放課後かんばーせーしょん

芳乃しう 

第1話 バレンタインという名の世界終末の日

生徒会室は古風な様相をしている。6畳の畳敷であり部屋の隅にある床の間には歴代生徒会長の格言や座右の銘が書かれた掛け軸がかかっていた。が、しかし些か広さを伴っていないため精々4代前までしか掛け軸を置けないということもあり先日掛け軸はスキャニングされアクセスカウンタが1日10も回らない生徒会公式サイトに載せられることとなった。現在床の間には徽宗が描いたとされる「桃鳩図」のレプリカが飾られており、これは現生徒会長の「可愛い!!」の一言によって生徒会予算から購入された代物であり一時期辞任決議案が出されるほど生徒会内におけるちょっとした大事となった。会長が拒否権を発動したため決議案はあえなく否決されたが。生徒会は独裁体制を敷かれているのである。然るに生徒会には会長が持ってきたり買ってきた恋愛小説であったり恋愛漫画であったり様々なものが乱雑に設置され、6畳の部屋を圧迫していた。「炬燵」もその代物の一つであり、暖かいからと言う理由だけで置かれたものではあるが、これが問題を起こすことになる。


「トミカ」

「カーバンクル」

「ルール」

「ルーマニア」

「アリストテレス」

「スーダン」

「あ、んが着いたから負け」

「終わらせたのよ、不毛だから」

「結構面白いと思ったんだけどなー、カタカナ語限定しりとり」

「限定された範囲が広すぎて普通のしりとりなのよこれは」

「むぅー、途中まで楽しんでたくせに」

「途中と呼べる過程はほぼ皆無よ・・・起承転結で言えば起と結だけね」

「やんっ、結なんて。女の子なのに」

「・・・・・・」

冬であり、二月も半ばに差し掛かる頃であった。その日は2月の中でも暖かい日であり、しかしそうはいっても冬ではあるので寒い。なんかこう炬燵はいるけど暖房はいらないよね、と言った風な漠然とした寒さを感じる日であった。

「うへぇー今日の最高気温20度だって凛ちゃん」

現生徒会長であり生徒会予算で「桃鳩図」を買った稀代の独裁者、葵はそう呟く。

「あら、そんなに暖かいのね今日は。驚きね」

書類に目を通しながら適当に返事をするのは、生徒会の副会長、凛であった。

「全然驚いた風じゃないんだけれど・・・」

1000年前から全てわかっていたような顔をする凛を眺めてそんなことを言う。

「いいえ驚いたわ、そんなことで一喜一憂できる葵に」

「雑談ができやしないよ!!」

生徒会室に普段ならば後二人ほどいるメンバーは今日のところは用事で先に帰るとの連絡を寄越し、放課後の生徒会は葵と凛の二人がいるばかりであった。

「しかし暇だね、凛ちゃん」

葵は生徒会室にある自分が持ってきた少女漫画や恋愛小説やあれやこれやを眺めながらそう言う。

「暇なのはあなただけよ葵、私の書類が目に見えないのかしら」

凛は手元の書類を葵に見せるように掲げる。

「ごめんごめん、あとでやるからちょっと待って。あ、そうだもう少しでバレンタインだよね!!」

「もう少し話に脈略を持たせなさいよ。でも、そうね」

葵は生徒会室に飾ってある日めくりカレンダーを一瞥した。

「もう少しでバレンタインだよね?」

「世界終末の日ね」

「ううん、そんなことない」

「バレンタインは人類皆思考能力がチンパンジーになる日だと思っているわ」

「凛ちゃんのバレンタインの訳語はどれだけ荒んでいるの!」

「バレンタインって日本語で血祭りって意味じゃなかったのかしら?」

「そんな日にチョコを渡してどうするの!」

「傷口に塗るのよ、チョコを」

「怖いよ......」

「大体バレンタインの元ネタも知らないような人間が多いことは嘆かわしいことね、本当に」

「ああ、凛ちゃん世界史選択だもんね。というか元ネタって言い方もどうなの」

「元ネタは元ネタよ、かのバレンチヌスは聖人なんだからバレンタインをする人間はみなキリスト教に入信するべきなのよ」

「思想が強すぎない?」

「待ってまだあるわ、リア充みんな処刑されるべきじゃないかしら?」

「バレンタインにそこまで並々ならない感情を抱いているのは凛ちゃんぐらいだよ!」

「昔、色々あったのよ」

凛は神妙な面持ちをする。

「あれは小学生以上中学生未満の時」

「小学生の時でいいじゃん」

「小学生がバレンタインに明確な興味を持ち始めるのなんて6年生ぐらいからで私も例に漏れず5年生まではお兄ちゃんとお父さんとおじいちゃんにお母さんとおばあちゃんと作ったチョコを渡していたわ。風向きが変わったのは6年生」

「どんなふうに変わったの?」

「近所にしょうた君っていう同級生がいたのよ。よく遊ぶ子で彼はいつもドッヂボールをしようって私を誘いに来ていたわ。今思うと2人でドッヂボールってそれはもうキャッチボールじゃないかしら。彼は頑なにドッヂボールだと主張し続けたのだけどキャッチボールよね?」

