第17話 「おまたせ」



「――っ」


 それは降り立つや否や、目先にあるデリオロスの死体の山をものすごい勢いで食い荒らし始めた。獰猛に、ただひたすらに3匹が食う。齧る。貪る。ラギットな所作がかえって絵になるような見た目は残酷でデリオロスではないようにすら思えた。


「…………何だよ、アレ」

「……………ニナ=デリオロス」


 確信していたのは、ガミアただ1人だった。

 発言を聞いた他のメンバーが彼と魔獣を交互に見る。

 両サイドは3メートル級の尾が二股になったデリオロス。

 そして奥には4メートル……尾が5つあった。


「奥はガノ=デリオロス……何も上位互換だ」


 死体を食い漁る姿もそうだが、初めて見せるガミアの表情に一同が危機感を抱いた。よく見ればニナ=デリオロスが食事を終えており、ガノ=デリオロスが何か言葉でやり取りをしている。


「クソが。あのレベルになるとマズい。深い思考をしやがる上に理性も強い。やり辛ぇ……」


 ガミアは表面に出してはないが、絶望感の縁に立たされる。

 このパーティで戦うのはまず無理だ。

 万全でもニナ=デリオロスを討伐する程度でガノの方は歯が立たない。


 仮に具現開放が同時に重なれば可能性があるものの、奴らは高度な学習を終えているため隙を見せないだろう。


「……やれるか、ネイ」

「マリード……おそらく今では」

「我も同意だ」

「これもその魔獣使いの仕業か?アホみたいな置き土産しやがって」


 ロイが皮肉を言って先方にいる3匹の竜を見据えた。

 剣を構えようとした時、具合の悪そうなシュウメイが告げる。


「私たちが勝つ必要はない、回避と拘束で城を目指す」

「それができるなら苦労しねーだろ」

「いいや、私の影縫いならリスクがあるけど2匹まで可能。1匹は貴方の拘束。残りがダッシュで行けると思うけど」

「それ解けた時ボクらどうすんだ!?」

「逃げる」


 話にならねぇ、と切り捨てようとした時だった。

 ニナ=デリオロスがこちらに向かって歩き出した。


 黒光りする体躯。デリオロスにしては長い尻尾。

 鉤爪と牙が特徴的だが、歩行する姿は人の様でもあった。


「――ッ!?」


 直ぐに全員が驚き、一斉に警戒した。

 その頃にはもう遅い。


 6人の前には既にニナ=デリオロスが居たのだ。


 瞬足で距離を詰めたニナがテイナの腹部に膝蹴りをした。鈍い音の後、その場でうずくまるテイナを他所にニナが間髪入れず次に移る。


「テイナち――」


 ドゴォ!と。ロイの言葉の続きは打撃音が掻き消す。

 テイナを伸して直ぐにロイへ踵落としが炸裂した音だった。


 テイナは呼吸を忘れ、文字通りの意味でロイの頭は揺れた。膝から崩れ落ちた2人をニナ=デリオロスが見下ろす。

 

