第21話 スライム娘と行く末
ガーゴイルの焼却が終わり、骨を砕き、灰と骨粉を土に埋めていく。面倒な作業であるが、これをしなければアンデッド化して厄介なことになってしまう。
それが終わると帰路に着き、宿屋を目指す。リリムには仕事が遅くなると伝えているので、先に宿屋にいるだろう。
それにしても風呂屋に寄りたかったが、時間がなくなってしまった。風呂屋も夜になってしまえば閉まってしまうので、寄ることができないのだ。仕方がないから宿屋で水場を借りて汗だけでも拭こう。
そんなことを考えながら宿屋に着き、部屋に戻れば部屋の中が水場になっていた。というよりも水浸しだ。
「なんじゃこれ!?」
そう言ったのは俺だったが、みんな唖然としていた。荷物には水は行っていないようだったので良かったが、床はびしょ濡れである。
「ああ、皆さん。おかえりなさい」
そう言ったのはびしょ濡れの床だった。いや、声は聞き覚えがある。今朝まで一緒に会話をしていたリリムだ。
「どうしたんだ、リリム?」
「今日はヨゼフさんとお花に水をあげて、雑草取りをしました。普段はお祈りだけだったので、お仕事のお手伝いをしたの」
「お、おう。幸せそうでなによりだ」
「はい! とても幸せで溶けてしまいました!」
幸せだと溶けて床をびしょびしょにしてしまうのか。なんとも迷惑だ。
「スライム娘は幸せだと床を濡らしてしまうのですね」
シャルが感慨深く言う。
幸せで床を濡らしてしまう……。その箇所だけ切り取って脳内で再生すると変な意味に聞こえてくる。
「すごくいやらしく聞こえるな」
「何故ですか? そもそも、なんの話ですか?」
シャルがじとーっとした目で俺を見た。
「いや、こっちの話だ。気にするな」
主に下の話です。
「はぁー。わけがわかりませんが、不快な気がします。自粛してください」
シャルに言われると俺は頬を叩いて引き締めた。
「あれ? その女の人はどなたですか?」
カイリの存在に気がついたリリムが床の水分を集めて人間の姿へ戻った。……床が濡れていたのに綺麗に乾いている。
「この人はカイリ・シュバルツさん! リリムちゃんは知らない?」
アリアの言葉に首を左右に振るリリム。魔族であっても魔王の娘を知っているわけではないようだ。
そんなことを考えているとカイリはリリムに近づき、顎をくいっと右手で持ち上げた。
「どうも。カイリ・シュバルツです。綺麗なお嬢さん、お名前をお聞きしても?」
「あわわ、わた、私は、リリム・ミリアムと、いいますっ!!」
「よろしくね、リリムさん。私のことはカイリでいいから」
「わ、私もリリムでっ!!」
あっらら〜。カイリお姉様、男前過ぎてリリムの顔が真っ赤ですわ〜。百合っすわ〜。うまうま〜。
「うわっ」
ホクホクとしていたらシャルに横顔を見られ、悲鳴を上げられた。ニチャニチャと笑ってしまったようだ。
「そういえば、カイリはスライム娘の存在って知っているのか?」
ふと疑問に思ったことを訊ねた。魔王の娘であるカイリであれば魔物、魔族について詳しいはずだ。
「知ってるよ」
「そうなのか! そうしたら、どういう特性があるとか知っているか?」
思わぬ収穫だ。カイリを助けたことで彼女からスライム娘について色々と話が聞けそうだ。
「まず繁殖機能は持たないスライムってところかしら。それでいて、人型で四肢を切り落としても再生するとか……」
「待ってくれ。繁殖機能を持たないってことは分裂して増殖しないのか?」
「うん。そうだけど」
カイリは何事もないように言うが、俺はシャルと目を合わせると頷いた。
「つまり、スライム騒動の犯人はリリムじゃないってことだな」
「そうですね。カイリさんのいたアジトが原因になりますね」
報告する際に原因として悩んでいたところが明確になった。それにリリムの容疑も晴れて、この村に彼女が滞在しても問題ないということになった。
それに気が付いていない様子のリリムやアリアに説明する。
「リリムが分裂してスライムを増やさないなら原因はリリムではなく、地下の施設だったってことだ。だから、リリムは村から出て行く必要もないし、地下施設は解体中だからスライム問題も解決する」
「なるほどねぇー。ユウリとシャルが目配せだけで通じ合ってたから、わからなかったよー」
アリアはニヤニヤと微笑みを浮かべながら俺を見てくる。よからぬことに考えを巡らせているが、俺から何か注意するつもりもない。
「私、村から出て行かなくていいの?」
「ああ、そうだぜ」
「ヨゼフさんと一緒にいてもいいの?」
「ああ、問題ない」
何度も確認してくるリリムに肯定してあげると彼女は喜びで笑みをこぼした。
「あ、でも、あらかじめ、スライム娘だと理解してくれる人がいた方がいいよ」
浮かれているリリムに釘を刺すようにカイリが言った。
「そうなのか? バレたときに釈明する人がいないからか?」
「そうだけど、心の拠り所をきちんと見つけておいた方がいいってこと」
「……安心した生活を送るためか?」
「私たち魔族は精神的なショックで見た目の変化や能力が発現するの。スライム娘だってスライムが恋に目覚めたらから発現した進化体なんだし、精神的な安定は必要だと思うよ」
精神的ストレスが影響して、魔物や魔族は進化し、形態や能力が変化する。つまり、スライム娘もストレス下で次へ進化してしまう可能性があると言いたいようだ。
「それに身近に魔族だって理解して接してくれる人がいれば気持ちも楽でしょ?」
「そうですね。でも、そうすると……」
リリムが言い淀んで俺らを顔を見た。言いたいことの見当は付いている。それを解決する方法も案がある。
「私はここにいる皆さんが理解者で、私自身も安心して一緒にいられるのですが、どうしたらいいでしょうか?」
リリムは迷うように視線をキョロキョロとさせた。
「一緒にいようよ!」
アリアは素直に真っ直ぐに答える。その答えにリリムは喜んでいるように見える。
「ま、俺は街に帰るかな。冒険者だし」
「あ、ユウリ。冷たいぞ!」
「考えなしに発言してるわけじゃねぇんだわ」
「あれ? 頭足らずでカイリさんの面倒を引き受けてませんでしたっけ?」
「……あーはいはい」
アリアにぷち怒られながら、シャルに揚げ足を取られながら鼻で笑われる。
「ふふ。私は皆さんとも一緒にいたかった」
楽しげに笑うリリムはそう言って、俺らがこの村に残らないことを理解した。
「ヨゼフさんに私の正体を話そうと思います」
リリムは俺らにそう言って覚悟を決めた。
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