第37話 私の心が裂ける
夏休みが終わり、一週間ほどが経った頃、私は、いつもより早く学校に登校して、ほぼ日課になっている空席になっている園田さんの席を見つめながら、園田さんの姿を想像しながら、ただ、黙って園田さんの回復を祈っていると、突然、私の肩をポンと叩かれた。何事かと振り向くと、そこには吉田君がにこやかな笑顔で現れて
「創君、おはよう。噂は聞いた?」
と、唐突に聞いてきた。噂?一体何のことか、さっぱりわからないので、私はただ、黙って首を左右に振った。そんな、私の反応が意外なのか、かなり驚いた顔して
「え?知らないの?結構有名な話だよ。」
私は、ほぼ、勉強や部活も身に入らなかった。ただ、園田さんの回復ばかりを願っているばかりで、本当は、毎日にでも病院へと行きたかった。けど、園田さんのお母さんがいると思うと行けずじまいで、忸怩たる思いで、ただ、黙ってうわの空で日々を生活していた。そんな私を、吉田君をはじめ部長たちも気づいてはいたが、敢えてそっとしてもらっていた。みんな、園田さんの様態が芳しくないことは、ビデオを見せたときの話は話しているので、口には出していないが心配なのは全員同じ気持ちだった。そんな、部員各々、どこか影のある重い表情が隠れている中、とりわけ今日の吉田君の表情は異常に明るかった。吉田君は、ニコニコしながら、私の手を取って
「なら、創君にとびっきりのプレゼント贈るから、着いてきて。」
と、私の手を力強く手を引きながら、急いだ様子で廊下を駆けて階段を降りて、昇降口へと連れていかれた。吉田君は、自分の腕時計を見ながら、もうそろそろなんだよなぁ、と言いながら、外の様子を見ていると、かつて、園田さんと一緒に松下楽器に行ったときに迎えてきた時と同じトヨタ クラウンが走ってきた。そして、私と吉田君の前に停まると吉田君は、私の背中を押すと
「さぁ、創君、お姫様をエスコートしないと。創君は、今までこの時を願っていたんでしょ。」
と、私に向けて、親指を立てた。私は、今の状況がいまいち飲み込めていなかったけど、恐る恐る、後部座席のドアを手をかけて開くと―
―私は、この瞬間、すべての願いが叶ったことに
この世に本当に神様がいるのなら、感謝してもしたりない気持ちで
一杯となって、自然と涙が溢れてきた―
「藤村君、せっかく久しぶりに学校に来たのに、泣いて出迎えるなんてしないで、笑って出迎えて欲しかったな。」
と、陽だまりの様な笑顔の園田さんが、私に微笑みかけていてた。その甘い優しい声がまるで、夢の中の出来事かの様に錯覚してしまった。あまりにも現実離れしているので、私は指で手の甲をつねると痛くて、夢ではないと確信できた。そして、衝動的に園田さんを抱きしめると、まるで子供様に私は園田さんの胸の中で泣き続けた。園田さんは、優しく、私の頭を撫でながら
「ごめんね、今まで本当に心配をかけて…私も、本当に会えなくて寂しかった。」
そして、互いの温もり感じながら、今まで会えなかった寂しさが和らいだころ、園田さんは、私の瞳を見つめながら
「藤村君、お願いがあるの。わがままのは分かっているわ。そのことで、藤村君に迷惑をかけるかもしれないし、辛い思いをさせるかもしれないけどいいかな?」
と言いながら、園田さんから一筋の涙が落ちた。私はその涙を手ですくうと、心からの笑顔を送って
「僕でできるのなら何でもするよ。もう会えなくなるのは、本当に嫌なんだ。」
と言うと、今度は園田さんはハンカチで私の顔の涙を拭くと、クスっと笑うと
「おあいこね。」
と言って、私たち二人は自然と笑いあった。そして、園田さんは真剣な表情が一瞬現れた後、急に顔が赤く染まって、目を俯きながら
「私の残りの一生、最後までそばにいて欲しいの。病院で思ったの。今まで誰が私のことを心から心配してくれているのか。そして、どんな時も、決して離れずにそばにいてくれる人が誰なのか。それが、私、わかったの。」
そして、園田さんは顔を上げて、うるんだ瞳で私の瞳を見つめながら
「その人が、藤村君だって。ダメかな?」
と、徐々に消え入りそうな、自信のなさそうな声で最後は顔を伏せて園田さんが言った。
私は、そんな弱々しい園田さんの頭を抱きしめると、ゆっくりとはっきりとした声で
「大丈夫、僕は一生、園田さんから離れないよ。例え何が起こっても。だって僕は園田さんが世界中の誰よりも愛しているって、自信を持って言えるよ。」
と園田さんの心に届くようにはっきりと宣言した。
園田さんは、顔を上げて泣き続けて、赤くなった瞳で私を見上げて
「藤村君…私ね。これから多分。藤村君の心を段々傷つけるとなると思うの。そして、最後は藤村君を残して私は、死んでしまうの。それが判っていてもそばにいてくれるの?藤村君は私を愛するほど、そばにいるほど、辛くなるの…それでもいいの?」
私は、自信を持ってそんな園田さんに対して大きく頷いた。
― これから 私の 心が裂ける 想いとなるとは知らずに -
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