<第七話> 変容

鉛のように重い体と心に鞭を打ち這いつくばるようにして学園に向かう。

教室につくや否やクラスに羽衣花の姿を探すが見当たらない。

嫌な予感がする。

自分は今こうして生きているのだから、夢での出来事は現実には影響を及ぼさないことは明白だ。

それだというのに、不安と恐怖が一向に収まらない。

スマホでメッセージでも送ろうかと思ったその時だった。


「おはよ!!」


後ろから肩を叩かれた。

恐らく驚きよりも聞き覚えのある声がもたらす安心感の方が勝ったのだろう。

その場にヘタリ込みそうな程安堵感に包まれる。

肩を叩いたのは彩音羽衣花だった。


「良かった……」


また心の声が漏れる。


「……???」


夢も含めれば羽衣花を困惑させっぱなしだな。

そういえば今更だけど、なんで夢に羽衣花が……?


「いや……何でもない!気にしないでくれ」


「なんか最近だいじょぶ?」


演技派じゃない俺は明らかに何かある奴の反応しかできなかった事を後悔することもなく、何となくはぐらかして自分の席に戻るのだった。



――――――――――――



その後の授業も何もかも夢のことで頭がいっぱいだった。

自分が殺される夢なら幾分マシだっただろう。

なぜなら死ぬその瞬間には目を覚ましているから。

やはり考える必要もなく、友人の負傷は見るに絶えないのだった。

完全に悪夢という他ない。



あの夢ってもうただの夢じゃ説明つかねぇよな



旭はひとつ思い当たる節があった。

自身はまだコア能力を自覚しておらず、把握している能力がその他2つだけなのだ。

ということは、あの夢が特別なメッセージを伝えているとするのならばあれは紛れもない自分のコア能力によるものだと言える。


自分の夢を細かく分析する。

幸いにも夢とは思えないほど、明確な意識のおかげでまるで現実で起きたことのように記憶している。


昨日と違ってたのは、まず羽衣花が隣にいて、

魔術師の現れる場所が前から後ろに変わってて、

俺を殺した魔術が変わってて……


まずなんで羽衣花がいたのかだよな……

そういえば昨日一緒に夢の話を……



思い出した途端に全身に悪寒が走る。

自身の謎を一挙に解決してしまうような、そんな恐ろしい仮説が旭の中で生まれた。



つまり……"夢での出来事は現実には影響を及ぼさない"んじゃなくて、"現実での出来事が夢に影響する"のか……!?


