第11話 バチバチ!

 それからしばらくは、穏やかな日々が続いた。

 おれはふつうに大学に通い、おまけとしてついてくるモルテも周囲に認知されるようになった。

 いまはまだもぐりという立場だが、いずれ大使館から通達がなされ、正式な学生として認められるそうだ。

 ふたつの世界は積極的に友好関係を築こうとしており、互いの世界を行き来できる者が少ないという事情もあってか、そのあたりはかなり柔軟に対応してくれるようだ。

 対して、モルテとベルデの関係は相変わらずだった。


「真名井くん、そうやって四六時中ダークエルフ女につきまとわれていては窮屈だろう。どうだ、これから私とふたりででかけるとしないか? 雑誌で見た、若者に評判のスィーツの店とやらに行ってみたいのだ」

「駄目です。わたしという恋人の目の前でキリヤ君を誘うなんて、いったいどういう了見ですか?」

「いや、恋人じゃないし。そもそもベルデさんとはただの友達なんだから、心配するようなことは起きないと思うけど」

「キリヤ君にその気がなくても、向こうはやる気満々ですから」


 そういって、モルテはおれの腕に絡めた腕に、ぎゅっと力を込めてくる。

 そんなことをされたら、当然その……センシティブ? な箇所が当たってくるわけで……

 ここで照れてもよけいに恥ずかしいので、つとめて平静を装うものの、変な汗は出てくるし、表情筋は引き攣るしで、なかなかにつらい。


「下衆の勘繰りはよせ。本当に、我々の間にあるのは清い友情で――」

「なにが清い友情ですか。あんな破廉恥な告白をしておいて」

「な……っ! エルフが人間を愛でることの、どこが破廉恥だというのだ!」

「あれかあ……たしかに引くよなあ」

「そんな! 真名井くんまで!」


 ベルデが地獄に突き落とされたような表情で天を仰ぐ。


「なんだっけ? 人間のことが、どうしようもなく愛おしい、だっけ?」


 当の人間であるおれとしては、どう反応したものか困るやつだ。


「ああ、そうだ。たしかにいった。だが誤解しないで欲しい。繰り返しになるが、か弱く儚い命を持った種族が、懸命に生きる姿が好きなのだ、私は」

「具体的には?」

「そうだな。例えば、人間の歴史を調べると、やっとの思いで国を興したのに、百年ともたずに滅んでしまう事例がぼろぼろ出てくるだろう? ああいうのを見ると、なんてかわいい生き物だろう! とか思う」


 なんだろう。

 すごく馬鹿にされてるような気がする。


「他にも、在りもしないものを信じて熱狂したり、目先の欲に囚われて自らの首を絞める破壊的行為を繰り返すところなど……地を這う虫に鳥の視点が持てぬように、限られた命では狭いものの見方しかできないのだろう」


 気のせいじゃなかった。

 おのれ、驕り高ぶった長命種め!


「……ひょっとして、モルテも同じ考えだったりする?」

「えっ!? わ、わたしですか?……そうですね。たしかに、わたしたちに比べて人間の命は儚いとは思いますけど、ベルデさんのように、それが理由でかわいく感じるかというと……」

「よかった。やっぱり、ちょっと特殊な趣味だったんだね」

「それに、結局のところアンデッド化してしまえば一緒ですし」


 ええい、こっちはこっちで!

 しかし――だ。

 どちらが上とか下とかいう議論は置いておくとして、以前モルテもいっていた、これが種族の違いというやつなのだろう。

 寿命による死が訪れない彼女たちとおれでは、世界の見え方がまるで違う。

 理屈でわかった気になっていたその一端が、ようやく実感を伴って立ち現れてきたというか……

 おれたち人間が必死にすがり、時に破滅にさえ繋がると知りながら、捨てられずにいるあれやこれや――そのほとんどが、彼女らには理解しがたく。

 でも、だからこそ愛しいと想う気持ちもまた、あるのだ。


「ベルデさん」


 思えば、そう呼ぶたび、彼女の目はどこか哀し気な色を帯びていた。

 おれの気持ちの問題で、そう呼び続けていたけれど、彼女にとっては残酷な仕打ちだったろう。


「な、なんだ急に? あらたまった顔をして……」

「ごめん。本当にごめん。あんたはおれを友達だといってくれたのに、いまのおれはあなたを知らない。そのせいで腹も立ったろうし、もどかしい思いもしただろう。だから――」


 いまのおれが別人だとは明かせないけれど、せめてイチから築き直そう。

 おれの知らないおれが結んだ関係に、すこしでも近づく努力をしよう。


「だから、もう一度……おれと友達になってくれないかな?」

「真名井くん……」


 驚きに見ひらかれた目が、みるみる潤んだ。

 そこにいたのは冷酷なエルフの裁定者などではなく、喜びに打ち震えるひとりの女の子だった。


「ああ……ああ! もちろんだ! こちらこそ、よろしく頼む」


 差し出された右手を握り返す。


「いいよね? モルテ」


 いちおう確認すると、不本意ですがなにか? という顔で、モルテは肩をすくめた。


「仕方ないですね。ここは恋人として、度量の広さを示しておきましょう」

「だから、恋人じゃないって」

「いずれなるに決まってますし、それどころか婚約までしてるんですから、些細な違いです」


 婚約の部分も保留中なんだけどなあ。

 流されないためにも、その都度訂正していく必要がありそうだ。

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