14 魔法の授業は体験型で


 エルファレス家にやってきて早十日ほどが経過した。

 貴族のお屋敷や習慣にも少しずつ慣れたところで、ようやく私にもお勉強の時間が設けられることに。


 いやー、焦った。なんでかって? このままだと永遠になんの勉強もさせてもらないんじゃないかってレベルで甘やかされるからだよ……!


 本来の目的を忘れてはならない。私は一応、魔力暴走を起こさないよう、魔法を学ぶためにベル先生の養子になったのだということを。


「魔力暴走は心が乱れることで引き起こされるからね。まずはルージュに穏やかで平和で幸せな生活をさせることが最優先なんだよ」


 とは、ベル先生のお言葉。いやわかるけど。わかるけどさぁ。限度ってものがあるんだよ。


 なので私はこう言い返してやったのだ。


「退屈すぎてストレスが溜まっちゃう。そろそろ爆発しそうだよ、ベルせんせ」


 ……とね。

 それを聞いたベル先生は少しだけ笑顔を引きつらせながら「言うね」と面白がって笑ったっけ。


 ベル先生は私がそこまで学びたいと思ってるとは考えてなかったみたい。割と本気だよ、私は。


 まぁいい。結果としてその後すぐに勉強のスケジュールを組んでくれることになったから。


 魔法の授業が二日、マナーの授業が一日、一般教養の授業が一日、というのを間に休みを一日ずつ挟んで行うという。


 正直、休みが多すぎじゃないかとも思ったんだけど、そんな私の考えを読んだベル先生が「どの授業にも宿題が出るから」と言うので納得した。

 あとでオリドから、宿題はなめてかかると痛い目をみる、とアドバイスされたので気を引き締めようと思う。それでリビオは痛い目をみたのだそうな。同じ轍は踏むまい。


 というわけで、本日は魔法の授業初日です。髪はアニエスがポニーテールに結ってくれた。邪魔にならなくてとてもいい。


 気合いを入れてベル先生の部屋のドアをノックすると、すぐに返事が聞こえてくる。それを確認した後、アニエスが開けてくれた。


「時間ピッタリだね。やぁ、今日も一段とかわいいな、ルージュ。その髪型もとても素敵だよ」

「あ、ありがと、ベルせんせ」

「照れた顔もかわいいね」


 くっ、眩しい。銀髪もそうだけど爽やかなイケメンスマイルと陽のオーラが。リビオと一緒!


 ママもオリドも、二人ほどじゃないというだけでしっかり陽のオーラを放っているんだけどね。エルファレス家が太陽なのだと思う。


 ちょっとだけ待ってね、と言うベル先生を、薄目で見つめながら私はその場で大人しく待った。


「よし。じゃあまずはここに座って。簡単に魔法について説明するから」

「はい」


 ベル先生に言われた通りに移動すると、タイミングよく椅子を引いてくれた。おぉ、紳士な行動。


 でも背が足りないので座る時によいしょ、と手を使うことになるのが残念だ。


 もう少し身長も伸びればスマートに座れるだろうか? それともこの背丈でもスマートに座れる方法があったりして。マナーの授業で聞いてみよう。


「じゃ、まずは魔法がどうやって発動するか。その理論からざっくり説明するよ。と言っても、ルージュはまだ五歳だからね。わかりやすくまとめてあげる」


 お気遣い痛み入ります。ある程度のことは理解出来るとは思うけど、脳はどこまでいっても五歳なので限界はある。

 今たくさん知識を詰め込んでも、すぐ忘れちゃうとかね。


 理解はできるのに、覚えていられない。どうも記憶の優先順位というやつが無意識に働いているのか、脳の容量をオーバーすると、いらない情報から忘れていってる気がするんだよねー。


 これまでの経験上、大事なことは成長とともに思い出せるけどね。その分、他のことを忘れたりもするからなんとも言えないけど。


「じゃ、教えるね。身体に巡るあったかい何かを感じて、集めて、ばーんと出す。以上!」

「……」


 理論とは。


 ベル先生、もしかして先生に向いてない説……? それともベル先生の中で、五歳児の理解レベルはその程度だと思っているとか?


「わかったかな?」

「わからない」


 即答した。ベル先生は目に見えてがっくりと項垂れている。


 いや、だって。今のは本物の五歳児でも理解出来ないと思うよ。何が何だかわからないっていう。


「ごめん。僕って極端なんだよね……専門用語を並び立てるか、今みたいになるか」

「なるほど……」


 こういうタイプの人は、頑張って口頭で聞こうとしても時間の無駄だ。そもそも理論を理解して、という方法は私にも向いていない。

 どちらかというと身体に叩き込むタイプなので。頭を使うことは苦手なんだよね。


 ……馬鹿じゃないよ? そう、決して馬鹿ではない。


「ベルせんせ、話は難しいからやって見せて。あったかい何かもわからないから、実際に感じてみたい」


 職人の技を見て覚えるように、体の動かし方を実際に動いて覚えるように。体験は何よりの学びだ。


 それにベル先生にも私にも、その方が合っているはず。理論がどうのはもう少し大きくなってから学ぶので、今は後回しにしましょ。


 決して勉強が嫌いなわけじゃないけど。……ないけどね。


 私が両手を差し出したのを見て、ベル先生は暫し呆気に取られたようにこちらを見ていた。でもすぐにニヤッと口角を上げる。悪い顔もダンディーだねぇ。


「いいね。そうしよう。ルージュは良いアイデアを出してくれるなぁ」


 伊達に百年以上(体感で)生きてないからねー。


 と、いうわけで早速ベル先生は私の前に椅子を引っ張ってくると、膝をつき合わせる形で向かい合わせに座った。


 そのまま差し出していた私の両手をそっと取ると、ニコリと微笑む。

 おぉ、意外と手が大きいなぁ。私の手が小さいのか? 五歳児だし。

 男の人の手にしては細い気もするけど、ガッシリはしている気がする。


「今から僕の魔力をルージュに流すね。害はないけど、人によっては気分が悪くなる人もいる。何か感じたらすぐに言ってくれ」

「うん、わかった」


 私が頷いたのを確認したベル先生は、じゃあ流すねと一言告げると少しだけギュッと握る手の力を強めた。


「ひゃう」


 すると、一秒も経たないうちに手がムズムズするのを感じた。変な声が出た。


「おっと。まさかもう感じたのかい? すごいな……」


 私が声を上げたからか、ベル先生はパッと手を離した。途端にムズムズもなくなってスッキリする。ホッ。


「人の魔力を感知できるようになるのも難しいことが多いんだけど、心配はいらなかったね」

「そう、なの?」

「そうさ。僕だって君と同じ年頃の時、数分はかかったよ」


 数分か。ん? ベル先生で数分?


「一般的には数日、鈍い人は十日ほどかかるね」


 わぉ。

 ちなみに、この感覚というのは生まれつきの要素で決まるという。

 感覚が鋭ければ鋭いほど、魔力を感知しやすい。それは魔法を使う上で大きなアドバンテージになるという。


 もちろん、鈍い人がダメというわけではない。鈍い方が大胆で威力のある魔法を得意とする傾向にあるんだって。


 向き不向きってことだね。優劣をつけないところが実に好ましい。


「ま、君の場合は魔力量も凄まじいから、繊細かつ高威力の魔法をぶっ放せるポテンシャルを秘めているということだ」


 ……つまり、私ってば魔法の才能に恵まれているってこと? 何度も人生をやり直してきたけど、生まれて初めて知った新事実である。


 ほぇー、まだまだ自分のことでも知らないことってあったんだなー。ビックリである。

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