第18話 黒髪少年と黒髪女性



 アリアが戦いに加わって、戦況は好転した。肉薄しながらガーゴイルの数を削っていった戦いから圧倒的な戦いになった。


 俺がガーゴイルの攻撃を抑えてシャルが捕らえる。捕らえきれないガーゴイルはアリアが牽制し、倒しきれるなら倒す。捕らえたガーゴイルは俺が倒す。


 役割を分担し、実力に見合った戦いをする。おかげさまで魔力の消費も抑えられて楽ができる。


 楽ができるっていうのは重要だ。自分の実力を十分に発揮できる。楽ができないときは余計なことまで力が入ってしまっているのだ。その力を抜いて一点に集中できるのはとても楽である。


 しばらくすればガーゴイルの群れは殲滅された。


「ふぃー、終わったー!」


 剣を納めたアリアが額の汗を拭いながら腰に手を当てた。


「マジで助かったぜ、アリア」


 俺はその場に座り込み、大きく息を吐いた。


「窓から外見てみたら、黒い鳥の群れがあったからね。つい、怪しいと思ってきてみたんだ!」

「さすがアリアです。感が冴えてますね」

「えっへへ。たまたまだよ」


 アリアは誇らしげに出るところは出ている胸を張った。


 そんなことはさておき、近くの茂みから気配がある。誰の気配なのかはメタ的に考えると敵の参謀とかだろう。


「おい、出てきたらどうだ? この茶番を見てたんだろ」


 俺は茂みに向かって話しかける。アリアは警戒してシャルはじと目で俺を見ていた。何に話しかけているのか、と言いたげな視線だ。


 そして、気配のある茂みから出てきたのはカエルだった。


「……」

「……」

「……はぁ」


 一人だけ呆れたように首を左右に振る。


 あれれ〜? たしかに気配があったんだけどなぁ〜。アリアは恥ずかしがって赤面した。


 気まずい雰囲気であるが、シャルは茂みを睨んで見回し、俺が声をかけた箇所とは別の箇所を見つめた。


「カイリ・シュバルツさん。出てきたらどうですか?」


 凛としてシャルは言うと、その茂みからカイリ・シュバルツが出てくる。


「やあ、元気そうだね」


 魔王の娘、カイリ・シュバルツは目を赤く光らせて出てきた。


 目を合わせるとヤバい。夢を見せる魔眼が発動すれば精神崩壊が起こる。


 そう思ってカイリ・シュバルツの足元だけを見るようにする。これなら目を見なくて済む。


 アリアを見れば、彼女も同じように下を向いて魔眼を見ないようにしている。しかし、シャルだけは違った。


「それほど元気もありませんよ」

「えー、そんな風には見えないなー。それで私に何か話あるの? わざわざ隠れてたんだから呼び出すには意味があるのでしょ?」


 何故、シャルはカイリ・シュバルツと目を合わせて話しているのか。そんな疑問を抱きながら二人の話を聞く。


「ええ。あなたがこの男とした約束についてです」

「一緒に暮らすってやつ?」

「はい。あなたがそんな約束を交わしたのは魔族から追われているからですか? 魔族の社会では狙われるため、人間の社会に溶け込もうということではないでしょうか?」


 シャルの言葉を聞いてハッと気がつくと顔を上げた。カイリ・シュバルツの目は未だに赤いままである。


「さあ……。もしそうならどうするの?」

「別にどうもしません。私はあなたが怪しい行動しないか疑うだけです。それにどうするのかは彼次第ですから」


 シャルはそう言って俺を横目でチラリと見た。


 シャルが行動するまで気が付かなかった。何故、シャルは魔眼を発動しているカイリ・シュバルツと目を合わせていたのか。


 そんなの俺が彼女を知ってみるって言ったからじゃないか。


 そんなことを忘れて、魔眼を発動するカイリ・シュバルツから目を逸らしてしまった。仲良くなればいいなんて言って、最初からする気すらなかったのではないだろうか。


 ……全く、情け無い。


