第7話 次々に襲い掛かる苦難


「くぅ! 敵、だと?」


 レグナスは右腕で崖に掴まりながら周囲に視線を這わせる。

 すると、川の上流の方から谷の間を滑るように飛んでくる何かが見えた。


「鳥――?」


 いや、鳥にしては何か変だ。が、今は遠くてどう「変」なのか、はっきりわからない。

 しかし、そいつは一直線にこちらへ向かって滑空してくることだけは間違いないと感じた。


「ちぃ! 間違いない! アイツが「敵」だ!」


 しかしこの態勢では対応のしようがない。体当たりを食らわされれば間違いなく谷底の川へ真っ逆さまだ。あるいは、掴まれれば抗いようがない。


「ぐうおおお! のぼれぇえ!」

必死に左手も伸ばし、何か手がかかる場所を探すが、それらしき「手がかり」が見つからない。


 そうしている間にもその「敵」が迫ってくる。

 

(なんだぁ!? 犬? 猫? い、いや! 虎かぁ!? 虎に翼が生えてやがる!)


 それがどのような姿かはっきり視認できるほどまでに近づいているのだ。

 

(――しかも、でかい!)


 大きさもだいたいわかりかけてくると、通常の虎よりも二回りほど大きいことに気が付く。


(どうする? このままでは――)


 レグナスは足元をもう一度よく見る。すると、崖の途中に少しだけ突出している場所を発見した。

 高さ的には、少し無理をすれば飛び降りれない高さではなさそうだ。

 このまま右腕を放し、少し斜めに方向を変えれば、飛び移れる――?


(くそう! もう考えてる時間はない――!!)


 南無三――。


 レグナスは意を決して、右腕を放した。放す前に少し体を振って、斜めに落下するように仕向ける。


(――と、ど、けぇ!!)


 どん――! がぁ! ごろごろ……。 


 地面に打ち付けられる音と、レグナスのうめき声、そして体が反動で転がる音――。


 ぎゃあああ――ん!!


 そして、やつの「声」が響いた。


 どうやら、突起の横には洞穴があったようで、レグナスは数メートルその穴へ転がったようだ。

 穴の入り口でバタバタと羽音がし、ぎゃああんと、再びあいつの咆哮が響く。

 そいつは穴から首を突っ込んで、こちらを威嚇するが、どうやらそれ以上穴の中には入ってこれないようだ。


(ふぅ、助かった――か?)


 それにしてもこの羽虎、でかい。


 頭だけでも、レグナスの身長の半分はあるだろう。


 ぎゃああん! と、再び咆哮をあげると、羽虎は頭を洞窟の入り口から抜いて、飛び去って行った。羽音が徐々に遠ざかるのが分かる。


 なんとか、やり過ごした、か――。

 しかし、これからどうする――か。


 洞穴の入り口に戻って、万一にも待ち構えていられたらおそらく一巻の終わりだ。あの大きさだから、爪などで一撃喰らえば、さすがに生きていられる保証はない。

 それにあの頭に噛みつかれれば、体の一部を完全にもぎ取られてしまうだろう。


 いずれにしても、やらないでいいならその方が一番安全だ。


 となると――。


「進むしか、ないよなぁ――」


 レグナスはその洞穴の先に視線を落とした。

 左腕の手甲はまだ出現したままだ。


「手甲がこの状態のままってことは、まだ気が抜けないってことだよなぁ」


 洞窟の入り口にまだアイツがいるのか、それとも、洞窟の先に別の何かがいるのか――。


 どうするか――、と考えてもやはり答えは決まっている。

 結局は進むしかない。


 そう意を決した時、手甲が輝き始めた。

 相変わらずその色は禍々しい紫だが、かなりの明るさなので、紫でも気にならない。

 どころか、洞窟内がしっかり照らされて、視界が10~15メートルほどは確保できるようになった。


 その洞窟の先の闇の中にちかちかと光る光体が幾つも見える。

 ゆらゆらと揺れるそれらは、まるで、故郷の川で見た「蛍」のような光にも見えた。

 

(蛍――か?)


 しかしよく目を凝らすと、「蛍」にしては大きい。


 まさか――、な……。


 レグナスは怖気おぞけに見舞われる。その「蛍」たちが一瞬完全に


 ぎゃぎゃぎゃ――!!


 あの「鳴き声」が発せられると同時に、「蛍」の少し下あたりに白く輝くものが見える。「歯」だ。

 そして、次の瞬間、その「蛍」たちが一斉に押し寄せてきた。


「まじかよ! あの『緑のやつら』か!!」


 しかもさっきよりだいぶん多い!!

 「蛍」のように見えていたのはアイツらのあの黄色い眼だったのだ。

 レグナスは腰に差して剣の柄を掴んだ、はずだった……が、そこに剣の柄はなかった――。

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