「正直そこはどうでもいいよ......」

「まぁ、いいかしら。それで小学6年生になった私はいつもと同じようにお兄ちゃんとお父さんとおじいちゃんにお母さん」

「もういいよそれは!」

「ともかく作ったものを渡すのは毎年通りだったわ。ただ違ったのはお母さんがした発言」

「お母さんの発言?」

「ええ」

そう言って凛は左手で髪を一まとめにしてゴムで止めた。

「ポニーテールにしてどうしたの?」

そして左手を顎に当ててそれを支えるよう右手で肘を持つ。

「凛ももう11歳でしょ〜、ほら、しょうた君にもあげてきたら〜? いっぱい作ったしきっとしょうた君喜ぶわよ〜」

凛はドヤ顔。

「め、名演技だね......」

葵はドン引きしていた。

「ごめんなさい、話を戻すわ」

「うん。要はお母さんにけしかけられたってことでしょ?」

「ええ、そういうことね。母親同士仲が良かったから色々言われてたのよ」

「それで、渡したの?」

「渡したわ」

「え〜意外だな〜」

「しょうた君の飼い犬に」

「途端に意味がわからないよ!」

「小学生ながら少し恥ずかしかったし、しょうた君に聞いてみることにしたのよ。バレンタイン欲しいって? そしたら彼が、べ、別にいらねーし。菓子もらって喜ぶ子供でもねーし。って言ったから」

「男子特有の照れ隠し!」

「ふーん、せっかく作ったのに受け取らないんだ、このマセガキはって思ったのよ」

「口が悪すぎだよ!」

「ところでマセガキのマセって何なのかしら、マスだったら発音しやすいしいいのに」

「ませてる、のマセでしょ?ところでマスガキって何、今まで聞いたことのない言葉なんだけど」

「桝太一に似ているガキの事よ」

「いよいよ怒られるよ私たち」

「それでお菓子はクッキーだったんだけど、結局しょうた君が連れてたシベリアンハスキーにあげた、という話よ」

「へぇーまぁ色々あったんだね、凛ちゃんも」

「まだあるわよ」

「まだあるの?」

「ええ、あれは中学生以上高校生未満の時」

「だから中学生の時でいいじゃん」

「中学生にもなると流石にバレンタインをするのが当たり前というかバレンタインの1週間前になると学校中が色めき立つじゃない?」

「うん、男子がソワソワするんだよねぇー、女子でも誰にチョコあげる〜?とか言ったりして空気が弛緩するよね」

「そんなバレンタインの1週間前、私は『性的人間』という本を読んでいたわ」

「その流れでその本は出てこなくない?」

「読んでたから仕方ないじゃない」

「そうかもしれないけどさ、バレンタインの一週間前に美人な友達が『性的人間』っていうタイトルの本を読んでたら心配するよ」

「その頃の私は現代文の時間に便覧を読んで一人優越感に浸るような学生だったのよ」

「授業聞きなよ」

「あら、作家達のエピソードって面白いのよ? それこそ小説のような人生を送っているの。友人を人質にしたのに無視して師匠と将棋を指していたり、仲間の作家から青鯖が空に浮かんだような顔しやがってと言われたり、賞をくれなかった審査員に小鳥を飼う生活がそんなに立派なのかと手紙を送ったり、かと思ったらその後にどうしても賞が欲しいと嘆願書を送ったり」

「全部同じ人じゃん!」

「それでパラパラと作家の人生を見ていたわけだけど日本人でノーベル文学賞を取ったのは2人しかいないのよね」

「コロコロ話が変わるね......でもそうなんだ、もっといるもんだったと思ったけど知らなかったよ」

「その片方の人の本よ、『性的人間』は」

「ふーん、結構ちゃんとした本なんだ。どんな本なの?」

「短篇集なのだけれど私は「セブンティーン」という題名の短編に惹かれて読んでみたのよ」

「なんかポップなタイトルだね。もしかしてアイスクリームを作る話だったり?」

「いえ、どこにでもいる高校生が狂信的右翼の人間になる話よ」

「バレンタイン前の中学生が読んでたら本気で心配する本ランキング堂々の一位だよ!」

「自意識って怖いわね」

「なんか怖いからやめて!」

「とにかくその頃は毎日のようにいろんな本を読んでいたからバレンタインにかまけている暇もなかったのよ。それから今の今までバレンタインとは縁の無い生活を送ってきたの」

「そうなんだ、なるほどね......」

若干の沈黙があった後、葵は炬燵から抜け出しスクールバッグをごそごそと漁り始めた。

「?」

首を傾げる凛をよそに、葵は入念に自分の鞄を調べる。葵がカバンから取り出したのは可愛くラッピングされた小包だった。そして改まったようにそれをコタツの机の上に置き、ゆっくりと息を吸った。

「ハッピーバレンタイン、葵ちゃん。私からの精いっぱいの気持ち」

凛は小包を葵に渡す。

「えっ......」

葵は目を丸くし、その小包をゆっくりと手に取る。中にはプレーンのクッキーとトリュフチョコが詰められていた。

「実はね、作ったんだ。色々試行錯誤して、完成させたの。もらってくれると嬉しいな」

葵は少し照れたような、しかしどこまでも屈託のない笑顔をしていた。

「葵......」

凛は優しく微笑む。

「ありがとう、嬉しいわ」

小学生の時のよく分からないバレンタインも、中学生の時のバレンタインも、今日のためだったと思うと悪い気分でもない。それは凛にとって初めての純粋なバレンタインデーだった。

「まだだよ」

そう言って葵は凛に顔を近づける。

「!!」

「炬燵はね、互いの距離と気持ちを融解するの」

瞬間、葵の唇が凛に奪われる。力の上では凛の方が強いはずなのに、凛は簡単にねじ伏せられる。

「大好きだよ、凛ちゃん」

耳元でそう呟いた彼女は、悪戯に成功した子供のような笑顔を浮かべていた。

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