小説でもなければ物語でもない

上久多夕々

知らないラブコメの最終回

【三人の幼馴染】

 ・花江花守はなえ はなもり

 一言で言うと「良いヤツ」。いざという時は頼れる男。裏山でプチ遭難した際に足を怪我して動けない幼馴染二人をまとめて抱えて下山した実績有り。美月と美雪とは一時期距離ができていたが最近またよく関わるようになった。


 ・望月美月もちづき みつき

 テニス部ペアのポニテの方。胸が大きくなってきている事を気にしている。将来の夢は綺麗なお嫁さん。美雪の好きな人を花守だと思っておりつい最近まで陰から二人を付き合わせようと暗躍していた。


 ・雪代美雪ゆきしろ みゆき

 テニス部ペアのボブの方。胸が大きくなってきている事を気にしている。将来の夢は幸せな結婚。美月の好きな人を花守だと思っておりつい最近まで陰から二人を付き合わせようと暗躍していた。


 知らないラブコメの最終回だけを読んでいるとでも思ってください。


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「花守!」「花守くん!」

「「美雪(美月)の想いに応えてあげて!!」」


 遂にこの時がきた。お互いがお互いを想い合うが故にこれまで互いを同じ男とくっ付けようと奔走してきた二人が、互いにその思惑を知り、いよいよ正面突破を仕掛けてきたのだ。


「自分の気持ちに素直になって美雪!美雪も、花守以外の男なんて考えられないでしょう!?」

「私よりも!花守くんの事が好きなのは美月の方でしょ!花守くんと一緒にいる時の美月ちゃんがすっごく良い顔してるの、私知ってるんだから!」

「なっ、美雪は今でも花守以外の男子が苦手なんでしょう!それとも、花守以外に安心して心を開ける男子が他にいるっていうの!?」

「花守くんと二人きりになるといつも『女』の顔になる子がよくそんなこと言えるね~!部活の後輩達にも見せてあげたいよ!」

「い、言ったわね!美雪だって、花守相手には手を握ったり、肩を寄せたり、胸に顔をうずめたり!ベタベタベタベタスキンシップしてるじゃない!全くクラスの男子に聞かせてあげたいわよ!」

「そ、それは観覧車の時の!なんで美月がそれを……!」

「あたしがセッティングしたんだから当たり前でしょ!なんでそのままキスしなかったのよ!」

「それはもうすぐ降りるところだったから……!じゃなくて!花守くん!今大事なのは花守くんの返事でしょ!花守くんが好きなのは美月の方だよね!?」


 旗色が悪くなったとみた美雪が脱線した話題を急に元に戻す。困ったのは花守だ。どちらを選ぼうが犠牲は避けられない。究極の決断というやつだ。


 俺はどうすればいい……?


 超高速のインパルスがかつてない窮地に直面した花守の脳内の四方八方を駆け巡る。極限を超えた回転の末に、最高潮に活性化した脳細胞が一つの解を導き出した。


「……状況を整理するぞ。望月のこれまでのアレコレは全ては雪代のためにやった事で、同じく雪代のこれまでのアレコレも全ては望月のためにやった事。つまり、二人はお互いにお互いの事を想って行動していた事になる。だったら答えは簡単だ。二人とも何も俺とじゃなくても、それで全部解決するんじゃないか?」


 今まで考えた事すらない、予想外の答えに美月と美雪は言葉を失う。


 完璧な解答だ。これ以外には有り得ない最適解とすら言える。一時はどうなることかと思ったが、今回も無事『危機』を切り抜けられた。と、花守は心中で安堵する。だが、次の瞬間に花守の目に映ったのは、


 堪えきれず涙を零してしまう美月と、

 怒りを露わにした目で自分を睨む美雪の姿であった。


「サイテー……」「私達のことそんな目で見てたの……?」


 三人の間に気まずい沈黙が漂う。


 


