第19話 「王の不在」



「シュウメイ」


 コウキは控え室で治療を受けながら呟いた。

 既に身体は座って映像を観れるほど好調であり、回復魔術の凄みを感じているところだった。


「……」


 現在はテーブルに左手を伸ばして置いている。神経チェックと輸血のために一人の女性回復術師に片腕を差し出す形だ。


「お知り合いですか?」


 すると珍しく、回復術師の方から話しかけてきた。

 今日に限っての話かもしれないが、回復を担当する術師は治療を施している相手とコンタクトを取らない。


 そのためコウキは驚いた様子で返事をする。


「あ、はい。多分……友達です」

「ふふっ」


 回復術師は笑った。


「あ、なんか変な表現でしたよね。すみません」

「いいえ。美しいと思います」

「……シュウメイが、ですか?」


 コウキが突然の言葉に疑問を抱いた。

 もちろん予想は外れて返事が来る。


「貴方の在り方が、ですよ」

「俺の……?」


 ますます分からなくなるコウキに笑顔の術師が会話を続けていく。


「貴方はきっと、友達が尊くて仕方ないのです」

「どうしてそう思うんですか」

「自分なんか友人と仲を深めるのが烏滸がましい、だなんて思っていませんか?」


 コウキが少し考えた。言い得て妙だ。

 確かにコウキは感情の矛盾を抱えている。


「所作に出ています。愛していても近づけないトゲネズミのジレンマの様です」

「そんなに変ですかね……」

「変ではない装いが貴方らしくないのかもしれませんね」

「それって、どういう」


 続きを話そうとしたところで「施術終わりです」と術師が言う。遮られはしたが、穏やかな彼女の表情から悪い気はしなかった。


 去り際に術師はコウキを見た。


「人はいつ死ぬか分かりません」

「――、」


 その言葉はコウキの胸を深く抉った。

 だからこそ彼女の言葉が大きく聞こえる。


「素直になればいいと思います」

「――あの」

「それでは、失礼します」


 柔らかな笑顔を残して彼女は待機室を後にした。


「素直って何なんだろう」


 ぼやくコウキに答えを与える人物はいない。

 ほんの少しだけ、一人の時間が寂しくなった。


「シュウメイ」


 倒れて運ばれる“友達”を見てコウキが言う。


「かっこよかったよ、凄く」


 また一つコウキに目標が出来たかも知れない。

 そんな事実に心を癒し、次の戦いの準備をする。


 バキラ=グラスコ。

 心の中で嗤う姿を思い浮かべた。

 三位決定戦の相手はここ最近で最も邪悪。


「……バキラは狂ってる。たとえ演技だとしても」


 行き過ぎた行いが目立つ。一回戦ではプラハの四肢を切断し、二回戦ではラン=イーファンの右手と左足、そして片眼を奪った。準決勝では自ら棄権したが、三位決定戦には参加する意思を示した様だ。


 行動が読めない。

 だがこれだけは分かる。


「絶対に倒さなければならない」


 呟いて、コウキは着替えを始めた。


「神では無く人として、命を弄ぶ人間を許す気はない」


 燻る胸の内を抑えながらも感情は言葉に出る。

 一通り着替えてから、手元にあった造剣ぞうけんを握って数回の素振りを行う。基礎に問題はない。つまり身体は充分回復していると言える。


「友達を傷つける奴は許さないつもりだ」


 変わらぬ意志と共に、コウキはその瞬間を待った。



××××××××××××××××××××



 ――賢人会議室。


 北側に国王こくおう玉座ぎょくざが一つ置かれ、南側に皇帝こうてい高御座たかみくらが置かれている。その他には方位を作る様にして6つの席。合計8つの席が円になるように用意されていた。


