南タンネ村 4


 ギルドでの一悶着の後、何となくここに居るのが居心地悪くなり。

 俺とエルシェとアカリは、彼ら三人衆がギルドを立ち去ったのち、同様にギルドから出て。

 村の中央通りから少し離れた位置にある、村民だからこそ知る、という雰囲気の大衆食堂に足を運び。

 少し遅め(昼の2時くらい)の昼ごはんを、そこのカウンター席で3人並んで摂っていた。


じひゅは実は…んぐ。私達って今はここじゃない所を拠点に活動してるの。」


 カレーうどんを勢い良くズルズルッと食べるアカリは、そのような事を言う。

 そういえば、先程会った三人衆のスキンヘッドが、久々に見た、と言っていたのを思い出す。


 エルシェは、きつねそばをチュルチュルと食べながら、ええ、と言って続ける。


「ここからさらに、北に40キロ程進んだ所にある“朝川市”に位置する高校、“朝川陸上士官学校”。そこが私達の通っている高校であり、寮暮らしをしている場所でもあります。」


 が、今は春休み中なので、一度、地元に顔を出しにこようと思いまして。

 それを聞いて、ほえーなるほどぉ…と思いながら。

 男の時の一口の大きさの気分でつい口の中に入れてしまった大量のたぬきうどんを、リスのように頬を膨らませてモキュモキュと食べつつ、ごくんと胃の中に入れてから喋る。


「士官学校ってことは、軍人さんを目指してるってこと?」


 それを聞くと、アカリは、いや、と首を振って。


「私は、強くなるために入ったんだ。」


 端的にそう言うと、残りのカレースープをズズズっと飲み干して。「すんません、おかわり一つ、月見うどんで!」と、食べた食器をカウンターの上に乗せながら厨房奥に向かって言い。

 はい〜と、妙齢の女性のような声が奥から聞こえてくると、緑髪が頭巾から少し見えているおばさんがひょっこりと顔を出してくる。


「うーん。大きくなったのぉ〜。」


 しわしわのその顔を綻ばせながら、おかわり200円だよ、と言って。

 神速の手つきで麺をしゃっと茹でると、容器へすっと入れて。特製の配合で作られた醤油ベースのつゆでそれが満たされたのち、卵が最後にポツンと乗せられて、はいよと出される。


