第29話 家出と理由



 シャルを追いかけてギルドを出た後、完全に彼女を見失った。ギルドでうだうだとし過ぎたようだ。


 どこにいるのか、そんなことは分かるはずがない。俺は彼女の好みや趣味なんて知っていないのだから。


 しかし、こういうときに彼女ならどこへ行きたいのか。それはなんとなくわかる気がする。


 きっと一人になれて静かな場所だろう。意外と定番な気もするが、彼女はゆっくりと過ごせる場所が好きな気がする。これは完全に勘であるけど。


 心当たりを周り、たどり着いたのは街の丘上にある広場だ。登るのが面倒で意外と人影は少ない。その人影の一つに見覚えのあるローブ姿があった。


 街を見下ろす彼女へ近づいて、俺は声をかけた。


「よう、聖女様」


 こういったときになんと言っても声をかけていいのか、俺は意外とわからず、困ったようにいつも通り、煽るように話しかけてしまう。


 声をかけると彼女は横目でチラリと俺を見ると視線を街へ戻した。そして、何も言わずに言葉を返してこない。


 無視されるのは辛い。しかし、シャルと初めて出会ったときも彼女はひたすらに無視していたことを思い出す。


 それを思えば、無視させるのは懐かしいように思える。


「なあ、あんた。なんで家出してきたんだ?」


 訊ねると彼女は不愉快そうに俺を睨み付けて、視線を街へ戻した。どうにも答える気はないようだ。


 こうなってしまうと意地でも彼女は話さない。だから、俺も黙ったまま彼女の隣に座り込み、立ったままの彼女をよそに街を見下ろした。


 赤瓦の屋根が並び、街の中心から蜘蛛の巣状に道が広がっている。街を渡るように大きな川が一本通っており、そこから用水路が広がっている。


 実際はそこまで見えていないが、この街の地図上ではそうなっている。


 綺麗な街だと俺は思う。ホワイトタウンという名前の通り、白壁の家が特徴的な街だ。人の心も争い事から遠く、平和だ。


 貴族だとか、平民だとか、そう言ったしがらみもいざこざもない。


 みんな平民みたいなものだし、この街の領主も駆け出し冒険者の街として売り込んでいるだけに、身分の格差がなくなるように統治している。


 俺はこの街の近くにある村の出身だから、生まれてから貴族なんてものを知らない。


 貴族の家を飛び出して、冒険者としてこの街にやってきたシャルのことなんて何も想像が付かない。


 正直、貴族は俺らみたいな村育ちや冒険者よりも良い暮らしをしていると思っている。


「あんた、貴族の暮らしは嫌だったのか?」


 何も喋らないシャルに話しかける。


 彼女は幼い頃は村で過ごしていたと言っていた。それから貴族の家に連れられて育っている。


「貴族の暮らしなんて俺は知らないからな。あんたがなんで家出してきたのか、わからない」


 俺は彼女のことを知らな過ぎる。アリアやレンほど同じ時間を過ごしていないし、オリバーほど近しい関係でもない。


「……あなたの言う通りですよ。私には貴族の暮らしは合わなかっただけです」


 返事が返ってくると思わなかったので、思わず彼女を見た。彼女はチラリと俺を見下ろすように見ると、その場に座り込んだ。


「はぁー。あなたには色々と話さなければいけませんね。どうせ、今も叔父さんに言われて追いかけてきたのでしょう?」

「なんでわかったんだよ」

「護衛という依頼がなければ、あなたが私を気にかける理由なんてないですから」


 ずいぶんと俺が冷血な人のように見えているようだ。しかし、面倒なことはしたくないので、間違いではないように思えた。


「とは言っても、何も説明もなしでは護衛するにも困るでしょう? なので、説明いたします」


 小さく息を吐いたシャルは仕方なさそうに説明するように見える。


「私は実父母が健在のときは田舎の村に住んでました。私が四歳で弟が三歳になるまででした」


 過去の話を始めたシャルに俺は黙って聞くことにした。


「私が四歳になってからしばらくして村が魔族に襲われて、燃え尽きました。そのときに両親は亡くなりました」


 以前に話を聞いた際に想像していた通りの話だ。しかし、住んでいた村が魔族に襲われてしまったとは、想像よりも酷い話かもしれない。


「両親を亡くして、行く当てのなかった私と弟を引き取ってくれたのは叔父であったシオンさんでした。叔父は私と弟の養父になってくれました。私の貴族暮らしはそれからになります」


 シャルの父親やオリバーの弟に当たるシオン・シュバリエがシャルとレンを引き取った。それは以前にオリバーから聞いていた話だ。


 そして、シャルの貴族暮らしは四つになってから始まった。


「養父は公爵家の中でも武闘派であって、剣術に特化していました。だから、私と弟はと一緒に剣術を習っていました。その結果、勇者一行の一員として選ばれたのです」


 武闘派というのは初めて聞いた。シャルもレンも剣術を使うとは知っていたが、家柄で教わっていたとは。それに他の兄弟がいたのも知らなかった。


「あんたが勇者一行と旅に出たのっていくつのときだ?」

「私が十三歳のときです。それから二年半後には魔王討伐までしました」


 シャルはおよそ九年間、貴族として過ごしていた。武闘派の公爵家で剣術を学びながら。


 そして、勇者一行のメンバーに選ばれて、二年半の旅を得て魔王を討伐した。


「私は勇者一行として冒険した三年間が忘れられなかったのです。だから、もう一度冒険者として過ごしたいと思ったのです」

「それは家出してまでも、なのか?」


 俺はシャルの真面目さを考えると家出してまで行動するとは思えない。


「あんたの性格を考えると、貴族の役割を投げ出してまで冒険者になると思えない」

「……」


 貴族だって、何もしていないわけではない。この街の貴族も領主の命令でアレやコレと書類仕事や現地調査に回ったりしている。


 シュバリエ家は武闘派の公爵家。そうしたら、王族に関わる騎士などが仕事に入ってくるのではないだろうか。


 事実、レンは王国騎士団のマントを羽織っていた。おそらく騎士団員なのだろう。


 そうすると、シャルも何かしらの仕事があるのではないだろうか。

 シャルは俺と歳が同じぐらいだと言っていた。だいたい十六歳ぐらいだろう。

 だから、何かしら仕事を振られていてもおかしくない。


 その仕事をシャルが放り捨てるとは思えない。


「……そうですね。でも、私は貴族の役割を放棄したくて逃げてきたんです」


 シャルはそう言って俯いた。


 逃げ出したと言うシャルの様子に俺は思わず首を傾げてしまった。


「……逃げてきた?」

「……はい。いくつかの縁談話がありました。私は公爵家ですので、相手の家に嫁ぐことになります。私はそれが嫌で逃げてしまいました」


 縁談話。つまり、お見合いの話があるということ。


 貴族の結婚となると相手は貴族だろう。習わしという形骸的なものではなく、政略的な結婚だろう。


 それも公爵家となれば、相手はそれなりに高貴な相手になるだろう。予想するなら、同じ公爵家か、王族だろう。さらに勘繰るなら他国の貴族だ。


「私は知りたいのです。人間と魔族が関係を築いたように、私も築き上げたいのです」


 俯いていたシャルが顔を上げて遠くを見つめる。


「私は恋というものを知りたいのです」


 シャルの意外な言葉に俺は思わず口を開けてしまった。


 彼女は俺の様子に気がつくと、恥ずかしそうに頬を少し赤くさせて視線を逸らした。


 回答が予想外過ぎるだろ。

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