【第二部連載中】TS魔法少女は魔法少女を救いたい〜虚構の魔法少女アリス

廃棄工場長

第一部 歪な魔法少女 『誕生』

第1話 魔法少女は元気に活動している

「はあ……はあ……」



 暗い夜道を少女が走っている。何かから怯えて、逃げているように見える。

 随分と長い間走り続けていたのか、それとも元々の体力がそれほど多くなかったのか。

 少女は息切れをおこしており、今にも倒れてしまいそうだ。足の様子も、最早走っているというよりは、引きずっていると表現した方が適切ではないのだろうか。



 少女は己の不幸を呪う。何故自分がこのような事態に直面しているのか。

 親に内緒で塾帰りに友人と一緒に寄り道をしたのが原因だろうか。

 少女は疑問を心の中で繰り返す。けれど、それに答える他者はいない。



 考え事に気を取られていたせいか、コンクリートが崩れていた箇所に足が引かっかてしまう。



「あっ……!」



 全身に痛みが走る。倒れてしまった拍子に、コンクリートの地面で少女の肌が傷ついてしまったようだ。

 服から露出している部分のあちこちから、僅かながらの出血が確認できる。



 少女は地面に手をつき、足腰に込めようとしている。

 転んだ時に足を挫いたようで、立ち上がることができない様子だ。



「お願い……私が悪かったから……!」



 誰に対しての謝罪か。少女自身にもそれはわからなかった。

 ただ一つ言えることがある。少女を追いかけてきた存在は、彼女が口にした懺悔を聞き入れるような存在ではないということだ。



「GAaaaaaa……!」

「ひっ……!」



 整備されたコンクリートの地面を砕きながら、追跡者はその姿を現した。

 虎を巨大化したような見た目。歯を剥き出しにして、捕食者特有の笑みを浮かべている。

 最も表情筋の造りが根本的に人間のものと異なるため、正確な所は不明であるが。

 怪物。そんな非現実的な存在が少女を喰らわんと近づいてくる。



 対して少女は腰が抜けたせいもあり、満足に動くこともできない。

 一歩一歩、ゆっくりと接近してくる怪物から逃れようと、無駄な努力を重ねていく。



「あ、いや……来ないで……」



 か細い拒絶の言葉を紡ぐだけが、少女にできる精一杯の抵抗であった。

 もちろん怪物にそれが届くはずもなく、少女は数秒後に訪れる己の末路を幻視した。





 上記のような悲劇――具体的に言えば、怪物に無辜の幼子の命が奪われる――のは、残念ながら珍しくない。



 怪物。正式名称は、魔獣。

 その存在が初めて確認されたのは、六十年ほど前である。

 世界各都市にほぼ同時に現れた異形の存在である魔獣達。その外見は様々であり、統一性など欠片もなかった。

 しかし魔獣達は共通として、極めて人間に対して攻撃的であり、強靭な身体能力を保有していた。



 そんな危険極まりない生物が、都市部に突然出現したのだ。

 魔獣の駆除のために、最終的に各国の軍隊が出撃する事態にまで発展したのだが、被害者は世界全体で見れば膨大な数に昇ることとなった。



 その一回限りであれば、単なる猛獣による事故と割り切れたのかもしれない。

 だが、現実はそう甘くはなかった。

 その日を境に、世界中、そして不定期に出没するようになった魔獣という害悪。

 遅れて的中した滅びの予言ではないのか。そう溢す人間が少なからず、発生した。



 世界全体が不穏な状況に晒されて、経済にも混乱が見られるようになって暫く。

 ある一つの存在によって、状況は一変した。人類にとっては良い方向に。魔獣にとっては悪い方へ。



 ――魔法少女。それが魔獣を討伐し、人類に希望の光を齎すことになった者達の総称であった。





「いや……来ないで……」



 少女の命が尽きようとしている。

 彼女の懇願も、怪物――魔獣には届かない。



 魔獣は虎に似た口を大きく開けて、少女の肉を貪らんとした時。魔獣が派手に吹っ飛んでいった。



「Gaaaaa!」

「え……?」



 訪れるであろう痛みに備えて、両手で頭を抱え込んでいた少女には何が起きたのかは不明であった。

 いくら待てど、終わりの瞬間はやって来ない。

 恐る恐る閉じていた目を開けてみる。

 そこには、信じ難い光景が広がっていた。



 地面に倒れて痛みに呻いている魔獣。そして魔獣から少女を守るように立つ、一人の人物の後ろ姿があった。



 その人物は小柄な――それこそ少女と比べても、更に小さな体躯であった。

 脱色したような白髪。黒色を基調としたエプロンドレス。そして同色のリボンを頭部に飾っている、一人の少女である。



 まるで『不思議の国』や『鏡の国』を舞台に展開される、かの有名な童話の主人公が連想される。

