分の犠牲で園田さんが救われるのならと、耐えていくうちに、だんだん暖かくなってきた。


暫くしていると、だんだん眠気も襲ってきて、私は、いつの間にかあたりが吹雪いている公園の中、その中に埋もれる様に眠りについた。


― まるで夢の中の様に 私は、ただ真っ白な空間に一人立っていた。 -


「藤村君。」


私は、どんなに聞きたかった声が背後から聞こえると、園田さんがかつての元気な姿で立っていた。私は、自分の犠牲で園田さんが救われたと思い、本当に心から神様に感謝した。そして、途切れることのない涙を流しながら


「よかった、元気になったんだね。」


と、心からの笑顔、かつて病状の園田さんに送れなかった笑顔を送ると、園田さんはただ首を左右に振って


「ううん、お別れに来たの。藤村君、これから生きていくうちに多くの苦しみや悲しみがあると思う、でもね。これからの人生、私の叶えたかった、多くの人を喜ばせる、音楽をみんなに届けて欲しいの。そして、今までの藤村君の魂は完全に死んで私と一緒になったの。いい?藤村君は私と一つとなった人生を歩くの、それだけは絶対に忘れないで。」


目を開けると、いつの間にか、すぐ目の前にいたはずの園田さんがもう手が届かないところに行ってしまったのが、確信できた。そして、後で思い返すのだが私は園田さんのために死のうとしたのを、園田さんはそんな私を


― 自分の命のすべてをかけて救ってくれた -


という事を

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