そのさらに先の事など、考えたくもなかった。

その夢の先にある『現実』の恐怖を。



――――――――――――



俺は放課後真っ先に、情報室へ向かった。

羽衣花の友達の篠崎由香に会いに行くために。


「篠崎!いるか……?」


ドアを開けるとPCの前で、コーヒーを飲む女の子がいた。

篠崎由香

薄茶色のショートヘアーにほとんど表情の変化を見せない大人しい性格で、インドア。

その容姿からやはりかと思わせるほど、頭が良い。

能力にも詳しく、私有地化した情報室の一角のデスクでPCを見て何かをしている。


そんな彼女に会いに来たのは、やっておきたいことを同時にすることができるからだ。



「旭さん?どうかしました」


「篠崎……頼みたいことがいくつかあるんだが大丈夫か?」


「いいですよ」



篠崎由香には穏の勧めで何回かコア能力を自覚できないか色々な実験に協力してもらったことがある。

今回の夢との関連性に関しても聞きたかった。


「まず……俺のコア能力がわかったかもしれない」


「ほんとですか……?そんな急に……」


「後で説明するけど、多分このタイミングじゃないと分からない能力だったんじゃないかって……」


由香の席の向かいのデスクの椅子を引っ張って、由香の近くに座ろうとした時だった。


「由香。こいつを少し……あれ?」


情報室に大量の飲料水を抱えて神谷穏が入ってきた。


「どうしたんですかその飲み物の山は」


「腕相撲大会の優勝景品!お前にも分けようと思ってな。てかなんで旭がここにいるんだ?」


由香と穏2人は家が近く数十年の幼なじみで、放課後でもこうして気軽に接している事に不思議はない。

むしろ俺がいる事が違和感でしかないだろう。


「俺のコア能力がわかったかもしれないんだ」


「お!?まじ?聞かせてくれ!」


デスクの角に軽く体重を乗せて座ると、脇にある飲み物の山からひとつ持って開け、飲み始める。


「今から話すことは取り敢えず羽衣花には言わないで欲しいんだ。理由はすぐに分かる」


「あ、あぁ」


その後、俺は2日連続ほぼ同じシチュエーションで魔術師に自分が殺される夢を見た事、その夢が現実になるかもしれないこと。


そして自分の死期を見せるのが自分のコア能力かもしれないということ。


それで自分の死期に羽衣花を巻き込んでしまうかもしれないことを話した。



「完全に俺が巻き込んだ。安易に夢のことを話したからだ……」


「落ち着いてください旭さん。まだ決まったわけじゃありません。それでお願いしたいことっていうのを聞いても?」


「その事なんだけど、今日からいつになるかは分からないけど俺が魔術師に殺されるまで羽衣花を放課後見ておいて欲しいんだ。帰りに一緒にカフェに行ってもらうでも、図書館で勉強してもらうでも……とにかく俺に着いてくるような事がないようにしてほしい!!お願いだ!!」


「あと2人も俺に着いて来るようなことはしちゃダメだ。魔術師に一緒に狙われる」


「ちょっとまってくださ……」


「待てよ。旭」


穏と由香が同時に、声をあげる。


「それじゃ何も解決しないだろ。お前はどうすんだよ。聞いた内容じゃお前は何も出来ずに死んじまったんだろ!?何か策でもあるのか……?」


「それが2つ目の頼みなんだ……俺を魔術師に勝てるくらい強くして欲しい……!俺だって出来れば死にたくは無いんだ……でも優先順位は1つ目のお願いが最優先だ。俺の命は最悪……」


転生者である旭は、超能力に憧れこの世界に来た。

何もなせなかった挙句友人の命を奪うくらいなら、1度死んだ命など惜しくはなかった。

全く心残りがない訳では無いが。


「クセェこと言うなよ。わかった。俺はあの暗殺者一家の能力者だ。能力頼りの部分もあるが、多少なら力になれるかもしれない」


「ありがとう……穏……」


「旭さん……ちょっと聞きたいんですけど、さっき言っていた夢のことを話すと巻き込んでしまうというのはどういう意味ですか?」


旭はその質問の意味を考えたがどう答えればいいか分からない。


「俺が夢の話をしなければ夢に登場することは無かったっていう……」


「うーんと……ただ夢のことに関して他言しただけで、強制的に死期に巻き込んでしまうと言うならば、ここでその話をした私達も今日の夜の夢で巻き込まれるということに他ならないんです」


旭はその言葉を聞くとまた背筋が凍った。

違う。

そんな意味で言ったんじゃない。

ニュアンスが少し違うのだろう。

違う。

多分自分と彼女に認知の齟齬が……


考えるほどあの夢を思い出してしまい、全身寒気がする。

頭を抱えて悩むも答えは出ない。



「思い出してください。きっと夢を話すだけじゃ人を巻き込んだりしないです。だからこそ旭さんは私達に話してくれたんです。羽衣花さんとの会話に鍵があるはずです」


夢での出来事が強烈すぎてきっと忘れてしまっている。

昨日の些細な会話が、結果的に彼女を苦しめてしまったんだろう。

夢にいた時少し脳内にチラついた理由があったはずだ。

夢の恐怖に囚われ忘却の彼方に放られた記憶が……



「傘……!!!」


昨日の彼女との会話を思い出した。

実際夢では一日目には持っていなかった傘を2日目では所持していた。


「雨の日に……傘を貸してくれる約束をした……」


「約束ねぇ……」


「なるほど。恐らくそれがキッカケでしょう。旭さんの言う通りに現実が夢に影響した結果でしょう。多分単純にその日、傘を借りようとしなくても羽衣花さんの方がその約束を思い出して一緒に帰ることになるということも考えられますね」


「まだ確定した訳ではありませんが、もしも夢が現実に起こる事象の予知に近いものだとするのなら、今日から発言行動の1つ1つに細心の注意を払った方がいいと思います……」


「つまるところ時間逆行とは違った、刻一刻と迫る"その日"への限られた試行回数を踏み台にする抵抗って訳か」


「夢が何回見れるのか、何時間まで見れるのか色々気になりますけど……」


「結局はその夢での出来事がいつ起きるかってことだよな……夢の中じゃ日付も何も確認できなかったんだよな……?これじゃいつか……」


「いや……待てよ。傘ってことは雨が降ってたってことだろ?なら……」


穏はポケットからスマホを取り出すと、数十秒の操作ののち、画面を旭に突き出した。


「直近1週間の天気予報だ。一日だけある雨の予報は、4日後の7月13日だ」

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