 服やリボンの配色は、原典のものとは異なるが。



 腰の部分で結わえられた大きなリボンを揺らしながら、エプロンドレスの少女は顔だけを振り向かせた。



 綺麗な顔であった。精巧な人形を思わせるほど、整っている。



「――大丈夫ですか?」

「……は、はい!」

「うん、なら良かった」



 少女の安否を手短に確認すると、エプロンドレス姿の少女は未だのたうち回っている魔獣に向き直る。

 その声がきっかけになったのか、緊張の糸が切れた少女は呆然とその様子を見ていた。



「じゃあ、さっさと済ませようかな」

「Gaaaaa……!」



 ようやく体勢を立て直した魔獣と相対するエプロンドレス姿の少女。

 魔獣が先ほどまでと違い、彼女に対して最大限の警戒を向けている。それは魔獣や従来の生物が持つ本能に由来するものであった。



「――喰らいなさい、ジャバウォック」



 短く告げられる言葉。その対象は目の前の魔獣ではなく、ましてや背後にいる少女でもない。



 ゴオン。無事であった街灯によって照らされたエプロンドレス姿の少女の影から、凄まじい勢いで『何か』が飛び出し、虎に酷似した魔獣を丸呑みにした。



 その『何か』は竜のような異形であった。

 全長は五メートルほど。その瞳には知性が感じられず、宿るのは本能に則した狂気のみ。

 紫色の体表はぬめぬめとした粘膜に覆われおり、気味が悪い印象を見た者に抱かせる。



 竜の如き『何か』――ジャバウォックと呼称された異形は、その巨大な口に呑み込んだ魔獣を、力任せにして噛み砕こうとする。



「――ジャバウォック。食べるのは後にして。まだ一般人がいるんだから」

「■■■■……」

「うん、いい子だね」



 よしよし、と。子どもをあやすように、優しい口調で、エプロンドレス姿の少女は、下げられたジャバウォックの頭を撫でる。

 自分の手が汚れるのを厭わずに。



 ジャバウォックの機嫌がある程度持ち直した頃。彼女は再び少女の方へ近づいきた。

 可憐な見た目に相違ない、凛とした鈴を転がしたような声であった。



「ごめんね、来るのが遅くなっちゃって」

「あ、あの……貴女は……魔法少女ですか?」

「うん、まあそうだよ。不本意ながらね」



 端正な顔を不満げに歪めつつも、エプロンドレス姿の少女は丁寧に答える。その様子に見た目からは想像以上の、落ち着きを感じらた。



(……もしかして、私よりも年上なのかな?)



 危険が去り、一先ずの安全が確保された少女は、ふと一つの疑問が浮かぶ。

 容姿だけ見れば、自分よりも幼い――中学生か下手したら小学生かもしれない。

 しかしその冷静さは、彼女を外見年齢以上の印象を他者に与えさせる。



 少女からの返答、そして己の目を以ての確認。

 それで少女の無事をしっかりと確認できたエプロンドレス姿の少女――魔法少女は、ジャバウォックに近づくと躊躇なく飛び乗った。

 片手を挙げて、少女に別れを告げる。



「もう少ししたら、保護してもらえると思うから。そこで大人しくしといてね。――行って、ジャバウォック」



 現れた時と同様に、さっそうと去っていく魔法少女と異形の竜。

 闇夜の中に消えていくその組み合わせを眺めつつ、少女は保護されるまで、彼女達が消えていった夜空に視線が釘付けであった。



「あ、名前聞くの忘れちゃった」





「■■■■」

「ごめんね、我慢させちゃって。流石に一般人の前で、魔獣とはいえ臓物や血をまき散らかす訳にはいかないからね。もう食べて大丈夫だよ」

「■■■■……!」



 異形の竜は嬉しそうに丸呑みにしていた魔獣を咀嚼する。辺りに口から溢れた魔獣の体の一部が飛び散るのもお構い無しだ。



「後は他の魔法少女に任せて帰ろうかな」

「■■■■」

「目立つから影に戻ってね。また用事があったら呼ぶから」



 魔法少女に頼まれたジャバウォックは大人しく、彼女の影に沈むように消えていった。

 そして彼女は周りに人間がいないことを念入りに確認すると、変身を解いた。



 そこに立っていたのは一人の少女――ではなく、少年であった。

 背丈も変身前のものよりも、高くなっている。

 彼女――彼は少し前から、厄介事に巻き込まれて、男性でありながら魔法少女に変身できるようになってしまった、元一般人だ。



「明日も学校があるし、早く寝ないとね……」



 少年――有栖川悟は徒歩で自宅に帰り、家族の者を起こさないように、静かに自室へと戻っていった。



 ――これは、世間で『魔法少女アリス』と呼ばれることになる少年/少女の物語だ。

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