第4話 吹奏楽部へと

私は、尻もちをついていると、園田さんは、白く細い手を差し出して


「藤村君、大丈夫?」


と、不安そうな顔で私を引っ張って立ち上がらせてくれた。


園田さんの手を握ると、やはり、ピアノなどの楽器を嗜んでいるのか、指一本一本が芸術的な作りをしてるかのような繊細な印象を受けた。もう、園田さんの手、そのものが楽器なのかもしれない。


私は少しでも園田さんに不安を与えないように、今この場でできる限りの最大の笑顔を園田さんに向けて


「ありがとう。大丈夫。ちょっと疲れているのかな?ははは…」


と、少し気まずそうな、乾いた笑い声しか出せなかった。もう、私の内心は申し訳ない心でいっぱいだった。


それを、わかってか園田さんはくるりと、ステップを踏んで夕日に照らされた窓をバックに満面の笑顔を私に向けて、ねだる様な声で


「それで、藤村君は吹奏楽部に入部してれないかな?」


もう、その一言で私には選択肢などなかった。今、現在私の過去を語っている私にも、その時の光景はありありと脳内に焼き付いている。まさに、奇跡の様な言葉に尽くせない光景だった。夕日が射す音楽室で、陰と陽のコントラストの中、光に照らされた園田さんの笑顔は明るく、しかしどこか影のある、何か人の心をぐっとつかんでしまうような、不思議な魔力がそこにあった。私はその魔力に圧倒されながら、まるで夢の中にいる様な心地で


「う、うん。僕でよかったら。」


と、自分が発する言葉が自分の意志で言ってる感覚ではなく、まるで映画でも観てるような感覚に近かった。


それを、聞くと園田さんは、私に向かって小さく手を振りながら


「ありがとう、それじゃあ、必要項目を記入して、また明日放課後、音楽室に来てね。まってるわ。」


と、軽快な足取りで音楽室から出て行った。


独り残された僕は、驚きの連続と、今の状況の把握を理解する為にしばらくただ黙って音楽室に立ち続けていた。


ーーーー翌日の放課後ーーーーー


私は、所属クラスや名前、住所などを記入した入部届を握って、独り音楽室へと歩いて向かっている。


散々、吉田君に昨日のことを言おうかと悩んだけど、吉田君は園田さんのことをよく思っていない。そのことが気がかりで言い出せずにいたのだ。そんな、気まずさが吉田君に伝わったのか、今日は、あまり吉田君と関わることがあまりなかった。心のどこかで吉田君を裏切ってしまったという罪悪感がまるで茨のように私の心に絡みつき締め付けていた。


今日は、音楽室に向かっていると、どこかで聞いたことある楽器の音や今まで聞いたことのない不思議な音色のする音など、僕の十数年の人生で感じたことのない新たな世界が近づくにすれ徐々に音共に大きくなってきた。


遠くにいると単なる雑音でしかないと思っていたが、音楽室に近づいて気づくのだが、その楽器の音色の一つ一つが音階なり、メロディーなりの繰り返しであるという事が判ってきた。私は、初めて音楽もスポーツと同じで、ひたすら同じことを繰り返して反復練習することが必要だったのだということがわかった。


私は、音楽室の前まで来ると、さあ、扉を開けるか、それとも、回れ右をして帰るか、黙って、考え込んだ。実際のところ僕の心の8割はもう、怖気づいて回れ右で帰ろうかと思っていたが、昨日の園田さんの夕焼けの一枚がそれを押し止めていた。入る、帰る、入る、帰ると悩んでいると、音楽室のほうから扉が開いた。


「「わ!!!!」」


私と、突然音楽室から現れた、おそらく吹奏楽部の人だろう人と声がシンクロした。


その人は、私と同じくらいの身長なので女性では身長はかなり高いほうでないのだろうか。そして外見は長い髪をゴムで止めた、ポニーテールの髪型で縁なし眼鏡をかけたどことなく知的なイメージを与える様な女性だった。高身長の知的美少女、園田さんとは真逆の魅力があった。


その人は、私を見るなり


「みんなぁ!また、新しい男子の入部希望者が来たわよ!」


と、楽器の音に負けないくらいの大声で叫んだ。すると、おそらく先輩方なのだろう、楽器をその場において、次から次へと女性陣が僕の周りに集まってきた。そして、矢継ぎ早に


「どこのクラスの子なの?」


「名前は?」


「吹奏楽部経験者なの?」


と、私はあっけなく集中砲火を食らった。


すると、パンパンと大きく手を叩く音がするところを見るとさっき自分と鉢合わせた人が


「みんな、静かに、静かに、興奮しないの!」


すると、一瞬にして、音楽室は静かになり、その人は微笑みながら


「驚かせてごめんね。私、この吹奏楽部の部長の松田 彩 というのよろしくね。」


私は、自己紹介のために頭を下げて


「僕は…」と言おうとすると


「創君!」


と、音楽室の奥でトランペットを握った吉田君が手を振っていた。


私も笑顔で吉田君に向かって手を振りかえしているのを部長が見ると


「お!二人は知り合いなんだ。」


と言って満面の笑顔になった。明るい雰囲気が広がっているときに


「藤村君待っていたわ。」


と窓側から甘い声がした。私は、その場を見ると園田さんがクラリネットを持って椅子に座って微笑んでいた。


そして、その一声でこの場が一瞬にして凍り付いてしまったのを、流石に鈍感な私でさえもその場の空気で感じたのだった。

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