転生してもブサイクでヤバい女に囲まれています。

甘栗ののね

プロローグ

 気持ち悪い。


『大好きだよ』


 気持ち悪い。


『だから、好きだって言ってるの!』


 気持ち悪い。


『大好き……』


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


「あ、ああ……」


 真っ暗になった画面に映る自分の顔を見てスーッとすべてが冷めていく。命の熱まで冷めていく。


 人間とは思えない、けれどギリギリ人間として成り立っている醜い自分の顔が暗い画面に映り込んでいる。


 なんだろう、この生き物は。この哀れで醜い生き物は。


 なんで生きているんだろう。どうして、ここまで生きてしまったんだろう。


 何もない人生だった。本当に何もない人生だった。


 ゲームのコントローラーを握る。なんでこんなことをしているんだろうと思いながらも手放すことができない。やればやるだけ虚しいだけなのに、辛いだけなのに。


「なんで、だろうなぁ……」


 自分も頑張れば恋愛ゲームの主人公みたいになれたのだろうか。誰かに大好きと言ってもらえたのだろうか。


 マンガの主人公みたいに、アニメの登場人物みたいに、誰か、誰かに愛の告白をされただろうか。


 頑張れば、頑張れば、頑張れば。


 どれぐらい、頑張ればよかったんだろうか。


 アホらしい。本当に、アホらしい。


 後悔したって、もう遅い。


 それにどう頑張ったって自分がゲームやアニメやマンガの主人公になれるはずがない。それが現実だ。


 現実は厳しいんだ。夢なんて見ても、無駄でしかないんだ。


 なぜなら醜いから。ブサイクが夢なんて見ても無駄なんだ。現実は。希望を持てば持つだけ辛いだけだ。


 酒をあおる。全部忘れてしまおうとアルコールに溺れる。


 けれど悪いことばかり思い出す。過去の嫌な思い出だけが蘇る。


 偽物のラブレターで呼び出されて笑いものにされた春。プールに突き落とされて溺れそうになった夏。遠足のお弁当を踏み潰されお腹を空かせて倒れそうになった秋。石の入った雪玉を投げつけられ頭から血を流した冬。


 何をされても何があっても誰も助けてくれなかった学校生活。クラスメイトも先生も親も誰も助けてくれなかった。


 今でもそうだ。誰も助けてくれない。大人になっても同じだ。


 なぜなら醜いから。


 なら心だけでも綺麗でいようと努力した。けれど誰も認めてはくれなかった。


 人の嫌がることは率先して引き受けた。校外の行事に参加して、町のゴミ拾いや草むしりなどのボランティア活動も行った。


 けれど誰も見てはくれなかった。目を背けていた。見ていたとしても嫌そうな目で、汚い物でも見るような目で見るだけたった。


 見た目が悪ければ中身なんて誰も見てくれないと思い知った。


 それでも生きた。惨めで悔しくて、いつか誰かが認めてくれると信じて生きてきた。


 そして、今日42歳になった。まだ、誰も認めてくれてはいない。


「馬鹿馬鹿しい。本当に、馬鹿だ。俺は……」


 これが現実だ。クソみたいだ。


 だから現実じゃない世界に浸るのだ。けれど、いくら浸ってもフィクションはフィクションなのだ。


 ゲームの世界のあいつは自分じゃない。自分は誰にも受け入れられていない。没頭すればするほど現実とのあまりの落差に吐き気さえしてくる。


 けれど、心のどこかで思ってしまうのだ。どこかに自分を受け入れてくれる場所があるのだろうかと。アニメやマンガの主人公みたいに。


 馬鹿馬鹿しい。いい加減気が付け。


 そんな場所どこにもあるはずがない。自分が受け入れられる世界なんて、どこにもあるはずがない。


 本当に馬鹿らしい。


「俺はこのまま、このまま……」


 朽ち果てて腐り果てて死ぬだけ。ただそれだけの人生だ。


 それでおしまい。


 そんな絶望を紛らわすために酒を飲む。そんな現実から目をそらすためにゲームをする。


 けれど紛れるどころか深くなるばかりだ。目の前が暗くなっていくだけだ。


 何もかもが手遅れ。本当に何もかもが。


 もしかしたら生まれてきた時点ですでに手遅れだったのかもしれない。


『あなたと出会えてよかった。大好き』


 本当に、本当に、本当に。

 

 本当に気持ち悪い。


「気持ち悪いな、俺……」


 そんな哀れで醜い男が、死んだ。酒に酔い、ふらふらと外をさ迷い、橋から川に転げ落ちて溺れて死んだ。


 誰も助けてはくれなかった。誰にも気づかれなかった。彼を心配する人間はその世界のどこにもいなかった。


 そんな哀れな男だった。


 けれど神は見捨てなかった。


 いや、男にさらなる試練を与えただけかもしれない。


 神と言うのは本当に意地悪なのだ。


 目覚まし時計の音が鳴る。男は目を覚ます。


「朝、か……」


 目を覚ました男はカーテン越しに差し込む朝日を頼りに周囲を見渡す。

 

 そこは知らない部屋だった。部屋には勉強机が置かれており、椅子にはランドセルがかかっていた。


「どこだ、ここは……」


 男は混乱していた。何が起こったのかわからなかった。


 自分の手を見た。その手は子供の手だった。


 もしかしたらと思った。まさかと期待した。


 もう一度、人生をやり直せるのかと希望があふれてきた。


 だがその希望はすぐに絶望にかわった。


「なんで、なんでなんだよ……」


 男は窓を見た。窓に映る自分の顔を見てしまった。


 そこには醜く哀れで薄汚い顔が、よく見知った顔が窓に映っていたのだ。


 そう男は生まれ変わったのだ。同じ顔のまま転生したのだ。


 現実は非情だ。救いなんてどこにもない。


 そんな絶望の中で男はもう笑うしかなかった。

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