「もしかして私達、ずっと迷惑だった……?」と美雪が切り出す。気付けば、美雪の目にも涙が浮かび始めていた。


「迷惑なんかじゃない。久し振りにと話せて、遊べて、ここ最近はあの頃に戻れたみたいでずっと楽しかった」


「でも、昔の花守なら苗字じゃなくて名前で呼んでた……」

 まだ止まらない涙を拭いながら、美月は更に言葉を継ぐ。

「花守があたし達を避けるようになったのも同じくらいの頃、中学の頃だった」


「そりゃ、中学生なんて、そういうもんだろ……」

 馬鹿。そうじゃない。お前はまだ高校生だろ。


 再び場を沈黙が支配する。


「あたし達、もう昔みたいには戻れないの……?」

 ふと美月が不安を零す。

「もう戻れないのだとしても」、美雪は意を決して問う。「これだけは聞かせて、花守くん。本当は花守くんは私達の事をどう思ってるの?」

「どう……って、そんなの決まってる。大事なだよ」

 しかし美雪は納得しない。

「本当の事を言って、花守くん。『嫌い』でも『ウザい』でもいい。私は花守くんの本心が知りたいの。お願い……」

「本心も何も……だから今言っただろ。望月も、雪代も、俺にとってはこの世でたった二人しかいない、代えの利かない、大事なだ。嘘じゃない。これは曇りない俺の本音だ」


「じゃあなんで最近まであたし達を避けてたの……」


 今度は美月が引き下がる。


「だから中学生なんてそん……」「『大事な幼馴染』なんでしょ!?だったらなんで!?あたし、あの頃すごく悲しかったんだから……!」

 美月の有無を言わせない追及が花守の退路を塞ぐ。花守は明らかに回答に窮している。

「もしかして、あの頃、あたしがなにか花守を怒らせるようなことをして…………」「違う!!!!望月は悪くない!!勿論雪代もだ!!」


 目の前の男子がいきなり声を荒げた事に驚き咄嗟に身をすくめる二人の女子。それを見た花守はまた苦い顔になる。


「……いきなり怒鳴って悪い。本当に、二人は悪くないんだ。もし悪いヤツがいるとすれば……それはやっぱり俺だ」

「どうして花守が悪いことになるのよ」

「俺に原因があるからだ」

「なによそれ。もっと詳しく説明してくれないとわからないわよ」


 花守は答えない。だがその沈黙は明らかに拒絶の意思を示していた。


「花守くんが私達の事を『大事な幼馴染』だと思ってくれているように、私達も花守くんを『大事な幼馴染』だと思っているの。だから……」

 今度は美雪が切り込む。しかし、


「『大事な幼馴染』だからこそ、話したくないんだ」

 花守は強情な男だった。


「……確か花守くんが最初に私を苗字で呼ぶようになったのは、私達三人が裏山で遭難した、その次の週からだったよね。美月の方もほぼ同じタイミングだったはず」

「やっぱりあの日あたし達が足を引っ張ったから……」

「だから、お前達は悪くないんだって。大体あれは俺が言い出しっぺだったんだから、普通に考えて責任は俺にあるだろ」

「も、もし花守が気にしてる事がその事なら大丈夫!あたしも美雪も全然気にしてないから!むしろ、あの時花守があたし達二人を助けてくれて、すっごく感謝してるくらい!だから……」

「そういう事じゃ……」

「でも、あの日の花守くんに何かあった事自体は、間違いないんだよね?」


 またもや花守は答えない。だが先程とは逆に、今度の沈黙は肯定を表しているように感じられた。


「……そろそろ用は済んだな?俺はもう帰るから、あとは二人で……」

「「待って!」」


 そろそろこの辺りが頃合いだろうと、二人に背をむけてこの場を去ろうとする花守の両の手を、美月と美雪がそれぞれ掴む。


「『告白』の件なら結局はお前達二人の問題だ!俺が立ち会う必要はないだろ!?」

「違う!まだ花守くんの話が終わってない!」

「話すつもりはないって言っただろ!」

「うるさい!バカ守!いいから話せ!」

「望月こそうるさい!いいから離れろ!」


 二人を振り切ろうとする花守を必死で引き留める美月と美雪。しかし如何に二人がかりとはいえ男子と女子。二人の手は徐々に花守の手から剥がれていき、遂に──


「もう絶対に離さないから!」


 美月は一瞬の緩みを見逃さなかった。そしてもう一度花守を、今度は手ではなく腕全体を、手だけの力ではなく腕全体を使ってガッシリと絡め取る。美雪も同様に反対の腕を捕まえ直す。


「ッ……おい、いい加減に……!」

「しゃーべーれー!」


 抵抗を強める花守をより強い力で掴まんと美月が身体を密着させる。部活で鍛えられていながらも未だ女性的な柔らかさを残す美月の均整の取れた肢体に、花守の右腕がまさに埋め込まれんとする勢いで捕獲される。


「ッッ……雪代も、何やって……!」

「頑固な花守くんがいけないんだから……!」


 花守の抵抗が僅かに弱まった隙を逃さず、美雪も自身の身体を押し付けて左腕の拘束を強めていく。筋肉で膨らんだ上腕は脂肪の詰まった胸でギッチリ挟み込まれ、手首が下腹部で固定されたことで手の甲がスカートと接触する。