「カイリ・シュバルツ。まずは自己紹介だな。俺はユウリ・リシュタルだ。ユウリって呼んでくれ。よろしくな」


 俺はそう言って笑うと片手を魔王の娘へ伸ばす。驚いた様子になった彼女は微笑むと俺の手を取る。


「私はカイリ・シュバルツ。カイリって呼んで。よろしくね」


 警戒するような赤い瞳は、黒くなり、俺を写していた。



 ✳︎✳︎✳︎



「はてさて、聞きたいことって何かな?」


 そんなことを言う黒髪の女性はガーゴイルを焼いている焚き火の前で俺の隣にやってきた。パッと見は二十歳ぐらいの女だ。


「聞きたいことって、俺じゃなくてシャルだろーが」

「そんなの君も気になっていることじゃないのかな?」


 カイリに言われて俺は納得する。シャルの言う疑問は俺も確認しておきたいことであった。それ以上になんで俺に関わってくるのかも気になるところでもある。


「そしたら確認でもするか。あんたは魔族に追われている。間違いないか?」

「うん、間違いないよ。私は魔王の支配するサンドリアの魔族から狙われている。まあ、それ以外からも狙われているけどね」

「ほぉう。そうすると滅亡したサンドリア以外にも魔族の国はあるのか」


 俺は意味ありげなカイリの言葉に捻くれるように答えると彼女は口角を上げて笑った。


「……まあね」

「なるほどな。それは置いといて、あんたは人間社会に混ざろうとしているのはあってるのか?」


 ひとまず、シャルの聞きたかったことを聞いていく。


「……ふふ。あってるよ。ユウリなら叶えてくれるの?」

「さあな。俺は出来るだけやるだけだぞ」

「でも、やってくれるんだ」


 カイリは俺の顔を覗き込んできて楽しそうに笑う。


「……何か悪いか?」

「別に何も悪くないよ。わざわざ私のためにそこまでしてくれるのか、って思ったくらいだよ。ただ、ユウリよりも歳上のお姉さんから言わせてもらうと、そういう気のある行動は勘違いさせるよ」

「……何を勘違いさせんだよ」

「それは鈍感過ぎない?」

「……はあ?」

「恋愛のあれこれだよ」


 恋愛のあれこれ。そう言われて思い浮かぶのはラブコメ漫画の主人公だ。


 複数のヒロイン相手にフラグを立てまくって最終的に好きな人が二人……みたいな展開から一人を選ぶ。


 ……クソ主人公だ。“キスしていい?”を“キムチしていい?”に聞き間違えるタイプの主人公だ。


 ……いや、どうやっても聞き間違えねぇよ。どうしたらそうなるんだよ。俺はそれと同じだと言われているのかよ。


「むしろ、あんたの方がおかしいだろ。初対面な奴に一緒に暮らそうとか言う方が馴れ馴れしい」

「あはは。たしかにね。でも、事象には原因がある。理由があるし、説明が必要になる。私の行動にも理由があるし、説明だってできるよ」

「それを聞いたら教えてくれるのか?」

「それは嫌かな」


 揶揄うように笑うカイリに俺は大きく息を吐いた。


「なら、あれこれを考えるのは無駄だ。あんたが詰め寄ってくるから俺は対応しただけだ」

「理詰めの塊だね」

「理屈の何が悪い。当たり前を当たり前にこなす。勘違いを犯さない。下手な想像を膨らませない。それが現実をみるにはちょうどいい」

「もう、バカだね。勘違いはして、期待はする。想像は膨らませて、夢は見るものだよ。君は遊び心が足りない」


 なんかいいように言いくるめられているような気がする。


「それより、なんであんたがそんなこと言えるんだよ」


 自国が滅亡し、父の罪を負わさられ、命すら追われる立場だ。それが勘違いして期待して想像して夢を見る。とてもポジティブに思えるとは思えない。


「……私はみんなの分まで生きなきゃいけないからね」

「……」

「それに、このまま死ぬ気はない。あいつを……」


 眉間にシワを寄せるカイリ。その言葉にはとても強い恨みが篭っているように思えた。

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