 わずか2秒程で2人を再起不能にする1匹のニナと、その2秒の間に距離を取れたのは4人だけ。

 魔獣が立ち止まり、状況を分析している。


「――殺してないのは罠だ。誰から助けに来るかを見てる。この場で最も動くべきは私だ。あとは頼む」

「ネイ、待て」


 しかしマリードの声は届かず。

 ネイが大きく一歩を踏み出した。


「――絶対空間アブソリュート・ゾーン


 自分と対象までの“空間”を減速させ、相手ではなく“自分”を減速させる能力二重併用が、ネイの速度を一気に上げる。


「――ッ」


 こうしてネイがニナ=デリオロスを超えた。

 レイピア型の精霊剣アキレスが凄まじい速度の猛攻を与える。

 頭、首、胸、脚。そして時折現れるギフテッド“天啓一閃”が必中の隙を見出し、応じてポイントへ確実な斬撃を放つ。


 対するニナの攻撃は当たらない。

 今のキオラは速度の上昇と同時に動体視力が慣れを見せて相手がスローに見えている。


 また光る、天啓一閃のポイントに剣を切り込んだ時。


「…………誘い込んだか」


 あえて隙を見せたニナ=デリオロスが笑う様にネイの剣を捉えた。

 鉤爪がアキレスを捉えたことでようやく超速の世界が止まり、マリードたちが目視で捉える。


「――我らも加勢するぞ」

「待てハゲ」

「何だ!事を急ぐ!!」

「見ろ、無傷だ」


 良く見ればネイの頬には嫌な汗。

 目の前の魔獣はあれだけの猛攻を受けて殆ど傷がなかった。楽しんでいる様子のニナ=デリオロスは力むネイを純な腕力でその場に繋ぎ止める。


「スピードで大きく勝ってもパワー不足だ。ハエが集ってんのと変わらねぇ」

「であれば尚更」

「無策でどうすんだオイ?とりあえず、チ……シュウメイが影縫いで止めろ。その後にオレとハゲが斬り込む。ネイとか言う奴は引け、使い方が違ぇ」


 わかりやすく説明するとシュウメイは即座に手裏剣を出して構えるが、同時にニナ=デリオロスがシュウメイを見た。


「警戒されてるんだけど」

「やるしかねぇ、行け。ハゲも準備しとけ」

「――影縫い」


 シュウメイは右手の毘沙門天・裏を床に刺して勢いに任せ手裏剣を投げた。


 忍法・影縫いの発動条件は武具に当たる事。

 忍法は魔法と同じ原理で、手の魔法を武器を介して相手に当てる事で初めて発動される。

 忍術のように何もない空間から直接業の行使は不可だ。


「オイ、避けられるぞ」


 この理屈を知る由もないが標的の魔獣は手裏剣をしゃがんで躱そうとしていた。

 軌道上、当たらない位置だ。


「大丈夫――、影分身の同時併用」


 視覚を頼りに避けたデリオロスが異変に気付く。

 手裏剣が二つに割れる。片方が真っ直ぐに、片方はデリオロスに向かって降下していき――、


「決まった!早く行って!」


 シュウメイの影縫いが成功する。

 同時に彼女は絶対長くは持たないと確信した。

 言葉を介さず理解したガミアとマリードが、強く地面を蹴る。


「――ネイッ!テメーはその2人担いでシュウメイの方に持ってきやがれ!」

「囮に使われている以上出来るだけ逸れず行動だ!」

「了解だ!」


 ガミアとマリードが同時に叫び、意図を汲んだネイは直ぐに飛び出した。固定されるデリオロスが一瞬跳ねるが、影縫いにより止められているため動けない。


「ハゲ、おそらくシュウメイは限界だ。2回斬ったら直ぐに引く。集中しやがれ」

「同意見だ」


 駆け抜ける間で方針を決め2人は精霊剣の柄をぐっと握る。


「――武炎帯剣」

「――剛ッッ!」


 そして駆け出した2人の、出来るだけ強く振り絞った一撃がデリオロスに直撃した。

 凄まじい爆音と砂塵が舞う。

 確かな手応えを感じもう一撃、これも轟音と共に煙が舞った。

 直ぐにバックステップで引き元の位置まで走る。


「…………早く」


 キャパシティを超える影縫いに堪えたシュウメイが、やや苦しそうにしていた。その背後にはロイとテイナを運んだネイの姿がある。

 作戦は成功だった。


「上手く行った、あとはダメージ量だ」

「あぁ。ロイとテイナも意識はある。ここで耐えればそちらのクラスの応援も来るだろう」


 戻りながら会話する2人がシュウメイの元へ到着する。


「大丈夫か」

「――解除」


 少女はぐったりした様に手をだらりと下ろし、煙が舞うニナ=デリオロスの方を見つめた。

 声をかけたマリードも敵を見つめながら呟く。


「だが流石に全員満身創痍だ。この一手がどうで」


 マリードの言葉が詰まった。

 それを指摘する余裕が他のメンバーにはない。

 ただ茫然と見つめる、切り傷を気にもしない魔獣を。


「――おい……効いてるのかアレ……」


 倒れているロイが目眩を堪えて言った。

 ニナ=デリオロスの鱗が割れるほどの剣傷は4箇所。

 深いのか浅いのかまでは確認できないが、本来は怯む筈の切創だ。


 しかしニナはなかった事の様に動き、鳴きもせずにこちらへ歩いてくる。


 一歩、また一歩。

 少し遠くからやってくる異質な魔獣。

 

「まだ1匹目だぞ……バカがよ……」

「ハゲ、お前力残ってんのか」

「今直ぐ眠れば3日は起きないだろうな」

「皮肉……言えるだけ、マシだけど」


 ネイとテイナは彼らの言葉を聞く。

 砂塵の中からゆっくり向かう竜を見ながら。


「ボクは認めたくねーよ、こんな理不尽……」

「クソが。誰だってそうだろうが」


 ガミアとマリードの掌は皮膚が捲れて血塗れだ。

 それを治す余裕すらない事をシュウメイが悟る。


 ――そしてニナ=デリオロスが直ぐ近くまで来た。

 

 ――脆い人間を笑う様にグッと膝に力を溜め込んだ。


「バカがよ……」

「クソが!!!」


 構えようとしたガミアから、剣が滑り落ちる。

 本人の限界を意思よりも身体が主張した。


 カラン、と。

 金属が落ちる乾いた音がして、魔獣が地を蹴った。


 ――瞬間が永遠に感じる。

 各々が走馬灯の様な記憶を回想する。


 ただ嗤う、ニナ=デリオロス。

 最早6人全員に恐怖はなかった。


 憎悪があっても殺意は湧かなかった。狩られる草食動物の感情はこうなのだろうかとロイは思った。

 絶望はあるのに希望も抱く。まだ自分という存在を諦め切れないのだと動かないガミアが感じる。

 脱力した身体が回復したら、この腐った生き物を殺せるのだろうかとシュウメイが弱く拳を握った。

 ただ悔しい。そう感じるのは最も多くあの魔獣に斬り込みを与えた筈のネイだった。

 何故か家族の笑顔や皆の優しい瞳を、場違いにも思い出してしまっているのはマリード。

 そしてただ祈る事しかできないテイナが瞳を閉じた。


 ――酷い過去を背負う彼らは知っている。


 ――この世界に祈りなど、届く筈もない。


ドッッッッ!!!!


 と、夥しいほどの血飛沫が舞った。

 広範囲に命の欠片が散り、テイナたちを赤く染める。


 痛みはなかった。


「――――、」


 違和感に目を開く6人。

 彼らの前には切り刻まれた血塗れの竜。

 刻まれた体と頭から首にかけ一本の刺し傷、即死だ。


「――――、」


 砂塵が止み見えてくるものがある。

 ニナ=デリオロスの前に立つ細いシルエット。

 そして竜の頭上に乗り、剣を刺した血塗れの男。


「――――ぁ」


 ――祈り届かずとも、叶う願いはあるだろう。



「おまたせ」



 アオイコウキが笑った。


 ――“最後の調整”により、全生徒がここに集結する。

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