「ッッッ…………!年頃の女子がそんな事するもんじゃない……!」

「幼馴染なんだから、今更そんなこと気にしないわよ……!」

「昔は一緒にお風呂に入った事だってあったでしょう……!」

「だから……!……!」


 それでも拘束が緩む気配はない。このままでは惨事は避けられないと察した花守は、とうとう──


「わかった!話す!話すって!話すから離してくれ!」

「本当?!」

「本当だから!!」

「逃げない?!」

「逃げないから!!」


 拘束が解除され、両の腕が自由を取り戻す。長い緊張状態からの急な解放は手首を脱力させ、それにより手の甲を美雪の下腹部に打ち付けてしまう。


「ちょっ、花守くんどこ触って……!」

「違う!不可抗力だ!……いや、そもそも!ついさっきまで男に全身を押し付けていた女が言える事じゃないだろ!」

「あ、あれくらい……幼馴染ならノーカンだから!」

「な訳あるか!仮に美雪達がよかったとしても、んだよ!」


 くだらない痴話喧嘩がひと段落し、一度深く呼吸をすると、堰を切ったように花森が語り始めた。


「そうだ。俺は男だ。そして美月と美雪の事も、もう女だと思ってる。更に言うなら、そのを女として好きだとも思ってしまってる。」

「は、花守……」「花守くん……」

「あーあ、言っちまった。これはできれば墓まで持って行きたかったんだがなあ……」


 予想外にストレートな内容に言葉に詰まる美月と美雪。花守は呆気にとられる二人に構わずもう吹っ切れたと言わんばかりに話の続きを始める。


「二股野郎相手に幻滅してるところ悪いが、聴きたがったのは美月と美雪だ。このまま最後まで話を聞いてもらうぞ」

「そんな、幻滅なんて……」

「最初に好きになったのは美月の方だ。委員会で同じになってから、二人でいる時間が増えた。それがきっかけだ。あの頃の美月が急激に女らしくなっていったからか、それとも俺にだけそう見えていただけなのか、どっちなのかはわからないが、とにかくそういう訳で俺はだんだん美月を意識するようになっていって、それで美月を好きになった。……だが、そうなると一つの問題が出てくる」


 少し言葉を詰まらせる花守を見て美雪が勘づく。


「もしかして、私に遠慮することになるから……?なら、私の事は気にしなくていいから安心して美月を……」

「そんなのダ……」「それはダメだ」。美雪の言葉を花守が、美月よりも強く、はっきりと遮った。

「それだと俺達三人の幼馴染としての関係性が壊れてしまう。の俺だって美雪の事はちゃんと『』大事に想っていたんだ。だからこそ悩んだ……悩み続けた……そして俺は……確かに、大事に想っていたはずだったんだ……いや、大事に想っていたからこそ、美雪の事も好きになってしまったのか……」

「花守くん……」

「今思えば、二人の幼馴染を同時に好きになった事であの時の俺は間違いなく混乱していた。美月と美雪を年甲斐もなく裏山の探検に誘ったのも、昔の、幼馴染としての気持ちを思い出すため……というのが動機だったと思う。だから美月と美雪を危険な目に遭わせたのはあの時の俺の幼稚な思いつきのせいだ。いくら謝っても謝り足りない」

 花守が二人に対して頭を下げる。

「いいえ。あたしが裏山の探検に行ったのは自分の意思。だから絶対花守のせいなんかじゃない。あの裏山の探検はあたし達にとっては今でも幸せな思い出よ」

「私にとってもそうだよ花守くん。それに、あの時花守くんが動けなくなった私達二人を背負って……あ、美月の方はお姫様抱っこだったっけ。そうやって花守くんが麓まで運んできてくれたから、あの日は何事もなく家に帰れたんだよ」

「二人があの日を楽しい思い出と言ってくれるのなら、それはそれで嬉しいよ。だけどそれは、俺にとってあの日こそがであった事実を変える訳じゃない」

 目の前の二人からすぐにでも逃げ出したいという気持ちが、花守に自身の心臓の音をいつもより強く、大きいものとして認識させた。深呼吸の後、口を開く。

「実際、あの時の俺は美月と美雪を無事に麓まで運ぶ事で頭がいっぱいだった。これは本当だ。『』と言ったのは、五分や十分程度の短い時間ならまだしも、一時間を超える長い時間の間ずっとたった一つの内容で人間の脳内を占拠し続ける事はまず不可能だからだ。つまり何が言いたいかというと、あの時、俺の頭の中にはもう一つの思考があったんだ。その『二番目』の思考が……あの、あれだ、その……『二人の身体しんたいに関する情報』なんだ」

