8 うるさいのと、兄と姉


 このうるさいヤツをどうしようかと遠い目になったところで、リビオが急に騒ぐのをやめてこちらを見た。

 警戒してさらに体を縮こませてしまう。


「まぁいいや。妹でも、ずっと一緒にいられるならそれで」


 コイツ……! 嬉しそうに頰を染めて微笑んだりして!


 散々ギャーギャー喚いた後、勝手に自己完結したよ。しかもずっと一緒にいる気だし。

 兄妹でもずっと一緒にいるわけじゃないと思うんだけど。


 まぁいい。静かになったんなら。やれやれ。


 どの人生で出会ったリビオも、自分から色々と話してくれるタイプではあった。

 でもまさか、子どもの頃からずっと変わらないとは。成長していないとも言う。


 薄々感じていたけれど、リビオは圧倒的な太陽タイプだ。月どころか闇になりかけている私には眩しすぎる。


「とにかくさ、ほら! 朝食できてるから、食べに行こうぜ! お腹空いてるだろ?」

「え、あっ、ちょっと……!」


 リビオはニッと歯を見せながら笑うと、私の腕をグイグイ引っ張り始めた。


 だーかーらー。今の私の服装が見えてないの? まだ寝間着なんだけど?


 もー、やっぱり保護者の方ー! この暴走少年をどうにかしてー!


「あ、いてっ!」


 脳内で助けを呼びつつ必死で抵抗していると、急に彼の背後から誰かがぬっと現れた。

 その誰かはぺしんとリビオの後頭部を叩いたようだ。お、ナイス。


「まったく。食事の席に来ないと思ったらレディーの寝室で何をやっているの? 見た限り、この子はまだ起きたばかりじゃない」


 やっと保護者が来てくれたらしい。はぁ、良かった。そうなんですよ、私はまだ起きたばっかりで……。


 っていうか、この子。リビオにそっくりじゃない?


 色素の薄い茶髪といい、水色の瞳といい、顔の造りといい、何から何までリビオだ。同じ顔が二つある。


 あ、でもよく見ると、リビオの特徴的な二つの泣きボクロはないみたいだ。

 代わりに、彼は右寄りの口元に一つホクロがある。


 ……将来のリビオの姿を思い出すに、彼もまた成長したらかなりのイケメンになる。

 きっと、その口元のホクロがリビオにはなかった色気を醸し出すに違いない。


 いやはや、末恐ろしい兄弟だ。


「君が妹になったルージュだね。初めまして。僕は長男のオリド。見ての通りこいつとは双子だよ。リビオが迷惑かけてごめんね」

「い、いえ」


 オリドはとても物腰の柔らかな少年だった。リビオが暑い日の昼間に輝く太陽なら、オリドは早朝にみんなを起こしてくれる爽やかな太陽って感じだね。

 ゆったりとした口調ながら、リビオに対して有無を言わさぬ迫力が感じられる。


 今もなんでだよー、と暴れるリビオをゲンコツひとつで黙らせていた。頼もしいけど本気で怒らせたら怖そう。


 失礼なことを考えていたから、くるっとこちらに振り返ったオリドと目が合った時に思わずビクッと肩を震わせてしまった。

 けれどオリドはふんわり微笑みながら、親切な声をかけてくれる。


「メイドがそこで控えているよ。色々とお世話をしてくれる。僕らは朝食の席で待っているから、焦らずゆっくり支度しておいで」

「ありがとうございます……オリド、様?」


 呼び方に迷って疑問形になってしまった私に、オリドはクスクス笑った。


「オリドでいいよ。お兄ちゃんになるんだから。あ、お兄ちゃんでもいいよ」

「ずるいぞ、オリド! ルージュ、俺のこともリビオでいいからな」


 騒ぐリビオの腕をオリドがグイグイ引っ張りながら、ようやく部屋を出て行った。暴風が通り過ぎた後のようだ。


 ドアが閉まると、苦笑を浮かべているメイドさんと目が合う。

 肩をすくめている様子から、彼女もどうしようかと迷っていたのがわかった。お互い、大変でしたね……。


 兄、か。うん。穏やかなオリドのことなら、お兄ちゃんと呼んでもいいかもね。


 それから私はメイドさんの手によってあっという間に身支度を整えられていった。

 メイドさんはとても優しい人で、名前をアニエスというらしい。


 アニエスは気さくなお姉さんといった感じで、ヴィヴァンハウスでよくお世話をしてくれた年長者を思い出した。

 もちろん、ハウスのお姉さんたちよりずっと礼儀正しくてお上品だけど。

 でも今の私にお姉ちゃんがいたら、こんな感じかな。


「えっ、アニエスは子爵家のお嬢様なの? アニエス様って呼んだ方がいいのかな……」


 最後に服装を整えてもらいながら、会話を続ける私たち。

 アニエスはやっぱり貴族だったんだね。まぁ、当たり前か。


「いやですわ、ルージュ様。貴女はもうエルファレス家のご息女ですもの。私が仕えるべきお方ですわ」

「でも……ついこの間までヴィヴァンハウスの子どもだったんだよ? 卑しい身で偉そうに、とか、ならないの?」

「ルージュ様……どこでそんな言葉をお聞きになられたのですか」


 おっと、幼女らしからぬ言葉選びだったかもしれない。


 アニエスはどこか心を痛めたように胸の前で手を組むと、少し考えてから言葉を選ぶように口を開いた。


「ルージュ様は、とても聡明なお嬢様だとお聞きしました。理知的な目や話ぶりに、私もその通りだと思います。きっと、私が上辺だけの言葉を連ねても納得しないのでしょうね」


 そこまで言うと、アニエスはとても優しく微笑みながら私の手を両手でそっと包み込んだ。


 ああ、この人。

 この人も、すごく有能な人だ。とても頭が良い。そう思った。


「ですから、ルージュ様を五歳の幼い子どもではなく、対等に、正直に申し上げましょう。私は、エルファレス侯爵家の皆様を尊敬しています。ですから、旦那様やご家族が貴女を受け入れたというのなら、その決断を何より信用するのですわ」


 なるほど。そういうことなら納得できる。

 そして、彼女が心の底からエルファレス家の人たちを敬愛しているのが伝わって来た。


「確かに、今はまだルージュ様ご自身に対してはそこまで尊敬の心を抱けておりません。けれど、それはまだ出会ったばかりだからだと考えていますわ」


 確かに今初めて出会って、お話しているもんね。私だって、まだアニエスが本当はどんな人なのかわからないし。


 何も知らなくて当たり前の状態で、無条件に敬う心を持たれる方が警戒する。この人は、とても正直だ。


「旦那様がぜひ娘にと言うほどのお嬢様ですもの。ですから、大事にされるべきお人だと信じているのですわ」


 うん、やっぱり信用できる人だと思う。

 もちろん、この先に考えが変わることもあるかもしれないけど。少なくとも、第一印象はとてもいい。

 そうなると、私の答えは一つである。


「わかったよ。じゃあ、私はベル先生の信用を裏切らないようにがんばるね」


 アニエスが信用しているベル先生が、私を信じて養女にしてくれたのだ。私が信用に応えるべきは、ベル先生なのだろう。

 そうすれば、おのずとアニエスからも信用を得られるということだ。


「……やはり、ルージュ様は聡明な方ですね。とても五歳とは思えません」


 目を丸くして驚いたアニエスは、すぐにふんわり微笑んで冗談めかすようにそう言った。


 ああ、まぁ。

 冗談でもなんでもなく、実際に年齢通りではないんだけどね。ははっ。

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