 現在は6人ほどの人物が腰掛けており、その中で空席なのは北と南。国王と皇帝その二者の席だった。


 今後の行く末を決める賢人会議では、全ての実権を握る王族派閥代表の国王こくおう又はその側近大宰相だいさいしょうの一人が北の玉座を使う。

 相対しながら共存する皇族派閥代表は皇帝こうていではなく補佐の枢機卿すうききょうが南の高御座に腰掛け対話をする。

 その傍に書官しょかん神官しんかん法官ほうかん税官ぜいかん代官だいかん軍官ぐんかんの“六創官ろくそうかん”が置かれて8人での会議を行うのが主流だった。


 だが今回は六創官のメンバーしかいない。


「異例の7ヶ月ぶりじゃ。やっと開かれた賢人会議だというのに、肝心の国王と皇帝がおらんようでは……些か失礼ではないかのう」


 椅子に座る6人のうち、一人の老人が沈黙を割った。すると向かいに座る美しい女性がすぐに返事をした。


代官だいかん、如何にそちの役目である外交が難航しているとはいえ言葉には気をつけよ。妾たち全てが法の下にある。軽口は避け勤勉である事よ」

「これはこれは法官ほうかん失礼した。して、お主がワシらの外交に口を出すその言葉は、皮肉の意味で軽口と同義じゃが」

「何を言う、それはそれ、これはこれよの」


 外交を主とする代官の爺。そして法律を主とする法官の女が歪み合った。そこに交わるようにして短髪の屈強な男が会話に入ろうとする。


「神聖な場だ。稚拙なやり取りで汚すことは許されない」

軍官ぐんかんよ。先に軽口を申したのは妾ではない」


 法官の女が切り捨てるように言った。


「そうだな。だがそもそも代官殿が外交に難航しているのは、軍官である私が多方面の戦争に苦戦している事や徴税による資金不足等様々であろう」

「何が言いたい」

「ひいては国の責任。所在は私たちにもある」


 屈強な男はただ目を閉じてそれ以上話すのをやめる。法官も代官も合わせるように黙り、賢人会議のスタートを待つ。


 暫くして6人のうちの痩けた男がニヒルに呟いた。


「フフ。結局……あの噂は本当なのかもしれん」


 痩けた男の言葉に反応したのは中年の女だった。


神官しんかん。言葉を慎みなさいな」

「ババアの言葉なんて聞くかよ。王の愛人風情が」

「私たち書官しょかんは立派な職業。王の記録や補佐も対等な位置で行う。あまり偏見で物を言いなさんな」


 神官しんかんの侮辱に真っ直ぐ返事がきた。

 書官が腕を組んだまま深く腰掛けるのを見届けて、神官しんかんは唯一黙り込んでいた髭の男に目線をやった。


税官ぜいかん、何か知ってるんだろ?」

「何も」


 髭面税官は目を閉じたまま開催を待っていた。質問には極力簡潔に答え、それ以上の会話はしない意思を示す。


 だが神官は興味深そうに食い込んだ。


「フフ。王族側は騒がしいよな。ここには居ないが」

「……」

「神官。私たちは国をより良くするために集まっている事を考えなさいな」

「それはそれは……結構な事だなババア」

「何を望む」


 書官の女に対して神官が言葉を残すと、髭の男は結論を求めた。遠回しな表現で続くぐらいなら直球の言葉を否定した方が早いと考える。


「そりゃまぁ王族問題のいざこざについて。そしてレイスやリアリスで起こる学園問題の闇を明るみにしてもらう事だな」

「内容は」


 税官が詳細を聞いた。


「惚けるな。皇帝側のイカれ枢機卿はともかく、国王不在の時点で王族側には既に問題が起きている」

「王の身に何かがあると?」

「それも、王に近いお前なら知ってるんじゃないのか?」

「知らんな」


 キッパリと断られて神官の痩けた男が笑った。彼は「シラを切るなら王族問題はこれ以上不毛だ」と別の話題に切り替える。


「これはどうだ。レイス学園のトーナメントとリアリス学園のデュエルに“キナ臭い”もんが紛れてるだろ?」

「学生についてはより知らんな」

「いいやそうでもない。アレは明らかに“種”を食ってやがる。5年前の再来と言っていい」

「……“林檎の種スキルドラッグ”か。それは禁忌だ」


 初めて髭面の男が神官と目を合わせた。それを見た神官は、髭面税官が本当に関与していない事を悟る。


 同時に、神官は疑問に思った。


「お前が知らないなら……誰が知る。アレは税官ぜいかんが国民から差押ている。そっちの管轄だろ」

「そうだ。今でも643個全て保管できている」

「……どういう事だ」


 神官はついに不敵な笑みを辞めた。

 すると髭面税官は珍しく自ら会話を繋げる。


「スキルドラッグは強制的な恩恵増強」

「あぁ。下らねぇが、人工的に精製された弱者の味方って奴だ」

「その中身は魂の形を根本から変える種。故に魂を解明した賢者バランのロジックから逸脱し、忠義の石の判断を狂わせる恐れがある」

「そうだ。だから禁忌としてお前たちが管理しているんだろうが」


 神官の言葉に税官が頷いた。


「間違いなく税官として市場の全てを取り押さえた。未使用のシリアルナンバーは全番号封印している」

「……なら後で学園の試合を見てみる事だな」


 税官はスキルドラッグの流出を否定した。

 吐き捨てた神官は蟠りが残るも、管理者の税官が知らないという新しい展開に再び笑みを残す。


「フフ。仮にアレが“種”ではなく、税官の管轄ですら無いなら誰が背景にいるのか。ある意味では楽しみだ」


 神官がそう言うと話が終わる。賢人会議の場はしばらくの沈黙が続いた。黙っていた代官が腕を組みながら嘆息し、白けた空気を破る。


「そもそも、どう始めればええんじゃ?」

「私もそれは感じていた。本来賢人会議は王の要望を具体的に議論する場だ」


 軍官が表情一つ変えずに呟くと、代官が再び深くため息をつく。始めたくても始められない状況に六創官は各々が考えを張り巡らせる。


 すると会議室に一人の遣いがやってきた。


「緊急です!!」


 ドン!と扉を閉めて血相を変えた遣いを、六創官は失礼だと咎める事はない。むしろそこまで切迫した状況を予測してそれぞれが眉を顰めた。


「申し訳ございません……!」

「話せ」


 無礼だと自覚した遣いが今更戸惑うも、軍官が直ぐに答えを求めた。六創官全ての人間が息の上がる遣いを見る。


 そして遣いが話した。


「ウェリア王女が……行方、不明です……!」


 その一言は会議を中断させるのに充分であった。


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