「シンタイ?」「それって……」

「背中に感じる美雪の温もりと、腕の中の美月の柔らかい感触、首筋を撫でる二人の息遣い。家に帰ってからもそれがずっと頭から離れなかった。そんな自分が醜い存在に思えて仕方がなかった。昔の自分を思い出すためにやった事で、逆にもう二度と昔の自分には戻れないんだって思い知るなんてさ。笑えるよな。いや、笑えないか。むしろ軽蔑してもおかしくないくらいだ」


 二人の反応は、沈黙。しかし沈黙は花守に続きを促しているようでもあった。


「呆れて声も出ないか。当然だな。まあ、こういう訳で俺は、二人の幼馴染に対する異性としての好意と、幼馴染としての三人の関係性を、両立させる事なんてもうできないと思うようになって、それで美月と美雪から距離を取る事にしたんだ。だから、美月と美雪は何も責任を感じる必要なんてないんだ。だって、全部俺のくだらない一人相撲だったんだからな」


 そう言って花守は二人に背を向ける。いち早く彼の思惑を察知した美雪がその手を反射的に取り、美月もそれに続く。


「また逃げる気なの?」

「話ならもう終わったからな」

「まだ私達は何も言ってない」

「言わなくてもわかる。あの沈黙が答えだ」

「わかってない。あたしは花守に怒ってなんてない」

「私も軽蔑なんてしてないよ」

「美月が怒ってなかろうが、美雪が軽蔑していなかろうが、もう俺に美月と美雪の幼馴染でいる資格がない事に変わりはない」

「花守もあたしと美雪と同じよ。。ただのどうしようもない三馬鹿の一人」

「しかもそれを一番早く実行した一番の大馬鹿者」

「だが、それでも俺はどちらか片方なんて選べない。選びたくない。だったら俺が消える方がマシなんだ」


 そう言うと花守は掴まれた両手を思いっ切り抜く。そのまま歩き出してしまうかと思われたが、花守は未だ二人に背を向けて立ち止まったままであった。


「どうして花守はそうやってあたし達の側から離れていこうとするの……?せっかくもう一度仲良くなれたのに……あたしはもう二度と花守と離れたくないのに……」

「私ももう花守くんと離れたくない。ねえ、そうやって離れていこうとするくらいなら、どうしてまた私達と関わろうと思ったの……?」

「それは……今の自分なら、気持ちを上手く隠してやっていけると思ったからで……けど、見ての通りそれは失敗した。結局は俺の思い上がりだったんだ」

「失敗なんかじゃないよ。花守くんの本心が知れて今私すごく嬉しいんだから」

「そうよ!あたし達は今日ここからまた関係を始めるの!」

「私も、美月も、花守くんが私達の関係をずっと尊重してくれてきた事を知ってる。だからこれからもそうだって信じてる」

「そうよ。昔みたいにとはいかないかもしれないけど、それでもあたしも美雪も花守とでまた笑っていられる事を望んでるの。これでもまだ文句ある訳?」


 花守が振り返り、震えた声で二人に問う。


「いいのか?俺みたいな最低な男で……?」

「だからいいって言ってるでしょ!そもそも、花守が胸ばかり見てくるスケベな奴だなんて事くらい、最初はなっから承知の上なのよ!」

「むしろ頑張って見ないようにしてたんだけど!?」

「意識し過ぎたせいで『逆に』という事なのかもね。さっきも時々私の胸に視線が移ってたし」

「えっ」

「ゲッ、それは流石にサイテー……」

「……ふっ、ふふふっ!」

「……っ、くくっ、はははははっ!」


 大声で笑う花守の目から、悲しみではない方の涙が落ちる。


「ははっ、マジで俺って馬鹿みてーだ」


 ひとしきり大笑いした事で頭の中を覆っていた霧もスッキリ晴れ、快晴となった花守の頭の中に、一つの考えが浮かび上がる。


「最低ついでに、もう一つ最低な事を言うんだが」


 気付いてみれば単純な話だ。ああ、最初からこうすればよかったんだ。


「美月。美雪。二人とも俺と結婚してくれ。家族になろう。これが俺からの告白の返事だ。」


 返ってくるのは罵倒だろうか、拳だろうか。だが、どちらだろうと構わない。正真正銘これが嘘偽りない俺の本心なのだから。


「本っ当、最低なんだから…………嬉しい……」

「本当に最低だよ……だって、今そんなこと言われたら、断れる訳ないよ……!」


「今日は三人で一緒に帰ろう。また昔みたいに手を繋いで」

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