 するとアカリは、テーブル横に置いた自分の財布───ふわふわとした感じの肌触りがしそうなそれ───から200円を取り出して。

 おばちゃんに手渡しで渡してから、その新しく作られたうどんを手に取って、再び自分の前に置くと。

 いただきま〜すと言って、月見うどんの卵を割ってから、再びズルズル食べ始める。


 エルシェはその様子を見て、よく食べますね…と呟きながら、自身のそばをチュルチュル吸って。


「まあ、士官学校だからといって。将来は軍人さんにならないといけない訳じゃないんですよ。」


 だから、アカリみたいに、単に力を求めてやって来る子も多いんです。

 エルシェはそう続けると、自分のきつねそばの揚げをお上品に一口食べて。やっぱり揚げは、汁に浸っていると最高ですねと言う。


「そういうってことは、エルシェは違うってこと?」


 俺は、先程食べる量を間違えた事を反省しつつ。今度はしっかり少量のうどんを箸でとって食べながら、合間合間で質問をする。


「うーん、どうでしょう。初めは、確かに違ったんですけど。今はアカリと同じで、力を求めて勉強してるって感じかなぁ。」


 そして、彼女はソバをきつねの揚げと一緒にチュルチュルと食べると。一緒に食べるのもまた乙ですね…と呟いて、うんうんと頷く。


「ま、“中央”だったらこうはいかなかったと思うけど。その点は、わたひたちが田舎うまへ生まれで良かった所かもね。」


 アカリは、男子顔負けの速度で月見うどんを凄い勢いで食べると。俺やエルシェが、まだ一杯目のそばやうどんを食べている間に、“三杯目”を食べ尽くしそうになっており。


 うへー、いい食いっぷりだねぇ、と、おじさん心が発動してつい眺めてしまいそうになりながら。

 でも、よく噛んで食べないと健康に悪いようという警告が頭の中で出て、注意しようとするが、そこはエルシェの方が彼女との付き合いが長い間柄。

 そんな事はよく知っているので、俺が声に出すよりも先に、もう少し落ち着きなさい、と、笑顔で止める。


 するとアカリは、ヒョエッと少し声に出しながらも。わかったわかったと適当に返事をしながら、再び凄い勢いで食べ始める。


「はあ、これだから。」


 エルシェはため息をつくと、首を横に振り。仕方がない、と彼女の説得を諦めて、再び自分のそばと格闘し始める。


 そういえば、この体って機械(?)の体らしいのに、こうやって呑気に食事をしても大丈夫なのだろうか、という心配をしつつも。

 まあ、やってしまったものは仕方ないという事で。

 そもそも、モノが食べられるように作られてないなら、味蕾なんて無いだろうし。

 こうして味が理解できる時点で、この体がちゃんと食事ができる事の証左になっているはずである。


 そんな事を考えつつ。全力で食事を楽しむために、きつねうどんをその小さい口で味わうのであった。


 ん、美味しい。


「ま、わらひたち私たちがこうしてここに帰ってきたのは、んぐ。それだけが目的じゃないけど。」


 そう言って一息つくと。

 先程までの食事の勢いはどこへやら、箸の動きがピタッと止まり、アカリは少し思い詰めた表情をする。


 するとエルシェが、話してもいいんですか?と確認するも。

 …まあ、これだけ優しくしてもらったし。話をして理解されなかったとしても、諦めがつくから。

 そう言って。アカリはどこか嘆くように、しかし確かな諦観を持って、話し始める。


 実は───


「私たちは、2年前に消えた“親友”を探してるんだ。」


 アカリは、自身が食べた月見うどんの皿を見つめながら。一つ一つ思い出すように語り出す。


「あの日は別に、なんて事のない一日だった。」


 3人で一緒に、遊び場だった星見の塔に、自転車をみんなで漕いでいって。

 まだ、星の力を失って久しくなかったそこは、中に入ったり登ったりしても問題ないくらいの耐久性が残っており。

 何にもないけど思い出だけは詰まったそこで、何度も遊んでいたものだった。


 魔物も全然近寄っては来ず、居たとしても小さくて単体のものがせいぜい。

 魔物は、“戦わなければ脅威じゃない”。


 出会っても、逃げて撒けるくらいの魔物しかいなかったあそこは、閉塞的な村に住んでいた私たちにとって、大事な思い出の場所の一つだったんだ。


 だからこそ、全く実感が湧かないまま、起きてしまった出来事であって。


「ただこの場所じゃあ、たまに起こる事件のうちの一つでしかない。」


 ある日突然、魔物に襲われて居なくなってしまう、なんていう話は枚挙にいとまがないし。

 全体的に見れば、そこに住む人間が毎日がくじ引きの抽選を行なって、当たりくじを引いた奴が死ぬ。

 たったそれだけの、そしてそれ程のシビアでいて、どうしようもない話であり。


 そして、親友がたまたま、それを引き当てた、という話しであって。


「大人連中は、みんなそう言ってるんだよ。“迎え”が来ただの、今頃は天で楽しく暮らしてるだの。」


 言い方には色々あるけど、みんな口を揃えて言ってるんだ。“アイツ”は死んだって。


「私も、最近はそう思うようになってきたんだ。

 …だって、2年。2年も経ったんだ。目を離した隙に居なくなっていたアイツがもし、消えたあの日は生きていたとしても。もしくはその次の日、そのまた次の日も生きてたとして。

 でも、何の音沙汰もなく2年が経ってたら、そりゃあ、そういう事なんだろうなって。」


 それくらいの長い時が経ったんだ。私もエルシェも、その事実を飲み込める…いや、飲み込めてしまうほどに。


「だから、今は。強くなって、魔物とちゃんと戦えるくらいになって。そして、親友のいなくなった足跡を探して───アイツを弔いたい。」


 そう思ってるんだ。

 そう言う彼女の表情はどこか悲壮的であり。その事実をどうしても飲み込みたくないという思いが、心のどこかにはあるけれども。

 それを信じさせてしまう程の、ただそこにある“現実”が目の前にあって、それを信じるしかないと思っている。


 そのような印象を、俺は彼女から受け取った。

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